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第六十三話:彷徨える魂

 窓の外の空間が、歪んでいる。

 それはまるで、湖に石を投げ込んだかのような波紋。

 そして、その波紋の中心から——何かが”這い出してくる”のが見えた。


 それは”人の姿”をしていた。

 だが、その存在は”現実世界の者”ではない。

 色を失った半透明の身体、揺らめく輪郭、そして——


「……助けて……」


 かすれた声が、病室に響く。

 それは、冥府に現れるはずの”彷徨える魂”。

 ゲームの世界から、“何か”が現実世界へと流れ込んできている——。


 俊也が息を呑む。


「伯父さん……あれって……」


 誠司は、ゆっくりと前へと進み出た。

 そして、低く呟く。


「……どうやら、“選択”の時が来たらしいな」


 “この世界の法則”が崩れつつある。

 この現象は、単なる”バグ”ではない。


 ——異変は加速していた。


 波紋の中心から這い出してくる”何か”。

 いや、それはもはや”何か”ではなく、“誰か”だった。


「……助けて……」


 かすれた声。

 半透明の身体を揺らしながら、“それ”は誠司のほうへと手を伸ばしてくる。

 その指先は形をなさず、霧のように儚く崩れ、また再構成される——まるでこの世界が、それを”認識することを拒んでいる”かのように。

 誠司は、わずかに眉をひそめる。


「……レクシア。これは、どういうことだ?」


 レクシアは穏やかに微笑んだ。


「“彼ら”は、冥府に導かれるべき魂です」


 冥府に導かれるべき魂。

 その言葉の意味を理解するのに、一瞬の間を要した。


「……つまり、これは”ゲーム内の存在”じゃない、ということか?」

「ええ、そうです」


 レクシアはゆっくりと頷く。


「この世界と、“あちら側”の境界が、曖昧になり始めています。今までは、現実とゲームの間には明確な境界がありました。ですが……冥府の扉が開かれ、貴方が”選択”をしたことで、その均衡が崩れ始めたのです」


 誠司はレクシアの言葉を噛み締めながら、窓の外の”彷徨える魂”を見据えた。


 ——“あちら側”の境界が崩れた。

 つまり、冥府の世界と現実世界が交わり始めている、ということか。


「……レクシア」

「はい」

「こいつは、俺がどうにかできるのか?」


 誠司の問いに、レクシアは小さく息をついた。


「ええ。貴方は”冥府の支配者”ですから。この魂をどうするか、決める権利は貴方にあります。」


 誠司はしばし黙考する。


 “ゲーム内での冥府の支配者”ではなく——

 “現実においても冥府の支配者である”ということ。


 もはや、現実とゲームは切り離せない。

 ならば、自分のすべきことは——。


「……受け入れるさ」


 誠司は低く呟いた。


「俺は冥府の支配者だ。彷徨う魂を見捨てるつもりはない」


 その瞬間、窓の外の”彷徨える魂”が微かに光を放った。

 まるで、彼の言葉に応えるかのように——


 次の瞬間、世界が、歪んだ。


 「……っ!」


 俊也が思わず身を引く。


 視界が反転する——。


 白い病室が溶け、闇へと沈んでいく。

 かわりに現れたのは、黒い霧が渦巻く”冥府の風景”。

 俊也が狼狽しながら誠司の名を呼ぶが、その声すらも霧に吸い込まれていく。

 誠司はただ、ゆっくりと目を閉じ、覚悟を決めた。


 ——もう、迷うことはない。

 俺が立つべき場所は、ここだ。


「……行こうか、レクシア」


 レクシアは微笑み、静かに頷いた。


 こうして、誠司は”冥府の支配者”として、現実と冥府の狭間へと踏み込んだのだった。

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