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第五十五話:歪んだ現実

 誠司の背筋に、冷たい汗が流れた。


 ——時間がずれている?


「伯父さん……?」


 俊也は困惑した様子で誠司を見つめる。


「何かおかしいのか?」


 誠司はすぐに表情を整え、落ち着いた声で答えた。


「いや……少し混乱しているだけだ」


 しかし、心の中では警鐘が鳴り響いていた。


 なぜ、現実の時間がずれている?

 もし単なる意識障害や錯覚なら、俊也の反応が普通であるはず。しかし、彼はレクシアを”見えている”。


 それに——


 病室の時計が動いていない。


 誠司は何気なく視線を移したが、壁にかけられたデジタル時計の表示が微動だにしていなかった。

 まるで、時間そのものが停止しているかのように。


「……俊也、お前は今までに、俺の意識が戻る兆候を見たか?」

「え?」

「例えば、寝言を言っていたとか、指先が動いたとか、そういう兆候だ」


 俊也は一瞬考え込み、首を横に振る。


「いや……特になかったと思うけど……」


 それが、妙に引っかかる。

 三週間も昏睡状態にあったのなら、多少なりとも身体が反応する瞬間があってもいいはずだ。

 なのに——本当にずっと”完全に停止”していた?


(まるで……ゲームの”ログアウト画面”みたいじゃないか)


 誠司の胸に、言い知れぬ違和感が広がっていく。


「伯父さん、本当に大丈夫か? 何か記憶が混乱してるとか……」


 俊也が心配そうに覗き込む。

 誠司は僅かに微笑み、「少し整理したいだけだ」と言った。

 そして、改めてレクシアを見た。


「レクシア、お前は何か気づいていることはないか?」

「……はい。私もこの世界に”ズレ”を感じています」

「ズレ?」


「この世界は、確かに現実のように見えます。しかし、“完全な現実”ではない……そんな感覚があるのです」


「……つまり?」

「“何か”が私たちを、この場所に閉じ込めようとしている可能性があります」


 誠司は息をのんだ。

 レクシアの推測は、誠司自身がぼんやりと感じていた違和感と一致していた。


「まるで……この世界自体が”ゲームの延長”のように?」


 誠司の問いに、レクシアは静かに頷いた。

 俊也はその会話を聞き、怪訝そうに眉をひそめた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。二人とも、何の話をしてるんだ? これは”現実”だろ?」

「……それが、確信を持てない」


 誠司はゆっくりと立ち上がろうとした。

 まだ身体の動きは鈍いが、確実に動かせる感覚があった。

 病室の窓の外には、いつもと変わらない街並みが広がっている。


 だが——


「……嘘だろ」


 誠司は息を詰まらせた。


 街の景色が、微細に”ループ”している。

 例えば、通りを歩く人々が、一瞬同じ動きを繰り返したり、雲の流れが一定のパターンで繰り返されていたり——。

 まるで、ゲーム内の背景オブジェクトがループするかのように。


「俊也……これを見ても、お前には違和感がないのか?」


 誠司は窓を指差し、俊也に尋ねた。


「え? 何が?」


 俊也は窓の外を見て、「普通の景色じゃないか?」と首を傾げる。

 誠司とレクシアにしか、“異変”が見えていない。


 ——それが意味するものとは。


「……俊也、お前に頼みがある」

「なんだよ?」

「俺のスマホを持ってきてくれ」


 俊也は戸惑いながらも、病室の棚から誠司のスマートフォンを取り出した。

 誠司はそれを受け取り、電源を入れる——

 しかし、画面は暗転したまま、操作を受け付けない。


「……ダメか」

「壊れてるのか?」

「いや……違う」


 誠司は、確信した。


 この世界は”完璧な現実”ではない。

 レクシアが言ったように、“何か”が自分たちを閉じ込めている。


(ならば——この世界の”出口”を探さなければならない)


 誠司は目を閉じ、一つ深呼吸をした。


「俊也、すまんがもう少し調べたいことがある。少し外に出るぞ」

「え!? 今すぐ!? でも伯父さん、まだ退院許可が——」

「関係ない」


 誠司は静かに、しかし強い意志を持った声で言った。

 俊也は驚いたように口を開けたが、すぐに息を吐いて諦めたように頷いた。


「……分かったよ。付き合うよ」

「すまんな」


 誠司は微笑んだ。


 そして、病室の扉を開ける。


 外に広がるのは、“現実そっくりの世界”。


 ——だが、本当にここは”現実”なのか?


 その答えを求めて、誠司は一歩を踏み出した。

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