第五十一話:歩むべき道は
「……レクシア?」
誠司は思わず呼びかけた。
目の前にいるのは、間違いなく『Eternal Fantasia Online』で彼を導いたAIキャラクター——レクシアだった。
青白い光が漂う虚空の中、彼女は静かに立っている。
だが、これは一体何だ?
ゲームは消滅したはずだ。VR機器もログイン不可能だった。それなのに——
「誠司さん、《冥府の魔王》としてのあなたに、伝えなければならないことがあります」
レクシアは淡々と告げる。
「……冥府の魔王?」
誠司は眉をひそめた。
「お前は今、どこにいる?」
「私の現在位置は《神界》……かつてあなたが行こうとした領域です」
「神界……?」
思わず息をのむ。
——過去、一部のプレイヤーが誤って到達したとされ、その後消息を絶ったという噂の場所。
しかし何故、レクシアがそこにいる?
「誠司さんは本来、ここには到達できないはずでした」
レクシアは静かに続ける。
「ですが、《冥府の魔王の証》を持つあなたは例外でした。この称号は、ゲーム内の単なる実績ではなく、《神界》の法則に関わるものだったのです」
「……どういうことだ?」
レクシアは微かに目を伏せ、次の言葉を選ぶように沈黙した。
やがて、静かに口を開く。
「《冥府の魔王》とは、神界に対抗する存在——つまり、この世界の”死”の管理者です」
「……なんだと?」
「神々は、《冥府》の力を恐れました。なぜなら、死を支配する力は、生命をも支配し得るからです」
誠司は言葉を失う。
「《冥府の魔王の証》を得たあなたは、神々の法則に触れたのです。そして、本来ならばあなたもこのまま《神界》に取り込まれるはずでした」
「……なのに、俺は戻れた?」
「はい。それは、あなた自身の“意志”によるものです」
レクシアの青い瞳が、誠司をじっと見つめる。
「あなたは、帰還を望んだからこそ、現実世界に戻ることができました。ですが——」
彼女は一瞬、躊躇するように言葉を切った。
「その影響で、現実世界でのあなたの存在が希薄になりつつあります」
誠司の胸がざわめいた。
「……どういうことだ?」
「あなたは既に、現実と《冥府》の狭間にいるのです」
「……」
ここ数日感じていた違和感が、言葉となって突きつけられる。
誰もが、自分のことを少しずつ忘れていくような感覚。
道ゆく人の反応、俊也の家族の記憶の曖昧さ——
「……俺は、現実世界から消えつつあるのか?」
「厳密には、“冥府の魔王”として、現実世界と神界の狭間にいるのです」
レクシアは静かに言った。
「そして、あなたには選択の権利があります」
「選択……?」
「一つは、《神界》へと至り、その存在を完全に受け入れる道」
「……つまり、俺は戻れなくなる?」
「はい。ですが、あなたは神々と対等に渡り合える存在となるでしょう」
「……」
「もう一つは——現実世界に完全に戻る道」
誠司はレクシアを見つめた。
「それは可能なのか?」
「可能です。ですが、その場合——」
彼女は一瞬、言葉を濁した。
「……?」
「《冥府の魔王》としての力を、完全に失うことになります」
「……」
レイヴンとしての力を失う——
それは、これまで築いてきたすべてを捨てることを意味する。
仲間たちと戦った記憶、得た力、経験——すべてを。
「……」
誠司は深く息を吐いた。
どちらを選ぶべきか。
「私は……あなたがどちらを選んでも、あなたの決断を尊重します」
レクシアは、静かにそう言った。
「……」
誠司は、しばらく沈黙した後——
「……答えを出す前に、一つ聞かせてくれ」
レクシアが頷く。
「お前は……どうしたい?」
「……」
レクシアは目を見開き、そして——微かに微笑んだ。
「私は——あなたと、共に歩みたい」
誠司の胸の奥で、何かが静かに揺れた。
「……そうか」
彼は、ゆっくりと目を閉じた。
そして——




