第四十八話:魂のデジタル化
それは、数年前のゲーム業界ニュースの断片的な記事だった。
タイトルにはこう書かれていた。
「ある天才科学者が『死後も意識を保存できる世界』を作ろうとしていた——」
俊也が画面を覗き込み、驚きの声を上げる。
「これって……!」
誠司は慎重に記事を読み進めた。
——そこには、EFOの開発元である企業の関係者について触れられていた。
『とあるVRMMOの開発を担当していた天才科学者が、人間の意識をデジタル世界に保存する技術を研究していたという話がある。』
『彼の開発コンセプトは、ゲームを単なる娯楽としてではなく、“新しい存在の形”として確立することだった。』
『しかし、その計画は突如として頓挫し、彼の名前も、研究内容も、公には発表されることはなかった。』
『彼には、レクシアという名の娘がいたという話もある。』
誠司は、「レクシア」という名前を目にして、一瞬思考が止まった。
「レクシア……?」
彼の脳裏に、EFOの中で彼を支えてくれているAIアシスタント——『レクシア』の姿が浮かぶ。
——これは、ただの偶然なのか?
それとも、彼がゲームの中で出会ったレクシアと、この記事にある『レクシア』には何かしらの関係があるのか?
誠司は無意識に、拳を握りしめていた。
「俊也……これは、いよいよ”ただのゲーム”じゃ済まされない話になってきたな」
俊也も息を呑んで頷く。
「伯父さん……どうする?」
「決まってる。徹底的に調べる。EFOが何なのか……いや、『レクシア』が何者なのかを」
——誠司は、画面の文字をじっと見つめながら、“ゲームの真実”へと一歩踏み出す覚悟を決めた。
※
「とにかく、一度ログインしてみるしかないな」
誠司は家に戻ると、VR機器を装着し、《Eternal Fantasia Online》へのログインを試みた。
——視界が暗転し、システム音が響く。
『ようこそ、冥府の主よ』
普段とは違う、低く響く声が頭の中に直接響いた。
次の瞬間、誠司の視界が開けた。
だが——
「……ここは……?」
ログインしたはずのゲーム世界とは異なる、灰色の空間が広がっていた。
地面は冷たい石畳。周囲には誰の姿もなく、風すら吹いていない。
「……通常のログインとは明らかに違うな」
誠司が周囲を見渡すと、遠くに大きな門が見えた。
その門には、こう刻まれている。
『冥府の門』
誠司は息を呑む。
(まさか……俺は本当に、冥府へと引きずり込まれたのか?)
そう考えた瞬間、門が静かに開いた。
その向こうから、一人の人物がゆっくりと現れる。
長いプラチナブロンドの髪を持つ、冷たい瞳の女性。
彼女の名は——
「レクシア……!」
彼女は静かに誠司を見つめていた。
「……お前が、俺をここへ呼んだのか?」
誠司が問いかけると、レクシアは静かに首を横に振る。
「いいえ、レイヴン。これは——あなた自身が選び取った運命です」
「俺が……?」
「あなたが《冥府の魔王の証》を手に入れたその瞬間、あなたは“冥府”という概念の一部となったのです。あなたは、すでにこの世界の理に囚われつつある」
「それは……どういう意味だ?」
レクシアは一歩踏み出し、誠司の目を真っ直ぐに見つめた。
「このままでは、あなたは現実世界から完全に消滅する」
誠司の心臓が、嫌な鼓動を打つ。
「ですが……方法はあります」
「……どうすればいい?」
「“どちらの世界に留まるか”を決めるのです」
誠司は息を呑む。
「もしあなたが《Eternal Fantasia Online》の世界に残ることを選ぶなら、冥府の支配者として、この世界の理を受け入れることになります」
「……それはつまり、俺がゲームの世界で生き続けるってことか?」
「はい。しかし、そうなればあなたの存在は完全に現実世界から消えるでしょう」
「……」
「逆に、現実世界へ戻ることを選ぶなら、あなたはこのゲームに二度とログインできなくなります」
「……冥府の魔王の力を捨てろということか」
レクシアは無言で頷く。
「決断の時です、レイヴン」
誠司は静かに目を閉じた。
この世界に留まれば、彼は“冥府の支配者”としてゲーム内で永遠に存在し続けることになる。
しかし、現実世界に戻れば、このゲームには二度と関与できなくなる。
——だが、誠司の選択は、すでに決まっていた。
「俺は——」




