第三話:Eternal Fantasia Online
レイヴン——柊誠司は、異世界の空気を味わうように深呼吸した。
ここはゲームの世界だ。だが、それを忘れそうになるほどリアルだ。
草のざわめき、風の匂い、遠くで鳴く鳥の声。どれも現実と変わらないほど精巧に作り込まれていた。
「なるほど、これがフルダイブVR技術の力か……」
噂には聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
誠司は、自分の体——ゲーム内のアバターを改めて確認する。
健康的に日焼けした肌、クセのある茶髪を後ろで束ねたセミロング、顎髭の生えた精悍な顔。
外見年齢は二十代後半。まさに、自分が最も輝いていた頃の姿だった。
「さて……まずは、どう動けばいいんだ?」
試しに右手を握りしめると、革のグローブに包まれた指が違和感なく動いた。次に、軽く屈伸をする。
体は現実と違い、若々しくしなやかだった。
——この世界では、自分の肉体は自由だ。
それは、還暦を迎えた誠司にとって、思った以上に新鮮な感覚だった。
※
「Eternal Fantasia Online」、通称「EFO」は、フルダイブ型VRMMORPGの中でも特に人気のタイトルだった。
その特徴は、何よりも徹底したリアリティの追求にある。
・物理演算エンジンによる精密な世界構築
・高度なAIによるリアルなNPCとの会話
・プレイヤーの選択が世界に影響を及ぼすダイナミックイベントシステム
さらに、キャラクターの動きや体感も実際の肉体と変わらず、プレイヤーは本当に異世界を生きているかのような感覚を味わえる。
しかし、そのリアリティの代償として、ゲーム内では「死亡」に対するペナルティも重い。
・死亡時には経験値と所持金の一部を失う
・復活には時間制限がある
・死亡回数が増えると、デスペナルティが加算される
特に、「ソウル・ディスプレイスメント」と呼ばれるシステムはこのゲームの大きな特徴だった。
これは、プレイヤーが死亡した際に、その場所に「魂の痕跡」が残るというものだ。
他のプレイヤーがそれを発見し、「魂を供養する」「復活を助ける」「魂を奪う」といった選択が可能になる。
つまり、死すらもゲームの一部として組み込まれているのだ。
「……なんだか、妙に生々しいシステムだな」
誠司は少しだけ眉をひそめた。ゲームとはいえ、まるで本当に死というものが存在するような作り込みだ。
それが、リアルすぎるがゆえに「魂が残る」などという非科学的な概念を信じていない誠司には、奇妙に映った。
※
「さて、どう動くべきか……」
とりあえず、誠司は初期装備の確認をすることにした。
黒いローブを羽織り、腰には小さなポーチ。手にはボロボロの杖。
装備ウィンドウを開くと、簡単なステータス画面が表示された。
[レイヴン]
レベル:1
職業:ネクロマンサー
HP:100/100
MP:200/200
スキル:死霊召喚(ランクE)、魂感知(ランクE)
「死霊召喚、か……」
試しにスキルを発動してみると、杖の先から淡い青白い光が揺らめいた。
すると、足元から骨が這い出し、ガイコツのような姿をした小さな死霊が姿を現した。
「……おお」
誠司は思わず感嘆の声を漏らした。
このゲームでは、単に「魔法を唱えれば即召喚」というわけではないらしい。
死霊は周囲の環境や使い方によって強さや種類が変わるらしく、召喚にも一定の準備や状況判断が求められるようだ。
「これは、なかなか奥が深そうだな」
死霊を消し、誠司は辺りを見渡す。
遠くに町のようなものが見える。おそらく、最初の拠点となる場所だろう。
「まずは、町に向かって情報収集か……」
その時——
「——助けてぇぇぇぇ!!!」
突然、森の奥から悲鳴が響いた。
誠司は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに足を動かしていた。
ゲームの世界とはいえ、目の前の出来事を無視するのは性に合わない。
まだ戦闘の経験はないが、ネクロマンサーとして、どこまで通用するのか試す機会でもある。
誠司——レイヴンは、死霊召喚の杖を握りしめ、悲鳴の聞こえた方へと走り出した。