第三十五話:神界の噂
「なあ、知ってるか? 未実装のはずの“神界”に到達した奴がいるって話……」
「……またその話か。デマだろ?」
「いや、違うんだよ。消えたプレイヤーの数、どんどん増えてるんだぜ」
レイヴンは酒場の片隅で交わされる会話に、さりげなく耳を傾けた。
最近、この“神界”という言葉をよく聞くようになった。
『Eternal Fantasia Online』の世界は三層構造になっている。プレイヤーが冒険する広大なオープンワールド「現世(グラン=ファンタズマ)」、死者の魂が行き着く領域である「冥府」、神々が住まう領域である「神界」。しかし、「神界」は未実装であり、アクセス不可能とされていた。
だが、噂では——過去に数人のプレイヤーが、誤ってその場所へ到達したという。
「……その話、詳しく聞かせてもらえないか?」
レイヴンは興味を抑えきれず、会話をしていたプレイヤーたちに声をかけた。彼らは少し驚いたようだったが、レイヴンの名を知っていたのか、すぐに態度を和らげた。
「あんた……レイヴンか。なら、話してもいいぜ」
「助かる」
彼は椅子を引き、二人の向かいに座った。
「噂では、“神界”ってのは、システムが誤作動を起こしたときに発生する領域らしい」
「誤作動?」
「ああ。元々、ゲーム内には二つの世界が存在するだろ? 地上世界、冥府。だけど、第三の領域が存在している形跡があるんだ」
「開発中だったとか?」
「それもあり得る。でも、ただの未完成マップなら、踏み込んだとしてもキャラが動けなくなる程度で済むはずだろ?」
「まあ……確かに」
「だけど、そこへ行ったプレイヤーは全員、ゲームから消えた」
レイヴンの眉が僅かに動く。
「消えた、とは?」
「ログからも、運営のデータベースからも、全部な。ギルドやフレンドリストにいた奴らも、名前ごと消えてる。まるで、最初から存在してなかったみたいにな」
「それって……ログアウト不能者の話と似てるな」
「そう。だから、最近になってまたこの話が掘り返されてるってわけだ」
レイヴンは腕を組み、沈思する。
(……消えたプレイヤーたちは、ログアウト不能になった後、さらに“神界”に到達してしまったのか?)
「何か他に情報はあるか?」
「一つだけ、気になる話がある」
話を続けた男は、低く囁いた。
「神界に行った奴らが消える前、“天使の声”を聞いたって言ってたらしい」
「……天使の声?」
「『この世界の真実を見せてあげましょう』って、そんな感じの言葉だったらしい」
レイヴンの背筋に冷たいものが走る。
(この世界の……真実?)
「それを聞いた直後、プレイヤーたちは意識を失い、次に見たときにはもう消えていたって話だ」
「……まるで、意図的に消されたみたいだな」
「そういうことだ。運営が関与してるのか、それとも別の何かが動いてるのか……俺たちにはわからねえ」
レイヴンは静かに立ち上がる。
(このゲームには、何かが隠されている……)
彼は既に「冥府」に関わる異変を目の当たりにし、「ログアウト不能」という事態にも直面していた。
そして今度は「神界」という未踏の領域と、それに関わった者たちの“消失”。
「……お前ら、この話をどこで聞いた?」
「ん? ああ、消えたプレイヤーの一人と昔一緒にプレイしてた奴がいるんだ。そいつが言ってた話だよ」
「そいつに、俺を会わせてくれないか?」
「……悪い、それができねえんだ」
男は言いにくそうに目を伏せる。
「なんでだ?」
「……そいつも、昨日からログインできなくなってる」
——全身に、戦慄が走った。
何かが、確実にこのゲーム内で動いている。
見えない何かが。
(神界……俺もそこへ辿り着くのか?)
レイヴンは静かに息を吐きながら、この世界の“真実”へと近づいていることを確信した。




