第二十六話:冥府の案内人
「貴方が、新たな継承者……《冥府の魔王の証》を持つ者ですね?」
白金の髪の女性は、静かにレイヴンを見つめていた。
その姿はNPCに見えなくもないが、どこか通常のゲームキャラクターとは異なる雰囲気を纏っている。
(このイベント専用の案内役か?)
レイヴンは慎重に彼女を観察しつつ、応じた。
「そういうことらしいな。お前は?」
「私はレクシア。冥府に仕える管理者のひとりです」
「……管理者?」
管理者。レイヴンは違和感を覚えた。
通常のゲームであれば「祭司」や「巫女」といった役職であるはずなのに、彼女は「管理者」と名乗った。しかも「ひとり」とも。
(つまり、冥府には複数の管理者がいる? それに、ただのNPCの台詞回しにしては妙に現実的だな)
運営が用意した高性能AIキャラクターなのか、それとも——?
考えながらも、レイヴンは話を進めることにした。
「この場所はどこだ? どうやら普通のダンジョンではないようだが」
レクシアは軽く首を傾げたあと、まるで当然のように告げた。
「ここは冥府——生と死の狭間にあり、魂が還るべき場所です」
「冥府……ね」
このゲームには《冥界》や《死者の国》といった設定は存在するし、《冥府》というエリア自体も実装はされている。しかし、《冥府》の光景はボス戦の演出として現れるのみで、これまでプレイヤーには開放されていなかった。
「俺は何のためにここに呼ばれた?」
レクシアの青い瞳がじっとレイヴンを見据える。
「貴方には《冥府の魔王の証》が与えられました。それは、この冥府の力を扱う資格を得たことを意味します」
「資格、ね……つまり、俺はこの場所の何かを継承する、そういう話か?」
「ええ」
レクシアはわずかに頷いた。
「冥府は長らく管理者不在の状態が続いていました。しかし、貴方が証を得たことで、新たな支配者を迎える準備が整ったのです」
「……冥府の支配者になれってことか?」
レイヴンは半ば冗談めかして言ったが、レクシアは何の迷いもなく答えた。
「はい。貴方こそが冥府を導く者……新たな魔王候補です」
レイヴンは目を細めた。
(これは……ただのイベントじゃなさそうだな)
このゲームのメインストーリーにおいて「魔王」という存在は敵として描かれることが多かった。だが、今のレクシアの言葉は、それとは一線を画している。
「少し聞きたいんだが、俺以外には《冥府の魔王の証》を持つ者はいないのか?」
レクシアは小さく首を振った。
「現在、確認されているのは貴方だけです」
「俺だけ、ね……」
レイド戦で得た称号の影響とは思うが、もしこの世界に「魔王」としての役割が用意されているなら、ほかのプレイヤーにもいずれかの方法でこの地位を狙うチャンスがあってもおかしくない。
(俺だけが選ばれた……か。運営の意図が読めないな)
慎重になるべきか? それとも——
レイヴンが考え込んでいると、レクシアが一歩前に進み、手を差し伸べた。
「貴方には選択権があります」
「選択権?」
「冥府を受け入れるのか、それとも拒むのか——」
「……」
レイヴンはゆっくりと彼女の手を見つめる。
(ここで「受け入れる」を選べば、おそらくイベントが本格的に進行する。だが、それがどういう結末を迎えるかはわからない)
とはいえ、ここまで来て「拒否する」選択肢はない。
レイヴンはニヤリと笑い、レクシアの手を取った。
「俺が新たな支配者になってやろうじゃないか」
その瞬間——
〈システムメッセージ〉
【冥府継承イベント:開始】
視界が光に包まれ、レイヴンは深淵へと踏み込んだ——。




