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第一話:新たな世界への招待

 静かに時を刻む時計の音が、広々としたリビングに響いていた。

 柊誠司は、湯気の立つコーヒーカップを手にしながら、ソファに深く腰掛ける。


 ——六十歳、定年退職。


 長年勤めた会社をついに辞め、今日から自由な日々が始まった。


「……ふぅ」


 穏やかな休日のはずだった。しかし、やることがない。

 昔は、仕事に追われる日々だった。時間が足りず、やりたいことも後回しにしてきた。それなのに、いざ自由になってみると、何をすればいいのかわからない。

 妻・美咲がいた頃は、休日のたびにどこかへ出かけたり、家でのんびり過ごしたりしていた。だが、彼女が病でこの世を去ってから、誠司の生活は仕事一色になっていた。


「……暇を持て余すって、こういうことか」


 ふと、自分のスマートフォンが震えた。画面には甥・俊也の名前が表示されている。


『伯父さん、今家にいる? ちょっと寄ってもいい?』

「おう、別に構わんぞ」


 メッセージを送ると、十分ほどでインターホンが鳴った。


「久しぶり、伯父さん!」


 扉を開けると、そこには元気のいい青年の姿があった。誠司の妹の息子、桐生俊也。二十五歳、IT企業勤務。昔からゲーム好きで、休日にはよくオンラインゲームに熱中しているという話を聞いていた。


「まあ、上がれ」


 俊也は満面の笑みで「これ、プレゼント!」と大きな箱を差し出した。

 誠司は怪訝な顔をする。


「……なんだ? 新手の押し売りか?」

「違う違う! 伯父さん、退職祝いってことで、俺からのプレゼント!」


 誠司は箱を開け、中身を確認する。

 そこには、漆黒のヘッドギアと、薄型のコンソールが収められていた。


「これは……?」

「フルダイブ式VRゲーム機『Nexus Gear』! 最先端のVR技術を使ったゲーム機で、完全没入型の仮想世界を体験できるんだ! マルチプラットフォームで、スマホでもプレイできるんだよ!」


 俊也が興奮気味に説明するが、誠司はピンとこない。


「ゲームなんて、俺はもう何十年もやってないぞ」

「だからこそ、これを試してみてほしいんだよ! リアルの体力とか年齢とか関係なく、ゲームの世界じゃ好きな姿になれるんだ」


 誠司はヘッドギアを手に取り、じっと眺める。

 ゲームか……。最後に遊んだのは、子供の頃に友達とファミコンをやったくらいだ。


「まあ、やるやらないは伯父さんの自由だけどさ。でも、新しい世界を知るのも悪くないと思うよ?」


 俊也はそう言い残し、満足そうに帰っていった。

 誠司はしばらく箱の中身を見つめていたが、ふとため息をついた。


「……暇つぶしには、ちょうどいいか」


 そうして、彼は人生初のフルダイブVRゲームを体験することになったのだった。

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