第九話:甥との邂逅
エリートモンスター《墓守の亡霊》を倒し、新スキル《死者の加護》を獲得したレイヴンは、墓地の奥で座り込みながら息を整えていた。
「ふう……さすがに、今のはキツかったな」
HPはほぼゼロに近く、スケルトンも全滅。ここで無理をすれば、死亡してデスペナルティを受けることになる。
(無理は禁物だ……一度、街に戻るか)
レイヴンはメニューを開き、帰還アイテム《帰還の燭台》を使用した。
※
——《王都ヴェルニア》
画面が切り替わり、レイヴンは広大なファンタジー都市の一角に降り立った。
石畳の道を行き交うプレイヤーやNPCたち。市場では露天商が賑やかに声を上げ、武具屋の前では新規プレイヤーらしき者が装備を物色している。
(これが……MMORPGの大都市か)
VRゲーム初心者の誠司にとって、この光景は新鮮だった。
「……さて、まずは回復を——」
——と、そこで突然、背後から声をかけられた。
「おーい! もしかしてレイヴン?」
(ん?)
振り返ると、そこに立っていたのは蒼髪の青年騎士だった。
《キャバル》
レベル:12
職業:ホーリーナイト(聖騎士)
装備:《蒼鋼の鎧》《祝福の大剣》
見たところ、初心者ではなく中堅プレイヤーといった風格だ。
「……お前は?」
「ははっ、やっぱり誠司おじさんか! 俺だよ、俊也!」
「……俊也?」
驚きとともに、レイヴン——いや、誠司は青年を見つめ直した。
「お前、このゲームをやってたのか」
「そりゃそうだよ! 何しろ、このゲームをプレゼントしたのは俺なんだからな!」
俊也は得意げに胸を張る。
(そうか……あいつも、この世界にいたのか)
誠司の甥である俊也は、現在25歳。社会人として働きながら、趣味でMMORPGを楽しんでいると聞いていた。
(あの生意気なガキが、こんな立派な騎士になってるとはな)
感慨深いものを覚えつつも、誠司は静かに問いかけた。
「……で、何の用だ?」
「いや、伯父さんがちゃんとゲームやってるか気になってさ」
「俺がゲームをやるのがそんなに珍しいか?」
「うん、めっちゃ珍しい」
俊也は即答した。
「でも、やっぱり伯父さんだな。始めたばかりなのに、もうスキル欄に《死者の加護》があるじゃん」
「……どうしてそれを」
「ここのシステム、他プレイヤーのステータスをある程度見れる仕様なんだよ。特にパーティーを組めば、もっと詳しく見られる」
「なるほどな」
レイヴンは納得した。
(ならば、俺がネクロマンサーを選んだことも分かってるというわけか)
「で、伯父さんさ……これからどうするの?」
「どうする、とは?」
「このゲーム、めちゃくちゃ奥が深いんだよ。ストーリークエストだけでも膨大だし、プレイヤー同士の戦いもある。ネクロマンサーなら、レイドボス戦で召喚部隊を指揮する戦法ができるし、アンデッドを集めてダンジョン探索特化もアリだし……やれることは山ほどある」
「ふむ……」
俊也の話を聞きながら、レイヴンは考えた。
(俺はこのゲームで何をするつもりなのか……)
最初は単なる気晴らしだった。
還暦を迎え、仕事を辞め、ふと手持ち無沙汰になったからゲームを始めてみただけ。
だが——
初めての狩り、初めてのエリート戦、初めてのスキル獲得……そのすべてが新鮮だった。
(もう少し、やってみるか)
「……よし。まずは装備を整えるか」
「おっ、やる気になった?」
「ああ」
俊也はニヤリと笑い、レイヴンの肩を叩いた。
「じゃあ、いい店紹介してやるよ。ここからちょっと歩いたところに、アンデッド使い向けの武器屋があるんだ」
「ほう……それはありがたい」
「ついでに、パーティー組まない? 俺、結構強いから色々教えてやれるよ?」
「……それは遠慮しておこう」
「えー、なんで?」
「お前に頼るのは癪だからな」
「うわ、頑固……」
そんな軽口を叩き合いながら、二人は街の奥へと歩いていく。
※
(ゲームを始める理由は、ただの暇つぶしだった)
(だが、実際にやってみれば、こんなふうに新しい出会いがある)
(たとえそれが、現実では知っている甥っ子だったとしても——)
(……悪くない、か)
レイヴンは微かに笑いながら、俊也の後についていった。




