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プロローグ:冥府の扉が開くとき

 VRゲームの世界で目を覚ましたとき、柊誠司は自分が何者なのかを一瞬忘れていた。

 目の前に広がるのは、どこまでも続く荒野。黒い霧が漂い、枯れ果てた大地が広がっている。空を見上げれば、歪んだ満月が不気味に輝いていた。


 ——ああ、そうか。ここはゲームの中だ。


 還暦を迎えたばかりの男の意識が、ようやく現実と仮想の境界を取り戻した。


 《Eternal Fantasia Online》——通称EFO。

 それが、この世界の名だった。


 甥の提案で始めたVRMMO。最初はただの暇つぶしだった。

 しかし、気づけば彼は「最強のネクロマンサー」として、ゲーム内で名を馳せる存在になっていた。


 だが——今、彼は違和感を覚えていた。


「……ログアウトできない?」


 浮かび上がるステータス画面。その端に、小さな文字が表示されている。


 ——システム異常発生。ログアウト不可。


 だが、それだけではない。何かが違う。

 この世界の空気が、温度が、匂いが……異常なほどに「現実」に近すぎるのだ。


 遠くで、不気味な鐘の音が響いた。


 そのとき、誠司は視線の先に白金色の髪を持つ若い女の姿を見つけた。

 彼女のことは知っている。このゲームのNPC。AIによって制御された、実在しないはずの人物。

 長いプラチナブロンドをなびかせながら、彼女は静かに微笑んだ。


「……レイヴン、貴方をお待ちしておりました」

「レクシアか……」

「ようこそ、冥府の門へ。冥府は貴方を王としてお迎えします。ただ……門を開く前に、ひとつだけお聞きしたいことがあります」


 彼女の青白い瞳が、レイヴンをまっすぐ見据える。


「貴方は……人の魂が残ると、お思いですか?」


 レイヴンは思わず息を呑んだ。


「……いや」


 彼は短く答えた。


「魂なんてものは、幻想だろう」


 それは、彼が長年持ち続けてきた考えだった。

 人は死ねば終わり。意識も、記憶も、すべては虚無へと帰る。

 亡き妻のことを思い出すことはあっても、彼女が「どこかにいる」などと考えたことはない。

 だから、レクシアの問いに、彼は迷いなく答えた。


 だが——レクシアはその言葉を聞いても、否定も肯定もせず、ただ静かに微笑んだ。


「そうですか……」


 まるで、彼の亡き妻のように。


「では、どうぞ。ここから先は貴方の領域となります」


 レクシアが手を振ると、門がゆっくりと開いた。


 ——これは、一人の男が「冥府の支配者」となる物語である。

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