第七十七話 伝え合う想い
「和ちゃん? あ、そういえば」
アパートの敷地内に入ってくる和の気配に、流凪は思い出していた。そういえば、この幽霊の気配は和の中に感じていたそれと酷似している。活性化していて気配の雰囲気が変わっていたのですぐには気が付けなかったが、幽霊と和の間に繋がりがあることも感じ取れるし、間違いないだろう。
「彼女は若葉さん。生前、和先生と親密な関係だったであろう人です」
「ふんふん、なるほどね。確かにあの繋がりを見る限り、相当強く想っていたっぽいねー」
流凪たちがそんな話をしている間に、和の気配を察知した若葉がふらつきつつも浮遊して和の下へ向かう。その不気味な姿に周囲の人々は数歩離れていくが、嫌悪の目を向ける者はいない。何故なら、若葉が呪いと戦っていた姿を見ていたからだ。一体何が起きていたのかを正確に理解している者はいないが、それでもこの幽霊が何となく敵ではないことは理解出来る。
「若葉ちゃん!」
更にボロボロになってしまった若葉の姿を見て、心配そうに駆け寄る和。しかし、駆け寄ってどうすれば良いのか分からない。相手が人間なら救急車を呼ぶとか応急処置をするとかやりようはあるが、幽霊相手に何をしてあげれば助けになるのか。若葉も小さく呻くだけでその意思を示してはくれないし、ここから何をするべきなのか。
流凪と綺季を抱えて屋根から飛び降りた玲が、ただおろおろするばかりの和へと近づいていく。そして、玲に下ろしてもらった流凪がどことなく真剣な雰囲気で和へと問いかけた。
「和ちゃん、その幽霊は大切?」
「うん、とっても大切だよ」
何故流凪がそんな質問をしたのか。それを聞き返すこともなく、和は即答していた。質問の意図は分からないが、その答えに悩むことなどあり得ない。和にとって、若葉は何よりも大切な存在だ。自分の迂闊さが若葉の死を招いたことをずっと後悔していて、謝りたいと思っていたし、何か償いが出来るのなら、誇張抜きでどんなことでもやるつもりだった。
だから、他の質問に戸惑うことはあっても、その質問にだけは即答出来る。
間違いなく、和にとって若葉は大切な存在だ。
「うん、そっか。じゃあ、少し疲れると思うけど我慢してね」
「え?」
よく分からないことを言った流凪が、和の背中をポンと叩く。その瞬間、和の体内にあるエネルギーが急激に消費されてしまったかのように全身から力が抜け、腰が抜けたかのように地面に座り込んだ。一体何をしたのか。流凪に問いかけるために顔を上げた和の視線の先、浮遊する若葉の身体に急激な変化が起こる。
時間を巻き戻しているかのように、そのボロボロだった体が治っていく。呪いとの戦いによって傷ついた姿から、綺季のお札によって和の体から弾き出された際の姿へ。そして更に傷が治り、和が最期に見た姿へと戻っていく。
「あ、ああ、若葉ちゃん……!」
そしていよいよ、若葉の体にある全ての怪我が治った。真っ赤に染まって所々破れていた制服も完全に元に戻り、傍依若葉は空栄和と毎日楽しく学校生活を送っていたあの頃の姿を取り戻した。
「え……あれ? 体が治ってる、あ、普通にしゃべれる!!」
驚いた顔で自分の体をキョロキョロ見回す若葉。今までほとんど呻き声しか出てこなかった口からも意味のある言葉が当たり前に出てくるようになり、その嬉しさから自然と顔に笑みが浮かぶ。宙に浮いている以外は普通の人間と変わらない。喜びのままに座り込んでいる和に飛びつこうとして。
しかしそれを遮るように、先に和から抱きしめられた。
「若葉ちゃん……! ごめん、ごめんね……っ!」
「和ちゃん、泣いてるの? 何で謝るの?」
若葉を抱きしめる和の腕には、ほとんど力が入っていない。今の和には、力いっぱい抱きしめられるほどの体力すら残っていない。だが、若葉には和の気持ちが伝わっていた。繋がりがあるからというだけではない。ずっと和のことを見てきたから。
「わたしには、若葉ちゃんを守る方法があったのに……! わたしなら、わたしだけが若葉ちゃんを守ることが出来たのに……!」
周囲が若葉を疎ましく思っていることには気が付いていた。それでも若葉との付き合いを優先して放置した。和がバランス良く周囲とも付き合っていればあの事件は防げたはずだった。それでも自分の欲を優先して見えないふりをした。
「わたしが若葉ちゃんを殺したようなものだよ……。だから、謝って許してもらえるとは思わないけど、でも謝らせて。本当に、ごめんなさい……!」
和の謝罪を受けて、若葉は困ったように笑う。
何故なら、許すとか許さないとか、それ以前の問題だから。
「和ちゃん、謝るのはわたしの方だよ。ゴメンね」
「え……?」
「だって、ずっと迷惑ばっかりかけてたし。わたしはいつも和ちゃんに助けてもらってばっかりだったのに、わたしは和ちゃんのために何もしてあげてなかった」
クラスメイトたちから投げつけられた、和が迷惑しているという言葉が何よりも痛かった。だって、きっとそれは事実だと思ってしまったから。
「だからね、わたしが死んじゃった時、和ちゃんが泣いてくれて、嬉しかったんだよ。わたしは、和ちゃんが悲しんでくれるくらいには仲良くなれてたんだなって」
「当たり前だよ!! 若葉ちゃんは、誰より大切な友達だから!!」
「ありがと。でも、わたしはそう思えなかったから、だから少しでも和ちゃんの役に立ちたくて、ずっと和ちゃんを見てたんだ」
それが、若葉が和に取り憑いていた理由。生きている間はずっと和に助けてもらってばかりで迷惑をかけていたから、霊体になって色々出来るようになった今なら和を助けることも出来るはずだと。
「そんなこと、考えなくて良いのに。だって、わたしにとって若葉ちゃんと過ごす時間が何より楽しかったんだよ?」
「ホントに? お世話してもらってばっかりだったような……」
「それが良いんだよ! わたしはずっと若葉ちゃんのお世話をしていたかったの!」
意味不明なことを言う和に首を傾げる若葉。流石に和の性癖を知らなければ納得し難い言葉だろう。だが、周囲に人がいる中で性癖開示するなんてことは出来ない和としては、ここで全てを説明してあげる訳にはいかない。どうやって若葉に分かってもらおうか考えていると、ある程度は場が落ち着いたかと思った綺季が口を開いた。
「あの、よろしいでしょうか」
「あ、うんゴメンね、大丈夫。若葉ちゃん、後は二人の時に話そっか」
「うん」
抱きしめ合っていた和と若葉が一度離れ、綺季、流凪、玲と向き合う格好になる。話が出来る状態になったことを確認し、咳払いを挟んでから綺季が話を進め始めた。
「えーっと、とりあえず流凪様、一体何をどうやって若葉さんを治したのですか?」
「んー? 繋がりを通して和ちゃんの生命力を若葉ちゃん? に流しただけだよ」
「えっ……。それは、和先生は大丈夫なのですか?」
「大丈夫。健康な生活を送ってればすぐに回復するから。でも不健康にしてると死んじゃうから、ちゃんと食べて、よく寝てね」
さらりと恐ろしいことを言う流凪の言葉に、元々力が入らなかった体から更に力が抜けていくような錯覚を覚える和。青ざめた顔でスケジュールを思い出し、明日が完全に休みの日で良かったとホッと一息。しかし家に大した食べ物が残っていないことに気が付き、この体では買い物にも行けないから誰かに頼まなくてはと今後の動き方を考えるのだった。




