表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異常現象解決します 澄川事務所  作者: 神木ユウ
第三章 事故物件
77/101

第七十四話 迷いを振り払って

 綺季の思考がまとまらないままに回り続ける。この気配は何者なのか。何故あの霊は明らかに圧倒的格上であるこの気配に向かっていったのか。自分は今どうすべきなのか。あの霊は本当に祓わなければならない存在なのか。違うとしたら、自分は一体何をやっているのか。



(世の中には君が対処出来ない怪異なんて数えきれないほどあるんだよ)



 流凪の言葉が自然と頭に浮かんできた。流凪がそんなつもりでこの言葉を発したのかは分からないが、確かにそうだと綺季は実感していた。自分の力が足りないというだけではない。大した怪異と戦った経験もない自分では、その怪異の性質すら把握出来ないのだ。祓うべき存在なのか、放置しても良いのか、祓う必要はないが監視が必要なのか、絶対に手を出してはいけない存在なのか。


 経験不足。それを実感していた。


 力という意味だけならば、若葉の霊くらいなら綺季でも充分に対処出来る。しかし、若葉の霊が祓うべき存在なのかが分からない。猪突猛進に攻撃を仕掛けたが、本当に自分のやったことは正しかったのか。もしかして、見た目がボロボロなだけであの霊は和の守護霊のような役割を果たしていた可能性もあるのではないか。


 若葉の霊を助けにこの重圧に立ち向かうべきなのか。若葉の霊に時間稼ぎを任せて流凪を呼びに行くべきなのか。



 若葉を見捨てるのか。助けるのか。



 綺季には分からない。自分がやるべきことが分からない。今、何をするのが正解なのか、何も分からない。


 理性が言う。助けに向かったって共倒れになるだけだ。だったらこの場は若葉の霊に任せ、流凪を呼びに行くのが正しい。


 感情が言う。若葉の霊は明らかに格上の存在に躊躇いなく向かっていった。きっと悪性の存在ではない。なら、そんな若葉を見捨てるのは正しくない。



(どうすれば……っ!)



 考えても答えは出ない。当たり前だ。その答えは綺季の中には存在しないのだから。いくら考えたってこれが正解だと確信することなど不可能。



 だから、綺季に必要なのは、正解ではない。




「わかば……ちゃん……っ!!」




 聞こえてきた声に目を向けると、地面を這いずってでも前に進もうとする和の姿があった。和は何の力も持たない一般人だ。この重圧に立ち向かったところで、何も出来ることはない。そんなことは本人だって分かっているはずなのに、しかし前に進むことを止めない。


 関係ないからだ。


 和にとって、何が正解かなど全く関係ない。今するべき行動は、若葉を助けに向かう。それ一択なのだと。



 一体、何を迷っていたのだろうか。



 パンッと大きな音が響く。



 ヒリヒリと痛む頬が、綺季の躊躇いを吹き飛ばしてくれた。



「和先生、待っていてください。彼女は、わたしが助けますから」


「え、綺季ちゃん? ま、待って!?」


 和の制止の声を振り切って、重圧に逆らうように綺季は駆け出した。








 アパートへ向かう途中、人とすれ違う。仕事帰りのサラリーマンといった様子の男性が、必死の形相で駆けていく綺季を不思議そうにチラリと見ていた。


(一般人には感じ取れていない……?)


 あまりにも強大な重圧のせいで勘違いしていたが、これも怪異の一種であることに変わりはない。一般人に感じ取れるものではないのだろう。和も影響を受けていたのは恐らく若葉の霊がずっと憑いていたせいであり、この重圧が誰彼構わずぶつけられているという訳ではないようだ。


 ならば、ここから状況が変わらない間に事態を収束することが出来れば、世間への影響は最小限に留めることが出来る。


 そんな綺季の考えを嘲笑うように、目の前に現れたのは、黒いバリアのような物で覆われたアパート。


「何、なの、これは……っ!?」


 綺季の目には、その黒が高濃度の呪いの類であることが見えていた。通常、誰かへの嫉妬や憎悪といった悪意から誰かに不幸あれと願うことによって発生することがある呪いという現象。相応の道具や儀式を用いることによってより強力な物になっていく場合もあるが、この濃度は明らかに異常だ。個人の思念から発生しているものではあり得ない。こんな呪いを発生させようと思ったら、数百人単位での純粋な悪意をかき集めて一つに束ねなければ不可能だ。それこそ一国の王などに不満を持った国民が協力して呪術を用いたりでもしなければ、こんなことにはならない。


 何が原因でこんな呪いに覆われているのか。見るだけでは分からないが、このアパートが異常領域と化しているのは確実。


「ッ……躊躇ってる場合じゃない。急がないと」


 しかしこの中に入ろうと思ったら、この黒いバリアを破壊するか、無理矢理押し通るしかない。もしこれを破壊したら呪いが周辺に振り撒かれることになる。その時、どれだけの範囲にどれだけの影響が出るか分かったものではない。それを無視することなど出来ない綺季が選べる択は、一つだけ。


 両手両足、そして額にお札を貼り付ける綺季。今からこの簡単に人を殺し得る呪いの壁に突撃するのかと思うと冷や汗が出てくるが、その恐怖を押し殺して、一つ、深呼吸。



「行きますッ!!」



 そして、両手で壁を押し込むようにしてぶつかっていく。



「あああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」



 頭がおかしくなりそうな激痛と、精神を侵そうと染み込んでくる悪意。それに耐えながら一歩一歩、足を前へ進める。本当に壁を押しているかの如き抵抗。それでも無理矢理歩を進め、やっとの思いで黒を突破する。それと同時に貼り付けていたお札が全て燃えつきるようにして消失した。綺季の体を守る巫女服も所々焦げたようになっていて、破れた箇所から素肌が覗く。


「はぁ……はぁ……巫女服を着てきて、良かった、ですね……」


 乱れた息を整える暇もなく、周囲を見渡す。真っ暗な呪いの世界の中で、アパートの各所につけられた灯りが淡く光を放っている。それによって辛うじて視界が確保されていた。



 逃げ惑う人々



 アパートを破壊しようとする幾本もの巨大な黒い触手状の何か



 そして、それからアパートを守ろうと飛び回って触手を弾くボロボロの若葉



 アパートの敷地外を支配していた夜の静寂とは正反対の喧騒が場を満たしていた。



「あ、綺季ちゃん! 何かヤバいよ……って綺季ちゃん大丈夫!?」


 声をかけてきたのは、このアパートに住む綺季のクラスメイトだった。先ほど会った時の三人がそのまま一緒にいることを見ると、あの後も部屋に集まって遊んでいたのだろう。明らかな異常事態で自分たちも混乱しているだろうに、傷付いた綺季を心配してくれる良い友人だった。


「わたしは大丈夫です。それより、あれは」


「あ、そうなんだよ、何かヤバいんだって! 急にめっちゃ揺れたと思ったらなんか地面からあの触手みたいのが生えてきて!」


「今度は幽霊みたいなのが来たと思ったら戦い始めてさ! もう訳わかんない!」


「アパートから出ようにも変な黒い壁みたいな物で覆われてて逃げることも出来ない。綺季ちゃん、外から来たんだよね。何か分かる?」


 口々に状況を教えてくれる友人たちだが、どうやら彼女らも何が起きているかは分かっていないようだ。綺季も改めて周囲の状況を確認する。とはいえ、先ほどアパートを出た時と見た目はあまり変わっていない。暗くなっているくらいで、建物が崩れたりといった影響は起きていないようだ。


 恐らく、若葉が守ってくれているのだろう。


 変わったことといえば、あの触手状の何かくらい。明らかに尋常ならざるそれを観察すると、アパートを覆う黒いバリアと同様の呪いを感じ取ることが出来た。ただ、それだけではない。わずかながら感じられる、何か神聖な気配。


「これは……神様……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ