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異常現象解決します 澄川事務所  作者: 神木ユウ
第三章 事故物件
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第七十話 行動開始

「和先生!」


 笑顔を浮かべて駆け寄ってくる綺季の愛らしい姿に、和の顔も緩む。帰ってきたら可愛い女の子が出迎えてくれるなんて和にとっては金を払ってでもお願いしたいシチュエーションだが、和はここで怪しまれるほどデレデレした表情を浮かべるような素人ではない。あくまで微笑みと呼べる程度の顔を維持しながら、寄ってきた綺季を軽く手を振って迎えた。


「どうしたの? 何か用事?」


「ちょっとすみません……」


 和に駆け寄った綺季は、以前神社での夕飯時にしたように両手で和の右手をぎゅっと握る。いきなりのことでまた変な声が出そうになる和だったが、真剣な表情で和を見つめる綺季の姿にどうにか声を飲み込んだ。そんな和のどうでも良い努力に気が付かないまま、綺季はじーっと和を見つめる。まるでその内側まで覗こうとしているかのように、貫通して背後まで見通せそうなほどじっくり見つめ続けて。


 しばらくしてようやく手を放す。一体何を確かめていたのかは不明だが、満足いく結果ではなかったのか首を傾げている綺季の様子に、ついに我慢の限界を迎えた和が口を開いた。


「あの、どうしたの……? いや、全然良いんだけどね。もっと手を握っててくれても全然良いんだけど、どうしたのかなって」


「ああ、すみませんすみません! 大丈夫なんで! お仕事帰りですよね? 疲れているのに帰宅の邪魔をしてしまって、申し訳ないです!」


「んん……? よく分からないけど……もう良いってことかな。どうする? うちに寄っていく?」


「いえ、大丈夫です! お気遣いなくごゆっくり!」


 ペコペコと何度も頭を下げた綺季は、何度か振り返って頭を下げつつアパートの敷地から出て行った。それを残念そうに見送った和は、綺季の姿が見えなくなってから自分の部屋を目指して歩き始める。せっかくなら寄っていけば良いのに、もしかしてまだ仲良し度が足りないかな、もっと仲良くなったら遊びに来てくれたりするかな、などと考えながら。


 一方アパートから逃げ出すようにその場を離れた綺季は、遠目にギリギリアパートが見えるというくらいに近所の公園のベンチに座って一息ついていた。そして、和との接触で分かったことを考える。


 まず、和の様子は神社で夕食を共にした時と何ら変わりはなかった。あの時感じ取ったものは、アパートという場所でも特に活性化したりはしないようだ。しかし、同時にそれが勘違いでもないことが確信出来た。神社で感じたものと同じものを今回も感じ取ることが出来た。一度だけでは、気配が薄いので気のせいである可能性を捨て切れなかったが、何度も同じものが感じ取れるのなら間違いないだろう。



 空栄和には、何かが憑いている



 それが何なのかは分からない。活性化していないせいか、もしくは和の中に身を隠しているのか、綺季の力ではそこに何かがいるということまでしか分からなかった。


「うーん……どうしようかな……」


 現状、和は特に困っていないように見える。一刻も早く祓ってやらなければマズイということはないだろう。なら、放置しても良いのか? 分からないが、祓えるのなら祓ってしまいたいというのが綺季の本音だった。何故なら、問題が発生していないのは偶然だという可能性もあるからだ。今後何かのタイミングで和に憑いた何かが活性化し、取り返しのつかない状況になってしまう可能性を否定出来ない。もしそうなれば、何故あの時祓っておかなかったのかと後悔することは間違いないだろう。


 綺季が個人的に和のことを助けたいというのもある。和は良い人だ。子供たちの助けになることが先生の喜びだ、なんて自然に発言出来る素晴らしい人だし、誰もが面倒に思うだろう神社の清掃ボランティアだって人一倍頑張ってくれた。そんな尊敬出来る人の力に自分がなれるのなら、絶対に力になりたい。綺季は素直にそう思える良い子だった。


 綺季の気持ちとしては、和に憑いた何かを祓うという方向でまとまった。


 そうなると、残る問題は。



(確かに君は強い。でも、世の中には君が対処出来ない怪異なんて数えきれないほどあるんだよ)



 流凪の言葉を思い出す。その言葉を疑う訳ではない。きっとこの世には綺季では歯が立たないような怪異が存在しているのだろう。相手がどのような存在なのかが分からないのに、迂闊に手を出すのは危険であるようにも思える。


 だが、同時に綺季は誓ったのだ。流凪に認められるくらい、流凪を助けられるくらい、強くなって見せると。ならばここは突撃あるのみ。ここで逃げてはいつまで経っても強くなどなれはしない。


 それに、今回の相手はそこまで強くはないのではないかと予想もしている。何故なら、そこまで強い力を感じ取れないからだ。確かに活性化していない状態では正確にその力を見極めることは出来ないが、だからといって気のせいかもしれないなどと思うくらい小さい存在がそれほど強いなどということがあり得るのだろうか。いや、ない。


 加えて、流凪だって和と会っている。それなのに何も行動していない。ならば、きっと流凪にとって取るに足らない相手ということだろう。放置しても問題ないと思っているに違いない。流凪が綺季でも感じ取れる存在に気が付いていないなんてことはあり得ないので、この考えには自信がある。


「よし、やろう」


 そうと決まれば、どうやって祓うかを考える必要がある。まずは試しに作ってきたお札を和に張り付けて反応を見てみるのが良いだろうか。それで祓えてしまうなら問題ないが、仮に反撃してきた場合どうしようか。それに、和を人質にされる可能性も考慮しなければならない。相手は和の中にいるのだ。このまま攻撃すれば和の命はないぞ、などと脅されれば綺季には手出しが難しくなってしまう。一撃で祓うことより、まずは和の中から追い出す方に力を注ぐべきだろう。


 そんなこんなで、ブツブツと公園のベンチで何事か呟いている不審者になりつつ作戦を練り、しばらく。


「うん、これで大丈夫、なはず」


 行動が決まった綺季がベンチから立ち上がった時には、もう周囲が暗くなり始めていた。


「行くぞー!!」


 気合いを入れて、和が住んでいるアパートに向けて歩き出す。やる気に満ちた綺季の足取りからは、一切の不安が感じられない。実際、綺季に不安はなかった。作戦通りに進むかどうかは分からないが、少なくとも問題なく祓うことは可能だと、それだけは間違いないはずだと思っていた。




 やはり、綺季には経験が足りていないのだ。




 気配が小さいなら大したことがない相手だ、と。それだけを考えて問題がないと確信してしまう。



 気配が小さいことに他の原因がある可能性



 力が小さくとも危険な能力を持つ可能性



 綺季には感じ取れないだけである可能性



 綺季の力では解決出来ない可能性などいくらでも考えられるのに、自分が想像出来るところが全てだと思って安心してしまう。この作戦で大丈夫だと慢心してしまう。鍛えるには良い相手だと油断してしまう。



 流凪は間違いなく警告していた。




 世の中には君が対処出来ない怪異なんて数えきれないほどあるんだよ




 綺季だってその言葉を忘れた訳ではない。ないのだが、しかし、残念ながら警告というものは大概、全てが終わった後に後悔と共に実感するのだ。




 ああ、従っておけば良かった、と。




 綺季が現場に到着する。



 目の前にあるのは、ただの古びた二階建てのアパートだった。

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