第六十三話 祭りの終わりと終わらぬ今日
「あ、いたいた。流凪ちゃんどこに行ってたの? 大丈夫?」
拝殿の裏手から出ると、餅まきが終わって流凪を探していたのだろう和が駆け寄ってくる。その手には餅やお菓子がたくさん入った袋がぶら下げられており、和の餅まきはそれなりの勝利で終わったことが窺えた。
「んー、ちょっとここの巫女ちゃんと遊んでた」
「あー、あの可愛い子」
和は綺季と知り合いではないが、その姿を見たことはある。そして、和が綺季のような小さくて可愛い少女の存在を忘れる訳がないため、バッチリ記憶に残っていた。そんな可愛らしい巫女さんと流凪が遊んでいたという話を聞き、和の胸中に湧き上がる猛烈な後悔。流凪と行動を共にしていれば、その光景を見られたかもしれない。あわよくば一緒に遊べたかもしれない。だというのに、自分は一体何を餅まきなんぞに夢中になっていたのか。
「巫女ってどんな子だった?」
「すごく元気で真面目な子だったよ」
「そうなんだ。遊んでもらえて良かったね」
「ん? うん」
和の言い方に違和感を覚えた流凪だったが、そんな細かいことを気にする流凪ではない。雑に流して頷いた。もしここに希美がいれば、和が流凪のことを子供だと思っていると察して訂正してくれただろう。
「流凪ちゃん、わたしとも遊んでくれる?」
「いいよー」
「ありがとう。じゃあ連絡先を教えておくね」
しれっと流凪の連絡先を入手したロリコン教師だが、一応この行動を擁護するなら別に私利私欲だけで動いている訳ではない。流凪は希美たちが巻き込まれた事件に関わっていた当事者だ。何かあった時のため、連絡先を聞いておくのは悪いことではない。そんな正しい気持ちだって半分近くはある。逆に言えば、残念ながら半分ほどは欲だという意味なのだが。
「また連絡するね」
「あーい」
「さて、じゃあ他の皆と合流を」
「あ、流凪ー! どこ行ってたのよ!」
合流するために皆を探そうとした瞬間、良いタイミングで大きな声が近付いてきた。凜々花がとても不機嫌そうに地面を踏みしめながら流凪たちの方へ近付いてくる。その手には餅まきの戦利品が入っていると思われる袋があったが、和の物と比べるとどう見ても中身が少ない。そんな凜々花の後を、苦笑いで希美、秋子、奏が追ってくる。三人とも和よりは少なそうだが、それなりに戦利品を獲得したようだ。中身の詳細を確認しなくとも凜々花が最も少ないことは明らかで、それゆえに凜々花が不機嫌になっていることも簡単に理解出来た。
「流凪、餅は!?」
「これー」
「一個? ……ふ、ふふーん、流凪もまだまだね。見なさいよあたしの!」
「おー」
そう言って得意気に袋の口を大きく開けて中身を見せてくる凜々花。先ほどまでの不機嫌さは完全になくなり、流凪に戦利品を自慢することに夢中になっている。凜々花の機嫌が直ったことに友人ら三人はホッと安心し、得意気に笑う凜々花の可愛さに和の表情もニコニコだった。よく分かっていない流凪を除いて、その場の全員が良い気分になっている、そんな場所へ、最後の一人がやってきた。
「申し訳ありません、お待たせいたしました」
「あ、玲さっ!?」
呼びかけながら近付いてくる足音に、皆がそちらを見る。声からしてそれが玲であることは間違いなく、まだ合流出来ていなかった最後の一人が来て全員が揃ったことに喜びながら、全員が玲へと目を向けた。
そして固まった。
玲はその両手に一つずつ、合計二つの袋を持っており、そのどちらもがはち切れそうな程にいっぱいになっている。他の全員が獲得した物を合計しても、きっと玲の方が多いだろう。他の追随を許さない圧倒的戦力。比べることすら許されない高み。
「玲、これも一緒に入れといてー」
「お嬢様、これ一つですか? どうせどこかでサボっていたのでしょう。ご自分のおやつ分くらいは働いてくださいよ」
文句を言いながら、流凪が渡してきた餅一個も袋に入れる玲。これからしばらくは餅を消費する日々が始まるな、と今後の食事に思いを馳せる。流石に毎日毎食を砂糖醤油の餅だけで済ますのも飽きるし、いくつかレパートリーを考えなければならない。とはいえこれで食費がかなり浮くことは間違いない。良いイベントだったな、と来年以降も参加することを決めた。
一方、やっと餅まきの前に玲が言っていたことを理解した和は、恐ろしいものを見たように冷や汗を掻いていた。他の人が取る分をある程度残しつつ、という言葉が本当なら、玲はこれでまだ本気を出してはいないということだ。具体的にどのようにしてこれほど獲得してきたのかは定かではないが、人間離れした身体能力を持っていることは間違いないだろう。こんなメイドを連れているなんて、やはり流凪は物凄いところのお嬢様であるようだ。このメイドはきっと、あまりにも可愛すぎる娘を心配した親がつけた護衛でもあるのだろう。
特にそれを裏付ける根拠などはないが、和は確信した。そして、このメイドは怒らせないように気をつけることを誓った。そういえば初対面で怪しまれていたような気もするけど、気のせいということにして怒らせないようにしようと誓った。だって仕方がない。流凪ちゃんが可愛過ぎるからいけないんだ。和は内心で必死に言い訳を繰り返していた。
「え、えーっと、お祭りはこれで終わりかな。皆どうする?」
「神社に残ってても仕方ないし、帰るってことで良いんじゃないかしら」
「うん、そうだね。じゃあ」
「待ちなさい!!」
希美も秋子も奏も、祭りが終わったのならここにいても仕方がないということで帰る方向に話がまとまりかけていたが、それに大声で待ったをかけたのは凜々花だった。
「祭りは終わったけど、あたしたちの今日はまだ終わってないわ!」
「凜々花、またなの? どうせ何も考えてないんでしょう」
「ふっふーん、残念だったわね。ちゃんと考えてあるのよ!」
そう言って凜々花が取り出したのは、小さな紙だった。よく見ると、どうやら花火の引換券のようだ。凜々花が獲得した餅に付いていたらしい。
「これで花火がもらえるわ。皆でやるわよ!」
意気揚々と花火をもらいに行く凜々花。少しして帰ってきた凜々花の手には、なかなか立派な花火セットがあった。手持ちの物はもちろん、地面に置いた筒から噴き出す物や、中には小さいながらも打ち上げ花火が入っていたりもするようだ。七人いてもそれなりに楽しめそうな量があるその花火セットを早速開けようとする凜々花だったが。
「待ちなさいお馬鹿」
秋子が花火セットの袋を奪い取ってしまった。
「何するのっていうか誰が馬鹿よ!」
「火の用意は? 水の用意は? 消えた花火を片付ける袋は? ここで花火をやる許可は? 何にも考えてないからお馬鹿って言ってるのよ」
「う、うう……」
残念ながら秋子の言う通り、凜々花は何も用意していない。火すらないので、そもそも花火に着火することすら不可能だ。これでは遊びようがない。
「じゃあ許可をもらえば良いんじゃない?」
「許可って……流凪、どうする気なの?」
秋子の疑問には答えず、キョロキョロと辺りを見回す流凪。そして、どこかへ向かって手を振り始めた。一体何をしているのか、他の六人には何も分からなかったが、そう間を空けず一人の人物が全速力で駆け寄ってきた。
「お呼びでしょうか、流凪様!!」
「やっほー、綺季ちゃん。ここで花火がしたいんだけど」
「かしこまりました! それでは用意いたしますので少々お待ちを!!」
あれ以降もずっと流凪のことを陰から見ていた綺季が、流凪の言葉に従い、あっという間に火や水を用意して戻ってきた。
「ありがとー。じゃ、花火やろー」
それを当たり前のように受け取って花火を始めようとする流凪の姿に、玲以外の面々の顔が引きつる。一体何があったらこんな従者のようになるのだろうか。果たして聞いても良いのだろうか。顔を見合わせるばかりで、なかなか花火に手を付けられなかった。




