第六十二話 強く幼い娘
「うう……申し訳ありません……」
すっかり落ち込んでしまった綺季を落ち着かせるため、餅まき会場から更に離れて拝殿の裏手までやってきた。拝殿の縁側部分に腰かけた綺季の隣に流凪も座る。
「わたし、あなたが神様なんじゃないかと思って……」
「あー」
綺季のその言葉に、何と返答すれば良いのか迷う流凪。神様ではないと否定すると、嘘を言っていることになる気がするのだ。一応流凪に宿っているのは名前もないとはいえ神であり、その力を感じ取っている綺季にあなたは神ですかと尋ねられたら、いいえとは言い辛い。
「綺季ちゃんも何か力があるっぽいもんねー。そっか、分かるんだねー」
「え、ということはやはり!?」
「うーん、否定しにくいんだよねー。どうしよっかなー。ま、いっか」
別に隠さなくても良いんじゃないかという雑な考えで、自分に宿っている神についての説明をしてしまう流凪。生まれた時から宿っていること、その力の一端を扱えること、基本的には眠っているため起こさないと動かないこと。
「なるほど……ということはやはり神様! ははーっ!!」
「わたしは流凪だよ。神様じゃない」
流凪の表情は変わらない。ずっと穏やかな笑みを浮かべている。しかし、その言葉の陰に僅かな負の感情を見つけた綺季は、流凪はきっと神様扱いされるのが嫌いなんだとよく分からないながら理解した。
「では流凪様とお呼びさせていただきます!」
「うーん……まあそれで良いや」
きっとこの綺季という少女は真面目なのだろう。自分が巫女である以上、神様、あるいはそれに関連する存在に対して敬意を忘れてはならないと思っている。流凪が神様扱いを嫌うのは単純に自分はまだ人間であるという認識を持ちたいからというだけであって、神様扱いされると更に神化が進行するという訳ではない。この態度がきっと綺季のポリシーのようなものなのだろうと思えば、特に不都合もないのに無理やり止めさせるのもどうかと思えた。
「で、流凪様はこのようなお仕事をなさっておいでだと」
「うん、そう。綺季ちゃんはきっと色々見えるよね。何かあったら呼んでね」
まるで宝物のように優しく流凪の名刺を眺める綺季に、改めていつでも呼んで欲しいと声をかける。基本的には面倒くさがりな流凪だが、こと仕事に関しては積極的に動く。金を稼ぐには仕事が必要というのもあるし、人からの感謝によって玲を人間に留める目的もあるし、何かあればどんどん呼んで欲しいというのは流凪の正直な想いだった。
「いえ!! ここはこの高木道綺季にお任せくださいっ!!!」
しかし、流凪の想いとは裏腹にそんなことを宣言する綺季。勢い良く立ち上がり、拳を掲げて誓うように叫ぶ。
「流凪様の手を煩わせるまでもありません! わたしとて力を宿す身。もちろん流凪様には遠く及びませんが、そこいらの怪異程度、この高木道綺季が流凪様に代わって退治して見せましょう!!」
きっと、善意で言っているのだろう。
流凪の気持ちを全く汲めていないというのはあるが、綺季の気持ちは嬉しく思う。それに、確かにそこらの雑魚怪異であれば綺季一人でもどうにか出来るだろうとも思える。綺季の力は木っ端霊能者とは比べ物にならない。霊能者百人単位の働きは出来るだろうレベルの力が、綺季には宿っている。何の根拠もない戯言ではなく、自身の力を分かった上で言っている。それは分かる。
が、それでもまだ
身の程が分かっていない
「侮り過ぎだよ」
「ヒッ!?」
ほんのわずかに力が込められた流凪の言葉が、巨大な手で圧し潰すかのように綺季を押さえつける。立っていられなくなった綺季はストンと再び腰を落とし、立ち上がった流凪を見上げるような体勢になった。その百四十ほどしかない背が壁の如く大きく見え、真正面から見つめてくる真っ赤な瞳が自身を封印する宝石になったかのように身動き一つ取れない。
「確かに君は強い。でも、世の中には君が対処出来ない怪異なんて数えきれないほどあるんだよ」
「そ、それは、あなたでも、ですか……?」
「わたしが対処出来ない怪異なんていないよ。上手く対処出来るかは別としてね。だから言ってるんだ。何かあったら呼んでねって」
例えば、以前小学校で起きた事件。あの時は怪異は敵ではなかったが、もしあの幽霊が本気で襲い掛かってきたら綺季では身を守るのが精一杯だろう。もしくはあの怨念と妖刀。もし綺季があれと対峙したら、三分持つか怪しいレベル。間違いなく斬り捨てられる。
実際のところ、それらは例外だ。その二つは流凪でもそこそこ苦戦する程の規格外であり、ほとんどの怪異はそんな強い力は持っていない。何なら怪異の九割以上は綺季の力でも片手間で対処出来る程度の力しか持っていない。綺季の力はそれだけ強く、本人の気質もあり、流凪を除けばきっと最強の霊能者だろう。
しかしだからこそ、自分の力で対処出来ない怪異を侮ってはいけないのだ。
「君の力で対処出来ない怪異っていうのはね、地域全体に影響するようなとても危険な存在だ。放置すれば数百、数千、最悪では数万という規模の人々に危害が及ぶ」
「そんなに……」
「うん。君はそんな奴は見たことないかもしれないけど、確かにいるんだよ、そういう怪物が」
それだけ言って、話は終わったと言わんばかりに去っていく流凪。さっきまで盛り上がっていた祭りの声が少し小さくなっている。きっと餅まきが終わったのだろう。となると皆が流凪のことを探しているはずだ。
去っていく流凪を見送って、押さえつけられているような感覚がなくなった綺季は、大きく息を吐き出した。確かに流凪の言う通り、危険な怪異というのは存在しているのだろう。言ってしまえば、流凪だってその一種と言えなくもない。もし流凪が暴走した時、きっと誰にも止めることが出来ない。その時は世界の滅亡を意味するのだろう。
それ以外にも、あの口ぶりだと恐らく流凪は危険な怪異と戦ったことがある。綺季では全く対処出来ない怪異。これまで綺季がやってきた、漂うだけの幽霊を祓ったりするのとは訳が違う相手。そんな存在が間違いなくどこかにはいる。それには綺季では対処出来ないから、見つけたら連絡するように、というのが流凪からの指示だ。それは間違いなく正しく、必ず従うべき命令。人々だけでなく、綺季のためにもなる、流凪の優しさだ。
それは全て理解した上で
しかし、綺季は真面目で、まだ幼かった。
「もっと鍛えて、流凪様に認められるようにならなきゃ!」
綺季では対処出来ない怪異がいる。だったら、それにも対処可能になるまで鍛えれば良い。確かに流凪は無敵に思えるほど強い力を持っているが、本当に無敵な訳じゃない。だって本人も言っていた。上手く対処出来るかは別としてって。流凪にだって出来ないことがある。だったら自分が助けになることだって出来るはず。
「待っていてください流凪様! この高木道綺季、もっと強くなって見せます!!」
立ち上がり、拳を掲げて宣言する。良くも悪くも真面目で真っ直ぐ。善人で強く、しかし世の中をあまり知らない幼い娘。頑張れば何でも出来ると思っているし、誰もが誰かの助けを必要としていると思っている。
それは間違っていないし、尊ぶべき素晴らしい考えではあるのだが……。
「うおーーーっ!!!」
残念ながら、高木道綺季には絶対的に経験が足りないのであった。




