第六十一話 不器用な接触
そんなこんなでお祭りを楽しみ、夕方と言っても良い時間帯に差し掛かってきた。いよいよこの祭りのメインイベント、餅まきの時間だ。拝殿横の開けた砂利のスペースに建てられた櫓の上に、四人のおじさんたちが立っているのが見える。それぞれのおじさんが東西南北を担当し、各方向に満遍なく餅やお菓子を投げていくようだ。
「じゃ、各自散らばって参加するわよ! 終わったらここに集合ね!」
そう言ってズンズンと集まっている人の壁を掻き分けて最前列を目指していく凜々花。希美、秋子、奏も各々散らばっていき、流凪と玲、和がその場に残った。
「お嬢様、どうしますか?」
「ん? 自由にして良いよー」
「分かりました。他の人が取る分をある程度残しつつ、餅を確保して参ります」
「え?」
和の疑問の声には答えず、玲が去っていく。もし玲が本気を出したらその周囲の人が何も手に入れられなくなってしまうので、本気は出しませんという宣言である。和は玲の身体能力を知らないのでそれが伝わらないのだ。
「えっと、流凪ちゃんはどうするの? わたしと一緒に参加する?」
欲望半分、善意半分で和が提案する。餅まきというのは櫓の周囲にたくさんの人が集まって餅などを取り合うので、体格が小さいと不利なのだ。それだけでなく、押しつぶされてしまう危険性もある。この祭りも、過去には餅とお菓子だけでなくプラスチック製の水鉄砲などのおもちゃも投げていたことがあるのだが、それが子供の頭に当たって大泣きしてしまい大変なことになったという事件があった。幸いその子供は怪我等はなく、ただ驚いて泣いてしまっただけだったのだが、それ以来おもちゃは投げないようになったのである。
そういうこともあり、餅まきはとにかく子供に不利だ。祭りによっては子供と大人を分けて開催するものもあったりする。しかしこの祭りは残念ながら年齢の区別なく参加する形式になっているため、流凪には大変だろうと考えた和の提案だった。もちろん人混みの中で流凪の隣にいれば嬉しいハプニングが起きるかもしれないという欲も多分に含んでいる。本当は真っ先に突っ込んでいった凜々花が体格的に最も不利なはずなのだが、あの子は何に対してもやる気満々なのできっと大丈夫だろうとも思えた。逆にのんびりしている流凪は一人では何も獲得出来ない可哀想なことになりそうだなと思える。
そんな和の提案だったが。
「大丈夫だよー。和ちゃんも自由にしてて」
「和ちゃんじゃなくて和先生……じゃないわ、間違えた。生徒じゃなかった。うーん、一人で大丈夫?」
流凪としては、何も手に入らないならそれでも別に構わないのだ。和は流凪のことを子供だと思っているのでそれだと可哀想だという常識的思考と善意から提案しているのだが、流凪にそれは当てはまらないというちょっとしたすれ違いである。
「では、始めまーす!!」
そんなことをしていると、櫓の上から餅まきを始めるという号令が聞こえてきた。どうやらもう始まるようだ。こんなところで言い合っていても何にもならない。仕方がないので和も流凪を置いて移動することにした。
「じゃあ行くけど、無理しちゃダメだよ?」
「あーい」
和もいなくなり一人になった流凪は、櫓の上からばら撒かれる餅やお菓子を眺めていた。人の壁を掻き分けて入っていっても良いのだが、そんなやる気も湧いてこない。小さい子供が櫓の目の前で餅を拾えずにまごまごしていたりすると、気を利かせたおじさんがわざとその子に向かって餅を投げてくれたりもするのだが、流凪がいるのは櫓から離れた場所。集まった人々からも数歩離れた場所であり、餅を撒くおじさんたちもそこまでは見ていない。偶然飛んできた餅を一個回収して、まあこれで良いかと突っ立っていると、そんな流凪に背後から声をかけてくる人物がいた。
「あの……」
振り向いてみると、そこには巫女服の少女が。流凪からは顔が見えていなかったため確実とは言えないが、背格好的に恐らく先ほど柱の陰から流凪を見ていた巫女だろうと思われた。特に流凪の目から見ると、その巫女がただの少女ではなくそれなりの力を宿していることが見えるため、先ほどの巫女の少女で間違いないと判断することも可能だ。
「どうしたの?」
「あ、いきなりすいません! わ、わたしはこの神社で巫女をしてる、高木道綺季といいます!」
「澄川流凪だよー」
綺季は流凪の目から見ても物凄く緊張しているように見えた。その緊張が何からくるものなのかは流凪には分からないが、とにかく緊張していることだけは間違いなさそうだ。
「これいる?」
「え? あ、いえいえいえいえ! そんな、流凪様の物を奪うだなんて不敬な!」
試しに餅を差し出してみると、顔を真っ青にしてブンブンと首を振る。少しでも緊張が解ければと思っての行動だったのだが、逆に恐縮させてしまったようだ。というか、不敬とは一体何だろうか。流凪と綺季は初対面。敬われるようなことはないはずだ。見た目からでも流凪の方が年下に見えるだろうし、何が何やらさっぱりである。
「大した用もなく話しかけてしまって申し訳ないのですが、せ、せめてですね、挨拶だけでも、と思いましてですね……!」
「挨拶?」
「ええ、ええ、はい、そうです。流凪様はどうやら大変高位の存在でいらっしゃるとお見受けしまして、はい、巫女として挨拶もせずというのはちょっとどうなのか、とですね、はい」
「えー、そんなのいらないよー」
「はひっ!? そ、そうですよね、そうですね、こんな卑しい存在から挨拶なんぞされても、という感じですよね、ええ、ええ、申し訳ありません」
「卑しい?」
「ええ、はい、わたしのような塵が流凪様のような高貴な方に話しかけてしまうことがそもそも不敬だったと、ええ、仰る通りでございますれば、ええ」
この場にもう一人誰か流凪のことを知っている人物がいれば流凪と綺季の間に入って話しやすくしてくれただろうが、残念ながらここには二人だけ。流凪はマイペースで相手の誤解を解いてあげなきゃなんて考えてはくれないので、このままだとまともな会話も成立せず終わってしまう。
が、ここで意図せず綺季がファインプレーを繰り出す。
「あのー、不躾な質問かもしれませんが、流凪様はどういった方なのでしょう。あ、申し訳ありません不勉強で、それくらい知っておけというのは仰る通りなのですが……!」
「どういった……あー、これあげる」
「え、はい、ありがとうございます……これは、名刺?」
綺季の質問の意図はよく分かっていない流凪だが、何者なのかと尋ねられたことは何となく分かったため、名刺を差し出した。以前希美たちにも渡したことがある、澄川事務所の所長であると書かれた名刺だ。
「異常現象解決します 澄川事務所? 所長 澄川流凪……???」
「うん、そういう仕事してるの。綺季ちゃんも何かあったら来てね」
ここまで話をしても全く偉ぶる様子がない。その上、普通、かどうかは微妙だが、普通の人間のように名刺など渡してきた。もしかして、何か勘違いしているのかもしれない、という思考が綺季の中にやっと芽生えた。目の前の美少女はもしかして、神様とかではなく人間だったりするのかもしれない、と。やっと思考がまともに回り始めたところで、だとしたら今までの自分の言動は意味不明過ぎてキモかったのではないか。妙なことを言って超絶美少女にすり寄ろうとする変質者のような存在だったのではないか。
急速に恥ずかしくなってきた綺季の顔が、傍から見て分かるほどに真っ赤に染まっていくのだった。




