第六十話 楽しいお祭り
屋台を回り始めて、真っ先に凜々花が突撃したのは射的の店だった。
「今回こそはあれを叩き落としてやるわ!」
「またやるの? どうせ当たらないわよ」
「うっさい! やってみなきゃ分かんないでしょ!」
「いや、毎年やってるから言ってるんだけど」
凜々花が狙っているのは、的の並べられた段の中でも一番上の、中でも一番小さい的。大当たりと赤字で書かれた札の貼り付けられた板のようだ。どうやら毎年このお祭りに参加する度に射的をやり、その度に大当たりを狙って外しているらしい。大当たりの景品が何かも分からないというのに、大当たりという字面に惹かれてしまって狙わずにはいられない。凜々花らしい負けず嫌いといえるだろう。
弾は五発。一発目は的の上を通り過ぎ、修正して放った二発目は的が置かれている台に当たった。三発目は的の右、四発目は緊張で手が震えて全く違う方向へと弾が飛んでいく。
「うう、ううう……!」
涙目で振り返った凜々花が、玲を見つめている。どうやら代わりに最後の一発を撃って欲しいらしい。凜々花にとって、以前プールに行った時から玲は最強なのだ。きっと玲に任せれば一発しか残っていなくても完璧な射撃を見せてくれると信じて疑わない。
「わたしですか? こういうのはお嬢様の方が得意なのですが……良いですか?」
「おう、代わってやんな、お嬢ちゃん。この子、泣き出しちまいそうだ」
「な、泣いてないし!!」
店主の許可をもらい、凜々花から銃を受け取る玲。弾を込め、銃口を的へ向ける。その動きがピタッと止まったかと思えば、間髪入れずに弾が発射された。真っ直ぐ撃ち出された弾は、狙い通りに大当たりの小さい的を撃ち抜き倒す。
「やったー! さっすが玲さん!」
「ほー、スゲェなお嬢ちゃん。んじゃ、これ大当たりな」
店主が箱から取り出した景品は、なんと最新のゲーム機だ。この景品を展示しておけばもっと客が寄ってきそうなものだが、あまり興味がないのかサプライズが好きなのか、大当たりの的を倒した人にしか見せないようにしているらしい。
「え、スッゴイ! マジで大当たりじゃん!」
「どうぞ、凜々花さん」
「もらって良いの!? ありがとー!」
玲からゲーム機を差し出された凜々花は、満面の笑みでそれを受け取る。これから祭りを回るのにかなり邪魔そうだが、このゲーム機が入手出来る事実に比べれば些細な事か。
「流凪ちゃんの方が得意って言ってたけど、流凪ちゃんもやってみる?」
「ん? 別にどっちでも良いよー」
「気になるわ。流凪ちゃん、やってみてくれない?」
「おっけー」
和に言われ、流凪も射的に挑戦することになった。店主から弾をもらい、それを銃口に詰めて的を狙う。その際、流凪があまり台に乗り出して狙いを定めないことに和がガッカリした表情をしたことに気が付いた人はいなかった。和としては、流凪が身を乗り出すように狙いを定めたら、ひょっとしたらスカートの中が見えたりしないかなと期待して流凪に射的をやらせたのだ。流凪はそんな一生懸命に狙いを定めなくても的に当てられるし、仮にスカートの中が見えてもパニエで膨らんだスカートから下着が見えたりしないように対策はしているのだが。
「希美ちゃん、どれが欲しい?」
「え、じゃああのぬいぐるみ、とか?」
「おっけー」
希美が最上段に置かれた大きいくまのぬいぐるみを指さすと、流凪は即座に狙いを定めてあっという間に撃ってしまった。大して狙いもつけずに撃ったようにしか見えなかったのに、銃口から飛び出した弾は正確にぬいぐるみの額を撃ち抜き、とても一発で倒れるようには見えなかった大きいぬいぐるみがポテンと横になる。
「え、ええっ!?」
「じゃあ次は秋子ちゃん」
「……じゃああの腕時計とか狙ってみて」
「あーい」
秋子が指定したのは、最上段の中でも大当たりに次いで小さい腕時計。可愛らしいピンクのおもちゃのようなものだが、射的で狙うのはかなり難しいように見える。しかし流凪はまたあっさりとそれを撃ち抜き、景品を獲得して見せた。
その後も奏、和の指定を難なく獲得し、残り一発。
「お嬢様、ここは皆さんをもっと楽しませて差し上げてはいかがでしょうか。せっかくのお祭りですから」
「んー、じゃあやってみようかな」
玲に何事か囁かれた流凪は、なんと的の置かれた台に背を向けてしまった。その姿勢のまま、わきの下から銃を背後に向け、射撃。放たれた弾はお菓子の箱に当たって跳ね返り、隣のお菓子も倒して更に跳弾、流凪の手元に返ってきた。正面に向き直り、その弾をキャッチ。
「じゃーん」
「う、うそ……!?」
「マジで言ってる? そんなこと可能なの……?」
この世の出来事とは思えない超絶技巧。これは別に流凪が何か特殊能力を使った訳ではなく、単純に異常なほど器用であるというだけである。数々のスポーツ経験により培われた空間把握能力と、裁縫や華道によって育てられた器用さ。それらが組み合わさり可能となった、特に使い道もない特技の一つだ。
「おいおい、冗談キツイぜお嬢ちゃん。あーっと、悪いがそのキャッチした弾をもう一回使うのは勘弁してくれ」
「あーい」
跳ね返ってきた弾をもう一度使用して的を狙ったりしたら、景品を全て取られてしまう。普通に考えたらそんなことはあり得ないのだが、先ほどの流凪の射撃を見ているとなくはないと思えてしまうのだ。流凪としても別に景品を根こそぎ獲ってやろうなんて気は微塵もないので、店主に言われた通りに弾を器に置いて返す。
「はい、これみんなにあげるー」
それぞれの希望の景品を手渡し、口々にお礼を受け取って。流凪の後に射的をやろうなどという気になる人物は誰もおらず、射的の時間は終わった。
「あ、かき氷」
次はどこに行こうか、などと話をする前に、流凪が視界に入ったかき氷の屋台に引き寄せられていく。いつも暑そうな服を着ているのに汗の一滴すら流さない流凪だが、やはり暑いという感覚はあるのか冷たい物が欲しくなるようだ。
「ちょっと流凪、一人で行かないでよ!」
ふらふらとかき氷の屋台に向かう流凪を六人が追いかける。追いついた時には既に屋台の前にいて、流凪が注文するところだった。
「かき氷くださいなー。えっとねー、メロンが良い」
「はいよー! 四百円ね」
「玲ー」
「はいはい。せめて先に一言ください」
文句を言いつつ財布を取り出して四百円を支払う玲。お金を受け取った店主がかき氷を作り始める。
「可愛い子にはサービスしちゃおうかなー。はい、好きなだけシロップかけて良いよ」
「お? やったー」
氷が盛られた器とシロップを受け取った流凪が意気揚々と氷を緑色に染めていく。とはいえ流凪に欲張ってジャバジャバとシロップをかけるなどという分かりやすい欲はないので、ある程度のところで切り上げてシロップのボトルを店主に返した。
「ありがとー」
「良いってことよ」
と、そこまでやり取りを終えて顔を上げた店主の目に、自身を見つめる幼い少女たちの姿が。
「う……かき氷、いるかい? 今ならサービスしちゃうよ」
「やったー!」
流石に一人にだけサービスして他の子にはしないなどという酷いことは出来ない。全員にかき氷シロップを自由にかけることが出来るサービスをせざるを得なくなってしまった。希美、秋子、奏の三人は流凪と同じようにある程度シロップをかけて満足したが、ただ一人凜々花だけはかき氷なのかシロップなのかよく分からなくなるくらいにかけていた。そんなことをすれば後々ただ甘いだけの飲み物を飲む羽目になるのだが、せっかくならと後先考えずイチゴシロップで氷を真っ赤に染めていく。
その後、案の定甘いだけのイチゴシロップジュースを大量に飲むことになり苦しんでいたが、助けてくれる人はいなかった。




