第五十九話 輪豊神社の巫女
「ちょっと、遅いわよ流凪! っていうか、なんで浴衣じゃない訳? 浴衣でって言ったでしょ!」
「ゴメンゴメン。玲がメイド服でって聞かないからさー」
「人のせいにしないでください。お嬢様用の浴衣は家にあるのに、それを着なかったのはご自身の意思ですよね」
いつも通りのゴスロリ衣装で現れた流凪を、凜々花の文句が出迎えた。それを受け流すように玲にパスした流凪だったが、残念ながらそれを受け止めてくれるほど玲は優しくない。浴衣を着ていないのは流凪の怠慢によるものだとすぐにバラしてしまった。
「お? 久しぶりー」
「はぅんっ」
そこで、話を逸らそうとしたのかいつも通りのマイペースか、流凪が和の存在に気が付いた。どうやら顔を覚えていたようで、手を上げて挨拶をする。それに対する和の返答は、意味の分からない鳴き声。何かに撃ち抜かれたかの如く胸を押さえるその姿に、玲の目が何かを察したように細められる。和が立っていたのが子供たちの後ろで、その姿が子供たちの目には入らなかったのは果たして幸か不幸か。
「んんッ、覚えていてくれたんだ。前に学校で会ったことがあるよね。わたしは和っていうの。よろしくね」
「流凪だよー」
「……玲と申します」
ジーッと和を見つめる玲。和はそれを受け流し、何も後ろめたいことはないと言わんばかりに堂々としている。先ほどの怪しい行動は気のせいだったのかと思いたくなる変化ぶりだが、玲はそんな演技には騙されない。流凪に心を打ち抜かれる人間など無限にいるのだ。玲はあっさりと和の内心を正確に見抜いていた。とはいえ、だから何かをする訳でもない。何か手を出してきたら別だが、心の内で妙なことを考えるだけなら許す。というか許さざるを得ない。流凪に対して変なことを考えている人間全員に対処していたら、玲はきっと無差別大量殺人犯になっていただろう。
「この人はわたしたちの学校の先生だよ」
「あの変態がいなくなって、代わりに担任になったのよ。まあ、悪い人じゃないから警戒しなくて良いわ」
「よろしくー」
「ええ、よろしくね」
一通り挨拶を済ませ、さて、と仕切り直し。
「じゃあお祭りを回るわよ!」
「待ちなさい。先にお参り」
「えー」
秋子の言葉に、凜々花の顔が露骨に歪む。神社に来たのだからまずはお参りをするべきという秋子の言葉は何も間違っていないが、しかし凜々花が嫌がるのも仕方がないのだ。希美も奏も、何ならお参りをしろと発言した秋子自身すらも同じ思いだった。彼女らの視線の先には、長蛇の列。お参りをしようと拝殿前に列を作る人々の姿があった。ほぼ地元民しか来ないとはいえ、それなりの人数はいる。お参りが出来るまでに最低でも十五分くらいはかかりそうだ。
「あ、そういえばわたしもお参りしてなかったかも。一緒に行っても良い?」
秋子の言葉を聞いて今思い出したというように和が行動を共にしようとする。そう言われて嫌ですとは言い難い。実際に別に嫌な訳でもないし、断る理由はない。ただ、それを受け入れると必然的にお参りをしなくてはならなくなるので、少し躊躇いがあるというだけだ。
「じゃあ行きましょうか。ここでのんびりしてても無駄に時間が過ぎるだけだし」
そう言った秋子を先頭に、お参りの列へと並ぶ。しれっと一緒に行動することに成功している和だが、当然お参りが目的ではない。お参りが完了した後もその流れのままに一緒にお祭りを回るつもりでいた。どうやらあまり子供たちは祭りに来ていないようなので、この子たちを逃がすわけにはいかないのだ。一緒に行動していれば女の子たちの可愛い姿がたくさん見られるだろうし、何より流凪と一緒に祭りを回ることが出来る。『計画通り』とニヤリと笑うのを抑えるのに苦労していた和だった。
「んー、やっとお参り出来たわねー。じゃあ今度こそ、祭りを回るわよ!!」
「おー」
伸びをしながらの凜々花の号令に奏が拳を上げて応える。拝殿横の開けた砂利のスペースで七人集まって、会場を見渡しながらどこに行こうかを考えていた、その時。
「お?」
「どうしたの、流凪ちゃん」
流凪が急にキョロキョロと周囲へと目を走らせ始めた。希美の問いかけにも答えずしばらくそうしていた流凪の目に、一人の少女の姿が映る。
それは巫女だった。
高校生か、もう少し年下か、それくらいに見える巫女服姿の少女。流凪が感じ取ったのは、そんな少女がじっと自分を見つめている視線だった。離れているため顔はよく見えないが、柱の陰に隠れるようにしてじっと流凪を見つめている。
「何してるの、希美、流凪! 行くわよ!」
「んー、まあいっか。行こ、希美ちゃん」
「うん」
屋台が並ぶ通りを目指して歩き出した。
高木道 綺季は輪豊神社の巫女である。身長百四十九、美しい黒髪ロングのストレート、学校のクラスでは妹のように可愛がられる幼く見える容貌を持つ、現在高校一年生。神社での扱いとしてはバイトということになる。この神社で生まれ育ち、将来的には女性ながら跡を継ぐために大学で勉強することも視野に入れているほど神社のことを考えている少女だ。これはただ神社で生まれ育ったからというだけではなく、綺季が持つ特殊な性質によるところも大きい。
そう、高木道綺季には特別な能力があった。
霊能力と呼ばれるようなもの。霊が視えたり、それを祓う力があったり。それなりの道具や儀式などといった準備を要するが、綺季は一般人が想像するような、物語に出てくる陰陽師が出来そうなことが大体出来るのだ。
そんな彼女は現在、畏怖なのか恐怖なのかよく分からない何かに押しつぶされそうになっていた。
(な、何あれ何あれ何あれーーーッ!!?)
お祭りにやってきたのだろう七人組の女性たち。綺季より年下だろう子供が五人、少し年上と思われる少女が一人、若い大人の女性が一人。その中の子供の一人、異常なほどに整った容姿を持つ白黒フリフリのコスプレ染みた服装の少女が放つ気配が、どう考えても常人のそれではないのだ。
(神なの!? もしかして神様なのっ!!?)
空間が歪んでいるのかと錯覚するほどの存在感。あの少女が視界に入った瞬間から、惹きつけられてしまって目を離すことが出来ない。これまでもそれなりに強い力を宿しているのだろう人物を見ることは何度かあったが、そんなもの比較にもならない。文字通り格が違う。月と鼈どころか太陽と砂粒くらい違う。ちなみにその例えで言うなら、綺季は大き目の電球くらいだろうか。
(ど、どうしよう……挨拶とか、した方が良い? でも何て挨拶するの? こんにちは、スゴイ力が宿ってますね♪って? バカじゃないの!?)
あまりにも大きな存在によって混乱した頭が、訳の分からない発想を生み出し始めている。このままではとりあえず奉るべきだとか妙な結論に落ち着いて、流凪の前に飛び出して拝み始めかねないレベルだ。しかし流凪たちにとっても綺季にとっても幸いなことに、綺季の意識が思考から戻ってきて前が見えるようになった頃には既に流凪たちは屋台を回るために移動しており、視界からいなくなっていた。やっと巨大な存在から解放され正気に戻った綺季はホッと一息。
(だ、大丈夫、だよね。挨拶はどうしたとか捧げものはどうしたとか、言ってこない、よね)
そんなちょっとした不安を抱えながら、巫女の仕事に戻っていったのだった。




