第五十八話 ロリコン教師
部屋の中で最も掴みやすいところに置かれていた白いロングフレアスカートと黒いTシャツをサッと身に着けた和は、近所の神社で行われている夏祭りに来ていた。和も詳しくは知らないし世間一般にはそれほど有名な訳でもないが、輪豊神社はそれなりに歴史のある神社らしくこの祭りも伝統的な行事であるらしい。とはいえ神社の関係者でもなければただの祭りだ。屋台で食べ歩きをしたり遊んだり、餅まきに参加出来る祭り、というだけの認識である人間がほとんど。遠くから観光客がたくさん来る訳でもない。ほぼ地元民しか参加しない小さな祭りだ。
そんな祭りの会場となった神社の境内を一人で歩く和。その手にはわたあめを持っており、パクパクと口に入れては甘味に頬を緩ませる。わたあめを持つのとは逆の手には水風船が二つぶら下げられており、この祭りを満喫していることが窺えた。しかし、和の本来の目的は祭りを楽しむことではない。ハッとして周囲を見回してみるが、どうやら目的は達成出来ないようだ。
「うーん、最近の子ってやっぱりあまりお祭りとか行かないのかな」
そう、和の目的は祭りに参加する子供たちを見ることだった。和の職業が小学校教師であることも加味すれば、その目的を聞く限りでは何も怪しいところはない。むしろ、休みの日にも子供の安全のために時間を使う真面目で優しい教師であると評価することも出来るだろう。しかし、実際のところはそうではない。和は小さくて可愛い女の子が大好きなのだ。それも、性的な興味がある、という意味で。大地場蛇田雄とは違い、一応常識がある大人として本当に手を出そうなどという気は微塵もないが、小学校教師になったのも幼い女の子と毎日接することが出来るという欲望からだった。
懐いてくれている女の子が抱き着いたりしてきたら内心叫びたいほど興奮するし、制服のスカートがひらひらしているのをついつい目で追ってしまう。無防備に下着を晒していれば自然と目が吸い寄せられるし、更衣室を訪ねる用事を常に探している。それが空栄和という教師である。もし男性だったら問題になりそうな行動もこれまでにしたことがあるが、幸いというべきか和は女性であるため疑われることもない。
そんな和の思いが天に届いたのか、背後から和を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あれ、先生?」
「ホントだ。こんにちはー」
思わずガッツポーズをしそうになったがどうにか押しとどめ、傍から見る分には落ち着いて見えるようにゆっくりと振り返る。慣れたものだ。小学生は急に予想外の行動をすることもあるため、それに興奮した様子を表に出さないようにする技術の習得は和にとって必須だった。背後から声をかけられる程度のこと、和の穏やかな表情を崩すには到底足りはしない。
「あら、こんにちは。浴衣、可愛いね、似合ってるよー」
振り向いた和の視界に、浴衣姿の生徒たち四人が入ってくる。明里希美、喜崎凜々花、藤野谷秋子、音山奏、和が担任を務めるクラスの子供たちだ。希美は黒っぽい紫の地に桜が咲く大人っぽいもの、凜々花はピンク色の浴衣がフリルのついたミニスカートのような形状になっている可愛らしいもの、秋子は紺の地に全体的に白い百合が散りばめられたもの、奏は白地に金魚が泳いでいるもの。それぞれに違いはあれど、可愛らしい服装に自然と和の表情も緩む。内心では人様にはお見せ出来ない緩み切った表情を浮かべているが、そこは流石の制御力。普段とは違う子供たちの姿に優しく微笑むという程度に留めていた。
「四人でお祭りを回ってるの?」
「あ、いえ」
「別の友達も来る予定なんだけど、遅いわね。ま、流凪のことだから寝坊でもしてるんだろうけど」
どう説明したものか迷ってどもった希美を引き継いで口を開いた凜々花が発した、流凪、という名前。その名前には和も聞き覚えがあった。以前この四人が巻き込まれた事件に居合わせたという少女だ。学校から事件について聞いた際、和にはその流凪という少女が何者でどんな子なのかも教えられていないが、どうやらこの四人の友達らしいということは聞いていた。
しかし、和はその事件とは別のところで流凪という名前を聞いたことがあった。
四人が巻き込まれた事件が起きるよりも数日前。まだ和が担任を持っていなかった頃、天路ヶ丘小学校に侵入した少女に対応したことがあった。最初は他の教員に押し付けられた対応を面倒だと思っていたが、実際にその侵入者の姿を見た瞬間、そんな思いは跡形もなく消し飛び、興奮から叫びそうになったことを覚えている。
その少女は、あまりにも可愛過ぎた。
「ふんふんふーん、お邪魔しまーす」
「ハッ!? ちょ、ちょーっと待ってね。君、どこの学校の子? この学校の子じゃないよね」
「う? そうだよー」
「駄目よ、勝手に入っちゃ。怒られちゃう。それは嫌でしょ?」
「うーん、そうだねー。怒られたくはないなー」
「ね。ちゃんと自分の学校に戻らなきゃ」
「……まあ、良いか。分かった、戻るねー」
「うんうん、良い子。ばいばーい」
「あーい」
そんなやり取りの末、手を振って去っていくその少女を見送った。和がその少女と接触する前に上階から、流凪ちゃーん、と呼びかける声が聞こえていた。和がその超絶美少女の名前を忘れる訳がないので、当然流凪という名前は覚えていたし、事件に巻き込まれたと聞いた時は希美たち生徒に対するのと同等かそれ以上に心配な気持ちが溢れそうになったものだ。何せ、事件内容が内容だ。男性教師が女子小学生を性的に襲おうとしたなどという事件に、あんな世界の宝と言っても過言じゃないどころか言葉が不足していそうな美少女が巻き込まれたりしたら、真っ先に何を置いても襲われる。和には分かる。何故なら、自分ならそうするから。
「流凪……」
「あ、流凪ちゃんはわたしたちの友達で」
「その子、大丈夫なの?」
説明しようとしてくれた希美の言葉を、思わず遮って尋ねてしまった。流凪という少女が今どうしているのか、和は知らない。何かトラウマを抱えて引きこもってしまったとか、そんな可能性も考えられる。まあこれから祭りに遊びに来るようなので、そんなことはないだろうとは思っているが、しかし心配であることに変わりはない。
「だ、大丈夫って……?」
「ああ、ゴメンね、言葉足らずだった。その子も、あのー、ほら、あれに……ね?」
「そういうことですか。確かに流凪も事件に巻き込まれましたけど、大丈夫ですよ。あの子は強いですから」
「そ、そうなんだ、良かった……あ! ゴメンね、嫌なこと思い出させちゃって」
「はぁ……大丈夫ですから」
秋子の呆れたようなため息に、そろそろしつこいと思われているようだと和も理解した。事件の話をしても大して反応はないし、むしろ和が心配そうにする姿に困っているようだ。学校からは気に掛けるように言われているが、本人たちの言う通り、もう終わったことだと割り切れているのだろう。ならこれ以上、事件について何かを言うのは逆効果でしかない。あちらから相談してきたらもちろん対応するが、もう和の側から何かする必要はない、というか、何もしない方が良いのだろう。
「あはは、ゴメンねー。学校も結構気にしてて、ちょっとしつこかったね。もうわたしからは何も言わないから、何か相談があったら遠慮なく言ってね」
それだけ言葉にして、和がその場を離れようとした、まさにその時。脳が揺れたのかと錯覚しそうなほど(和主観)可愛らしい声が耳に入ってきた。
「やっほー」
「申し訳ありません、遅くなりました」
慌て過ぎないように急いでその声の方へ目を向けると、以前にも一度会った、究極のカワイイがそこにいた。




