第五十七話 お祭り準備
お待たせしました。更新再開します。これから第三章終了まで、隔日更新になります。
空栄和は私立天路ヶ丘小学校に勤める女性教師である。住んでいるのはボロアパート。ボロといっても隙間風が入ってくるとか雨漏りがするとかそんなレベルではないが、なかなか年季が入った二階建ての建物に計八部屋が存在している。そんなアパートの二階の真ん中、二〇三号室が和の住居だ。八畳一間で風呂トイレはあるものの一緒。家賃は一万円。安いし変な住民もいないし職場まで自転車で十分あれば行ける距離だし、なかなか悪くないと和は思っている。
別に和は貧乏ではない。結婚して子供がいる訳でもないし、実家からも仕送りはいらないと言われているし、物欲もあまりないし、毎月振り込まれる給料はそこそこの額がそのまま貯まっていく。しいて言うなら、たまにはまっているスマホゲームのガチャに課金することがあるのでその月はそこそこの出費にはなるが、それも無理のない範囲に収まっている。
「よっし、出たー!! ひゃー、カワイイー!!」
今もゲームのガチャから出てきた可愛らしい女の子にご満悦の和。幼い見た目ながら、いわゆる『人権』と呼ばれる性能のそのキャラクターを早速育成していく。ポチポチと画面を操作して、一通りの育成を終えて、そのステータスを眺めて満足気に一息。それじゃあ試運転としてちょっとボスでも殴って、と思ったが、チラリと時間を確認してゲームを終了する。そろそろ買い物に出る時間だ。もう少しのんびりして、このキャラクターの性能確認を終えてからでも問題はないが、和はやらなくてはならないことを後回しにしていると落ち着かないタイプだった。
テキトーな服装に着替え、肩掛けバッグに必要な物がしっかり入っていることを確認。チラリと鏡を見て、最低限問題ない状態であることだけ確かめ、部屋の外へと足を向ける。
「いってきまーす」
扉を開け、外に出た。
妖刀事件から少し経ち。未だに希美の両親は忙しそうにしているものの、子供である希美には葬式当日以外は特にやることはない。小学生組で予定を確認し合って、いつなら遊べそうか話し合っていた。そんな時、秋子から送られてきた一文が希美の目に入ってくる。
秋子:そういえば、もうすぐ夏祭りね
夏祭り。そういえば、そういうものがないかを調べようと思ってすっかり忘れていた。秋子がもうすぐというのだからもうすぐなのだろうが、いつどこであるのだろうか。
リリカ様:いつだっけ?
奏ちゃん♪:明後日だよ♪
明里希美:どこであるの?
奏ちゃん♪:神社だよ♪
アプリ上では無駄に元気な奏によれば、明後日に近所の神社で夏祭りが開催されるようだ。更に詳しく聞いていくと、どうやら屋台が並ぶよくある形式の祭りのようで、餅まきがあるのが特徴だ。櫓の上から紅白の餅やお菓子なんかをばら撒くようで、毎年それなりの盛り上がりを見せるらしい。
リリカ様:いや、何で希美は知らないのよ
明里希美:夏祭りとか行ったことないし……
奏ちゃん♪:じゃあ今年はみんなで参加しよー!
そういえば、毎年母親からお祭りがあるけどどうするか聞かれていたような気がしてきた希美。そんな人がたくさんいそうなものに参加する訳がないと思って、行かないとだけ雑に答えていた記憶がよみがえってきた。だが、今年は違う。友達と一緒なら人混みでだって楽しめるはずだ。
秋子:流凪は?
明里希美:……反応がないね
リリカ様:どうせ寝てるんでしょ
恐らく凜々花の言う通りなのだろうが、しかしそうだとしてどうしようか。夏祭りがあるのは明後日、もうあまり時間が残されていない。明日にでも直接事務所まで行って予定を聞いた方が良いだろうか。いや、もしかしたら仕事で忙しくしているかもしれない。急に行ったら迷惑になる可能性もある。希美がそんなことを考えてどうしようか悩んでいると、その答えが定まる前に問題は解決された。
るなだよ~:玲です。お嬢様は寝ているので代わりにお返事させていただきます。明後日の予定は特に決まっておりませんので、皆様と共に夏祭りを回る、という前提でスケジュールを組んでください。お嬢様が断ることはないので、ご心配なく。予定が決まりましたら、また連絡いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
リリカ様:長い長い! とりあえず了解
秋子:分かりました
奏ちゃん♪:はーい!
明里希美:楽しみにしてます!
返信すると同時に全速力で自室を飛び出し、ドタドタとやかましい音を鳴らしながら階段を駆け下りてリビングへ続く扉を開け放つ。
「お母さん! 夏祭り行く!!」
そしてそこにいる母親の姿を確認することもなく言い放つ外出宣言。幸いそこには母の姿があり、元気過ぎる勢いで入ってきた娘に驚いた様子ながらその内容に笑って返事をくれた。
「お友達と一緒? お小遣いは足りるの?」
「うん、皆で行く。お小遣いは……どうだろ。どれくらいいるのかな」
残念ながら、希美は友達と祭りに行ったことなどない。家族で行ったことは何度かあるが、それもかなり幼い頃だったので記憶が曖昧で、どれくらいお金が必要なものなのかイメージが出来ない状態だった。
「ま、良いわ。これあげるから、好きにして良いわよ。残ったら返してね」
そう言いながら差し出されたのは、なんと一万円札だ。残ったら返さなくてはならないものの、逆に言えば使い切ったら一万円もらっても良いということだろうか。
「希美はあんまりおねだりとかしないから、たまにはね。これに味を占めて毎回一万円もらおうとしちゃ駄目よ?」
「やったー! ありがとう、お母さん!」
意気揚々と自室に戻り、祭りに行く準備を始める希美。持っていく物を鞄に入れて、服装はどうしようかと思った時、手が止まった。夏祭りに相応しい服装って……何だろうか。部屋の中をあっちへこっちへ歩き回り、十分ほど無意味に時間を浪費してハッと思い立つ。大慌てでスマホに文字を打ち込んで、送信。
明里希美:お祭りって浴衣?
秋子:え、浴衣にするの?
リリカ様:良いじゃない! 全員浴衣ね!
秋子:……マジ?
奏ちゃん♪:おっけー!
どうやら浴衣らしいと認識した瞬間、再び自室を飛び出して階段を駆け下りていく。そしてまた扉を開け放ちながら。
「お母さん! 浴衣!」
「あら、お祭り、浴衣で行くの? じゃあ見に行かないといけないわね」
ずっとお祭りには行っていなかった希美なので、浴衣なんて当然ながら手元にはない訳で。これがもし祭りの前日だったら危なかったかもしれないな、と思ってホッとする希美だった。そして、母と共に浴衣を購入するために移動している途中、ふと思う。
(そういえば、流凪ちゃんと玲さんも浴衣で来るのかな。あの二人が違う服を着てるところ、一回も見たことないけど……)
常にゴスロリの流凪と、常にメイド服の玲。希美は知らないことだが、玲はメイド服が本体なのでメイド服を脱ぐということが出来ない。本人の意思とは関係なく、不可能なのだ。そして、玲だけが浴衣ではないという状況はあまり良くないかもしれないということにして、流凪もまたいつも通りの服装で来るだろう。全員浴衣と決めた凜々花などは不満を口にするかもしれないが、これは仕方がないことなのだ。
ちなみに流凪がゴスロリを脱がない理由は、ほぼ趣味である。実のところ、流凪は別に浴衣を着たって何の問題もない。浴衣を用意するのが面倒という理由もあるが、つまるところ、一から十まで全て自己都合。流凪だけは凜々花に文句を言われても仕方がないのだった。




