第五十六話 やるべきこと
春希の運転で車が走る。警察の取り調べは未だ完全に終了した訳ではなく、葬式の関係もあって今後も春希と佳奈美は数度に渡って田野山家に行かなくてはならないが、一先ずは帰宅の許可が出たので流凪、玲、希美、佳奈美、春希の五人で曲がりくねった細い道を走っていた。
「すぅ……すぅ……」
「流凪ちゃん……流石にショックだったのかな……」
眠る流凪の顔を心配そうに覗き込む希美。以前この道を通った際にははしゃいでいたというのに、現在の流凪は騒ぐどころか起きる気配もない。希美は事件について、一度も直接見たことはなくただ話を聞いただけなので、悲しくはありつつも平常心のままでいるが、流凪は勝の死体を直接発見している。詳細は教えてもらっていないがそれなりに大変な戦いもあったようで、もしかしたら精神的なダメージが大きい可能性もあるのかと心配していた。
玲はそんな希美の内心にあるような心配は一切必要ないということを理解している。自らの意思で異常現象に関わる仕事などしている流凪なのだから、死体を見たという程度で動揺するほどか弱い心はしていない。戦闘も実際のところ流凪自身のピンチはほぼなかったと言って良い内容で、その疲労が残っているということもないだろう。
が、それとは全く別の心配があった。
もしかして、もう車が揺れる程度の現象を楽しむような心はなくなってしまったのではないか。本人は大丈夫だと言っているが、今回の事件でその身に宿る神を起こしたことで何かの影響はあるはずなのだ。神が目を覚ますことによる主な影響は、流凪の感情の動きに作用する。影響が大きくなるほど流凪の感情は凪を維持するようになって、きっと最終的には何事にも感情の揺らぎを見せない機械のような心となってしまうだろう。
「希美さん、またいつでも事務所までお越しください。お嬢様も喜ぶでしょう」
「あ、はい。是非是非」
希美と友達になって、流凪も僅かながら活動的になった。きっとこの子たちと交流していれば流凪の心も動くはずだ、と。玲はそう信じて、希美に声をかける。当然ながら希美がそれを断ることはない。小学校はまだまだ夏休みが続く。三人組と流凪以外に友達がいない希美は、これから何度も澄川事務所を訪ねるだろう。
再び静かになった車内には、流凪の穏やかな寝息だけが響いていた。
帰宅した翌日。流凪は事務机の上でチクチクと針仕事に精を出していた。玲のメイド服の傷を修復しているのだ。照明器具の如く光を放つ針が、その作業がただの裁縫ではないことを分かりやすく示していた。
「よし、出来たー。玲、出来たよー」
そう言いながら、事務所の奥の扉を開けてその先に修復が完了したメイド服を投げ込む流凪。そしてすぐに扉を閉じると、少ししてその扉を開けて玲が事務所へと入ってきた。流凪がメイド服を修復している間、玲がどうしていたのか。それは誰にも分からない。きっと自分の本体を弄り回される感覚に耐えていたことだろう。
「あの……お嬢様。何だかフリルが増えている気がするのですが……?」
「うん、ついでに増やしといたよ。可愛いでしょー」
ただでさえ無駄にフリフリして可愛らしさを前面に押し出しているのに、更にフリフリさせられてしまったメイド服を見下ろして何とも言えない表情を浮かべる玲。とはいえ傷をつけたのは自分だし、それを主人に手直しさせている訳なので文句も言えない。そもそもこのメイド服にフリルが多いのは流凪の趣味だ。気が付いたらこんなデザインに改造されていて、こんな可愛らしい服は自分には似合わないと思っている玲としては、最初に支給された飾り気のない元のメイド服に戻して欲しいと思っていた。
流凪のゴスロリも基本的には趣味である。所々に道具を隠し持っているという実用面も多少は兼ねているが、ほぼ趣味である。流凪は何でもフリフリが好きなのだ。それは昔からずっと変わらない、流凪の見た目通りの嗜好だった。
「はぁ……こんな服、わたしには似合いませんよ……」
「ええー、可愛いよー」
「お嬢様のようなエターナル幼女とは違うんです。これ以上増やすなら無理矢理引きちぎりますよ、このフリル」
「ええー、ダメだよせっかく付けたんだから。分かった、もう増やさないからー」
玲の気持ちが分かっていなさそうな反応をする流凪に対し、辛辣な返答をすれば慌てて約束をしてくれた。これでこれ以上フリルが増えていくことはないはずだ。きっと、恐らく。ただし、隙を見せると約束を忘れていたことにして更に可愛らしくメイド服を改造しようとするので注意しなければならない。流凪はいつだって玲を可愛くする隙を窺っているのだ。
「わたしではなく、あの子たちを可愛らしくしてあげれば良いではないですか。きっと喜ぶでしょう」
希美たちは一般的な小学生女子だ。きっと可愛い服装は好きだろう。いや、もしかしたら秋子はあまり好まないかもしれないが、流凪が何かをしてあげると言えばあの子は拒まない。喜んで自分の服を差し出してくるだろう。もしかしたらその時に着ている服を脱いででも。
「それも良いけど……」
「何ですか?」
「玲が一番可愛いのに」
流凪の口から出てきたあまりにも予想外な言葉に玲の思考が止まる。一番可愛い、とはどういう意味だっただろうか。もしかして自分の知らない意味がその言葉には含まれているのだろうか。宇宙が見えそうなくらいに呆けた顔の玲に追い打ちをかけるように、流凪が口を開く。
「ここにもっとフリルを付けてー、ここにワンポイントで刺繍を入れるでしょー。あとねー、髪型を」
「ちょ、ちょっと待ってください! そういうのはお嬢様が着てください!」
「それじゃ意味ないじゃーん」
「意味って何ですか!?」
「いざという時の備えだよ」
「え?」
フリルが斬れるだけならメイド服に込められた流凪の力は逃げていかない。なら、フリルが攻撃を弾いてくれれば今回のように玲が操られてしまうようなこともないはずだ。
「だからもうちょっと増やさない? フリル」
「そんなこと言って、結局ただ増やしたいだけじゃないですかっ!!」
「バレたかー」
「もう、これで充分です! ジュースでも持ってきますから、大人しくしててください!」
そう言って奥へ消えていく玲を見送る。椅子に座って事務机に突っ伏した流凪は、目を閉じて今回の事件を思い返していた。
最終的には神を目覚めさせて無理矢理解決させた今回の事件。ならば最初からそうしていれば、優に植え付けられた怨念を引き剥がして終わりだった。流凪自身の力では優から安全に怨念を引き剥がせない可能性が高かったが、神の力ならその程度は児戯にも等しい。今回の事件で得たのは後悔だけ。神の力の影響で心が動き辛くなった流凪にも刻み込まれるくらいには、今回の後悔は大きいものだった。
では今後、何か異常を発見する度に神を目覚めさせて即解決、めでたしめでたし、とするのか。答えは否だ。そんなことをすれば流凪は瞬く間に人形と変わらない存在と成り果てる。そうなれば、玲もそう長くは持たないだろう。玲を守るためにも、流凪の感情は完全に失われてはならない。
「ふわぁー……まあ、どうにかなるよねー」
そう己に言い聞かせて、後悔を押し殺す。結局、自分にやれることをやるしかない。異常現象を解決し、人々から感謝を受け取り、玲の正気を保つ。
流凪がやるべきことは、それだけだ。
これにて第二章 妖刀の伝説 完結となります。ここまでお読みくださりありがとうございます。明後日、第二章登場人物一覧を投稿し、その後しばらく第三章更新まで間隔が空く予定です。第三章が書き上がるまでお待ちください。おそらく、十二月末から一月中くらいになると思います。
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それでは、第三章 事故物件 お楽しみに。




