表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異常現象解決します 澄川事務所  作者: 神木ユウ
第二章 妖刀の伝説
40/65

第三十八話 昔の夢

 その日は朝から雨が降っていた。午前中はまだ外に出られなくもない程度だったが、昼を過ぎるとその勢いは増していき、おやつの時間になる頃には雨粒が窓を突き破ってくるのではないかと不安になるほどの大雨となっていた。こんな天気では流石に外へは遊びに行けない。現在この家で過ごしている人のほぼ全員が外出を控え、室内に揃っていた。


 が、そんな中でもやはり優と勝の二名はいない。


「あれ? うーん……」


「希美ちゃん、こっちこっち」


「あ!」


 希美は真面目で良い子なので、祖母の家にちゃんと宿題を持ってきている。せっかく時間が空いたのならとテキパキと宿題を進める希美の様子を、隣から流凪が見ていた。希美が解き方を誤って分からなくなってしまった問題の解き方を、流凪が横から教える。ついさっきまでテーブルに突っ伏して昼寝をしていて、流凪がその問題を見たのはほんの僅かな時間だったはず。それなのにあっさりと解いてしまうその姿に、やはり凄い大人なんだなと改めて実感する希美。いくら大人だからといって、問題を一目見ただけで解ける者はそう多くない。普段はのんびりしていてとても優れた能力があるようには見えない流凪だが、実際は大体のことを高水準でこなしてしまうのだ。


「流凪ちゃん、頭良いのねぇ」


「んー? まあねー」


 そんな流凪に驚愕の目を向ける佳奈美。確かに希美の紹介で普通の子ではないということは聞いていたが、実際に目にした訳ではない佳奈美としてはどうにも信じ難い部分もあった。いつでものんびりしていて、すぐに昼寝をしてしまう可愛い子。佳奈美から見た流凪の印象はほぼそれに支配されていた。年齢も聞いているが、それにしたってどうにも高い能力を持つようには見えにくい。それが流凪なのだ。


「静香さんもこっちに来ませんか? ほら、流凪ちゃんスゴイですよ」


「…………」


 佳奈美がそう呼びかけても、窓際に立つ静香は返事をしない。その目はずっと道場に向けられていて、前髪に隠された表情は分からないが、きっと息子と旦那を心配しているのだろう。


「はぁ……兄さんにも困ったものね。静香さんにどれだけ心配をかければ気が済むのかしら」


「どうぞ」


「あら、ありがとう、玲ちゃん」


 ため息を吐く佳奈美の前に、玲が冷たいお茶の入ったグラスを置く。それから、流凪、希美、春希、佳子と、順番に同じようにグラスを並べていき、最後にテーブルについていない静香の分なのだろうグラスと自分の分の二つを持ったまま流凪の隣に腰を下ろした。


「ごくっ、ごくっ、はぁー! 美味しい! 静香さん、お茶はいりませんか? 美味しいですよ」


「…………」


 佳奈美の声が聞こえないということはないはずだが、静香は全く反応しない。今日は雨で気温が低めとはいえ、夏であることに変わりはない。飲み物が欲しくないということはないはずだ。しかし、静香にとってはそれよりも道場にいるのだろう二人が気になるということか。


「せめて兄さんがもう少し優君に優しく出来れば、静香さんの声も戻ってくるかもしれないのに」


「佳奈美」


「あ、ご、ごめんなさい」


 無意識に静香のことを勝手に口にする佳奈美に春希が注意する。慌てて口を閉じる佳奈美だが、ここまで言われれば静香のことをよく知らない流凪や玲にもその病状が分かってしまう。心因性失語症。心理的負担やストレスによって引き起こされる症状で、声帯に問題がある訳ではないのに声が出せなくなってしまう状態のことだ。恐らく静香は、日々の生活の中で勝の言動に強いストレスを感じているのだろう。それがずっと続くことで、声を出せなくなってしまったのだと予想出来る。


「…………」


 ペコリと頭を下げ、部屋を出ていく静香。自分がここにいては気を遣わせるだけだと思ったのだろう。そういう態度からも、静香本人が気を遣う性格であることが分かる。だからこそ勝に強く言い辛いし、優のことが心配だし、声が出せなくなって周囲に心配をさせている状態も気まずいと思ってしまう。典型的なストレスを溜めやすい性格。生き辛くなるのも無理はないだろう。


「はぁ……昔は兄さんもああじゃなかったんだけど……」


「優君に才能があったことで、昔の夢を思い出してしまったんだろうね」


「世界、かぁ」


「世界ですか? 彼はそれほどの選手だったと?」


「うん、そうなんだよ」


 佳奈美と春希の会話で出た世界という単語が気になった玲が質問すると、沈んだ表情はそのままに佳奈美が説明してくれた。




 以前の勝は、剣道において世界すら期待出来る選手だった。しかし、日本選手権予選の準決勝にて躓くという些細なミスにより敗北し、それ以降、公式戦になると足元が気になってしまい試合に集中出来ないという致命的弱点を抱えるようになる。どれだけ勝が強かろうと、そんな状態で勝ち抜けるほど甘い世界ではない。日本の剣道は世界最強。世界選手権において、たった一度を除いて常に優勝している。日本で勝ち抜くというのは、世界一を獲りに行くことにほぼ等しい。勝はもう、剣道で上を目指せる選手ではなくなってしまったのだ。


 そうして剣道での活躍を諦めていた勝。しばらくして、家に道場があることが気になったのか、息子があれは何かを尋ねてきた。説明のついでに、試しということで竹刀を振らせてみた瞬間、勝の冷え切っていた心臓を貫く衝撃。一目で分かる。こいつには才能がある。きっと本気で育てれば、世界を獲れる。


 以降、勝は人が変わったように優を鍛えてきた。優も最初はどんどん強くなっていく実感があって楽しかったのか、剣道の鍛錬に乗り気だった。だが、優が強くなるに比例して、勝のしごきはどんどん酷くなっていった。最近ではもう虐待に近い領域に入り始めている。それに加えて、優の伸びしろは当然無限ではなく、成長速度も緩やかになってきた。優も鍛錬が楽しいものではなく、ただ辛いものになってきている。なかなか成長しない優に怒鳴る勝、それが苦しい優、変わってしまった旦那も厳しい鍛錬を続ける息子も心配な静香。家族の歯車は全く噛みあうことはなく、壊れるのも時間の問題だろうと思える状態だった。




「……ダメダメ! ゴメンね、こんな話しちゃって。さて、晩御飯の準備をしないと!」


 一通り話し終えた佳奈美が、気分を変えるように軽く自身の頬を叩き立ち上がる。それを静かに見守っていた佳子も準備を手伝うために移動し、手持無沙汰になった春希も掃除でもするかと立ち上がる。その場に残ったのは、流凪と玲、そしてすっかり宿題の手が止まってしまった希美の三人だけだ。


「ふーむ……」


「お嬢様、何か気になることでも?」


「うーん……どうかなぁ。それなら納得、出来なくもないんだけど……」


「納得?」


「うん、まあ良いや。ここで考えてもどうせ分かんないし。それより希美ちゃん、宿題はもう良いの?」


「あ、うん、やるよ。また分からないところがあったら教えてね、流凪ちゃん」


「あーい」


 再びテーブルに広げた宿題へと目を向ける希美。分からなかったら、と言うが、希美は優秀なのでそれほど教えることは多くない。自力でするすると問題を解いていく。そうしている間に暇になってきた流凪がまた突っ伏して寝息を立て始め、そんな姿に玲がため息を吐いた。


 その場には、希美が鉛筆を走らせる音と食事の準備をする音、そして、ザーザーと振り続ける雨の音が響き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ