第三十六話 一緒にお風呂
「希美さん。ちなみに、練習とは?」
「この家、裏に道場があるんです。勝おじさんは剣道がスゴイ強くて、お兄ちゃんも昔から習ってるんです」
優が連れていかれた練習とは剣道の練習のことのようだ。最初にこの家を案内された時は道場には連れていかれなかったが、流凪にも玲にも道場はあまり関係なさそうだし別に案内しなくても良いと希美も判断したのだろう。
「多分、わたしたちが来るから練習は休みの予定だったんだと思います」
「そう伝えられていたけれど、実際には自主練習していなくてはならなかった、と。お調子者に見えて、意外と苦労しているんですね、彼も」
連れていかれた優を見送り、流凪たち三人は家の中へと入る。すると、玄関で初めて会う女性に出迎えられた。背中まである黒髪がふわりとしたゆるいウェーブを描くエプロン姿の大人しそうな女性で、身長は百六十に届くかどうかという程度。目が前髪に隠れていて、表情が読み取り辛い。
「あ、静香おばさん」
呼びかけに対してペコリと一つ頭を下げ、手で家の奥を示して三人を誘導してくる女性。彼女は田野山 静香。優の母親だ。無口な彼女に首を傾げながらついていくと、テーブルに夕食が並べられていた。
「あら、お帰り、三人とも。晩御飯出来てるから、手を洗っておいで」
「はーい」
晩御飯は焼き魚のようだ。煮物に味噌汁、真っ白な米もあって、これぞ和食という風情。佳子に言われた通りに手を洗って席に着く。佳奈美と春希もやってきて、七人での食事となった。どうやら優と勝は来ないらしい。
「美味しいねー」
「ありがとう、流凪ちゃん。魚以外はおかわりもあるからね」
「あーい」
そんな風にどんどん食べるよう佳子に勧められる流凪だったが、見た目通りあまり量を食べられる方ではない流凪におかわりは必要ない。それに少し残念そうな佳子の様子を見て、代わりに玲が味噌汁をおかわりするという一幕を挟みつつ。よく見るとその用意された煮物や味噌汁の量が尋常ではない。確かに九人もいるのでそれなりの量は必要ではあるのだが、そこに用意されている料理は最早パーティーでもあるのかというレベルで、とても食べきれるとは思えないほど。
「あの……お婆様、この量は……」
「ああ、大丈夫よ。優君と勝がいくらでも食べるから」
「な、なるほど」
「お風呂の準備も出来てるからね。食べ終わったら入っちゃいなさい」
そんな佳子の声を聞いた瞬間、佳奈美の目がキラリと光る。せっかく友達と一緒で希美が楽しそうなのだから、ここはもっと楽しいことを提供してあげよう、と。そう考えて、口を開く。
「じゃあ希美は流凪ちゃんと一緒に入ったら良いんじゃないかしら」
「えっ!!?」
「おー、良いねー」
「えッ!!?」
母の言葉に勢い良くそちらを見て、意外と乗り気な流凪の言葉に更に勢い良くそちらを見る希美。流凪と一緒に風呂なんて、その情景を色々と高速で妄想して興奮してきた希美に対して、玲はその提案にあまり乗り気ではないようで、止めようとしてくる。
「あ、いえ、お嬢様は……」
「まあまあ、玲ちゃん、良いじゃないの」
「し、しかし……」
「まあまあ、まあまあまあ」
佳奈美のまあまあ攻撃に押しやられて玲が動きを止めた隙に、流凪の手を引いて風呂へと突撃していく希美。それに一切逆らわずついていく流凪。希美は壊れそうなほど全力で脱衣所の扉を開け、流凪が入ったことを確認すると同じく壊れそうなほど全力で閉めた。希美の様子はもう不審者に近いことになっていたが、そんなことを流凪が気にする訳もなく。
「じゃ、じゃじゃじゃじゃあ、入ろっか」
「あーい」
パパッと服を全て脱ぎ捨てかごに放り込む希美。対して、流凪はそれを眺めているだけで脱ごうとしない。
「あれ、流凪ちゃん?」
「ん?」
「服、脱がないの?」
「んー、ああ、そっか。自分で脱がないといけないんだねー」
流凪の言葉に目を見開いてハッとする希美。これはもしや、流凪はいつも玲に服を脱がせてもらっているのではないだろうか。それだけではない。髪や体を洗うのも全部、やってもらっている可能性もあるのではないか。ということは、玲がいない今、代わりに自分が流凪を洗っても良いということではなかろうか。そういえば、先ほど玲は自分と流凪が一緒に風呂に入ることに難色を示していた。きっと流凪の世話をしなくてはならないから躊躇ったのだろう。玲は流凪の世話を押し付けるのは良くないという常識的思考に基づいてそう言ったのだろうが、当然希美にとって流凪の世話をするというのは迷惑でも何でもない。むしろ自分からお願いしてやらせて欲しいと言い出しそうなほどだ。
「ふへ、ふへへへ……!」
希美の口から、自然と怪しい笑いが漏れ出す。その表情はよだれが垂れていないことが不思議なレベルで、素っ裸でそんな顔をしている様は人に見られたら一瞬で通報されることだろう。しかし幸いなことにここには希美と流凪以外誰もいない。
「わ、わたしが脱がせてあげるね!」
「え? ううん、だいじょう」
「脱がせてあげるね!!」
「う、うん、分かった。お願いします……」
触ったことのない形状の服に少々苦戦しつつ、流凪の服を脱がせる希美。その白い肌が露わになる度に叫びそうになりつつ、しかしそんなことをすれば不審に思った誰かが様子を見に来てしまうかもしれないので頑張って声を飲み込んで。一糸纏わぬ流凪の姿にゴクリと喉を鳴らしながら、やっと風呂場へと入っていく。
「わたしが洗ってあげるね!」
「あーい」
その言葉に何も不思議そうにしていない流凪の様子に、グッと拳を握る希美。やはりいつも玲に洗ってもらっているのだろう。椅子に座った流凪の背後に回り、シャワーでその髪を濡らしていく。シャンプーを手に出して泡立ててから、流凪の頭へと乗せた。
「おー、すっごいサラサラ」
自分よりかなり長めの流凪の髪に苦労しつつも、自分のせいで流凪の髪が傷んではいけないと丁寧に丁寧に洗っていく希美。しっかり泡を流し、トリートメントを手に取り出して髪全体に馴染ませていく。ぬめりがなくなるまでしっかり流して。
「じゃ、じゃじゃあ、次は、体ね」
「あーい」
鼻息荒くボディソープを手に取り出して泡立てる希美。風呂場には体を洗う用のスポンジも用意されているのだが、自分の欲望と、あと流凪の体を万が一にも傷つけないようにというちょっとの思いやりによって素手で体を洗っていく。背中、腕、肩、首、そして。
「流凪ちゃーん、こっち向いてー」
「あーい」
流凪の体の前にも隅々まで手を這わせていく。
「あははは、くすぐったいよ、希美ちゃん」
「んふ、ご、ゴメンね、ちょっと我慢しててね」
胸、腹、脚、秘所まで含めて丁寧に洗って。
「ブハッ!?」
「の、希美ちゃん!?」
「だ、大丈夫、大丈夫」
人には見せられない顔で鼻血を出しつつ、シャワーで流凪の全身の泡を流していく。
「お、終わったよ。じゃあ流凪ちゃんは湯船に入ってて。わたしも洗っちゃうから」
「お返しに洗ってあげるよー」
「えッ!?」
「座って座ってー」
希美が覚えているのは、たどたどしい手付きで自分の髪を洗う流凪が足を滑らせて抱き着いてきたところまで。流凪がどのようにして自分の体を洗ったのかは全く覚えていない。
その後、希美はのぼせてしまい、流凪に助けを求められた玲によって救出された。皆が心配していたが、希美の表情はかつてないほどに幸せそうだったという。




