第三十四話 錬刀神社
優たちが生活している田野山家の裏には、山中へ続く道が伸びている。砂利道のそれをしばらく歩いて行くと本格的に山に入り、足元は木くずや葉で覆われた土へ、周囲は木の根がそこかしこから飛び出している険しい森へと変わっていった。杉や檜が立ち並ぶ中に伸びている、人が通って踏み固めただけと思われる道を少しずつ登って、奥へ奥へと進む。
「ほら、あそこに短く切った木がいくつも立てかけてあるのが見えるだろ? あれは椎茸の原木だ。採れる椎茸の大きさはまちまちだけど、焼くと美味いんだぜ。塩でも醤油でも良いけど、俺は塩派だな」
「へー!」
初めて見る物に興味を引かれた様子の流凪に気を良くした優は、更にこの周辺の山についての解説を続けていく。
「この辺は杉とか檜ばっかりだけど、もっと奥に行くと竹林があるんだ。タケノコ掘りも出来るんだぜ」
「おー!」
「最近はイノシシがほとんどタケノコを食っちゃって、あんまり採れないようになっちまったんだけどな」
「うへー」
「知ってるか? タケノコってのは地面からにょっきり出てる奴じゃなくて、ほとんど埋まってるようなのを掘るんだ。見つけるのには結構コツが必要なんだぜ」
「ふんふん」
「実はこの道から外れてあっちに森を突っ切ってくと、小学校への近道なんだ。俺も昔はここを通って遅刻を回避したもんだぜ」
「ほー」
自分では当たり前だと思っている知識を披露するたびに流凪が反応してくれるのが嬉しくて、優の口は全く止まる様子がない。つらつらと脈絡なく思いつくままに知識とも呼べないような雑学を含めて並べていく。それを見る希美はやはり呆れ顔だったのだが、玲も流凪と同様、優の話には初めて知る情報も多く、結構興味深く聞くことが出来ていた。優はやっと上手くデートが出来ていると満足気だったが、その実やっていることは自慢話がうっとおしい男と同じなのが悲しいところだ。今は出てくる情報が珍しいものなので流凪も話を聞いてくれているが、流凪が退屈し始める前に話を切り上げられるかが重要になる。そんな器用なことが優に出来る訳がないだろうなと希美は確信していた。
「ふぅ……ふぅ……」
「それでな」
しかし、流凪が退屈になるよりも前に、別の問題が発生し始めた。疲労だ。山道で足元が悪い上に上り坂なのだ。当然、運動不足の流凪には大変な道のりである。話に夢中になっている優はそれに気が付けない。まだまだ話し足りないとばかりに言葉を連ねようとして、急に隣からいなくなった流凪に慌てて首を振ってその姿を探す。
「やはりお前は駄目だな。お嬢様が疲れていることに全く気が付けないとは」
「あ……」
後ろを見た優の視界に、流凪を抱え上げている玲の姿が映った。どうやら疲労した流凪を休ませるために持ち上げたらしいということに気が付き、優の顔はまたやってしまったと曇る。
「お、俺が運ぼうか? 力なら自信が」
「誰がお前などにお嬢様を任せるか」
「ぐ、ぐぅ……!」
優の口から綺麗なぐうの音が出たところで、石で出来た階段が見えてきた。その頂上には赤い鳥居があり、目的地の神社なのだろうと察することが出来る。
「あ、ほら着いたぜ! あれが錬刀神社だ!」
石段を駆け上がり、鳥居の下で振り返る優。流凪も玲に下ろしてもらって、ゆっくりと石段を上っていく。そして、鳥居の前で一礼。中央を避け、左端から鳥居をくぐる。流凪と同じようにして玲が鳥居をくぐり、最後に不思議そうな顔をしながらも希美がそれを真似して一行は神社に到着した。
「優君、真ん中は神様のお通りになる道だから、避けるのが作法だよ」
「お、おう、そうなのか。申し訳ないぜ」
そんなことどうでも良い、などとは言わず、注意されたら素直に従う優。単純に落ち着きや配慮が足りないだけで、悪い人ではないのだろう。
たどり着いたのは、とても小さい神社だった
短い参道の先には拝殿が見えているが、祠と言った方が近く思えるくらい小さいものだ。一応、扉を開けて中に入ることが出来そうなので、ご祈祷や舞、様々な行事を行うことは不可能ではないのだろうが、あまり規模の大きいものは出来そうにないし、下手したら床が抜けるのではないかという疑いを持ってしまうくらいにはボロボロだ。一見して奥に建物もなさそうに見えるが、本殿と拝殿に分かれてはいないのだろうか。それどころか、手水舎や社務所と思われる建物も見当たらない。鳥居と拝殿があるだけの神社。それがこの錬刀神社であるようだ。
「ここってどういう神社なの?」
「えーっと、何だっけ、お兄ちゃん」
「俺に振るんじゃない、妹よ。俺がそんなこと知ってる訳ないだろう。確か……刀が、どうとかこうとか?」
ここまでの道中、この神社について優が説明した限りでは、どうやらこの神社はこの辺りの人なら誰でも知っているような場所らしいのだが、そこに伝わる話については何も知らないのか、優はらしくない小声でボソボソと曖昧な発言をこぼす。ここに続く道は田野山家の裏から伸びていたのだから、田野山家の人間は他の家の者よりもここについて詳しそうなものだが、十九年もそこで生きてきた優ですら何も知らないらしい。
「妖刀を鎮め、祀るための神社ですよ」
そんな声と共に神社の奥から現れたのは、白衣に緋袴といういかにもな装束の女性だった。長く艶やかな黒髪を赤いリボンで一つ結び、そのまま垂らされたまとめた髪は腰まで届くほど。足首まで覆う緋袴から覗く足は真っ白な足袋に包まれ、朱い鼻緒の草履を履いている。身長は百六十五ほど。見た目の年齢としては二十台前半くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の、おしとやかな美人という表現が似合う人だ。
「あ、朱里さん」
「お久しぶりですね、優さん。もう何度もこの神社に伝わるお話はさせていただいていると思うのですが」
「ご、ごめんって……あんまそういうの覚えらんないんだって」
「はぁ……」
呆れたようにため息を吐いた女性が、流凪たちの方へと目を向けてくる。まずは知り合いである希美に会釈をして、その後に玲を見て、そして流凪を視界に入れると驚いたように目を丸くして、ニコリと微笑んだ。
「初めまして、私は幸薙朱里と申します。この錬刀神社にて巫女を務めております」
「澄川流凪だよー」
「篝火玲と申します」
「流凪ちゃんと玲さんですね。よろしくお願いします」
明らかに朱里が流凪を見る目が小さい子へのそれであることを確認した希美は、言っておいた方が良いかなーと思った。朱里は普段あまり大きく表情を変えないが、自分のような子供に接する時は敢えて大きく表情を作って接しやすくしてくれることを知っているからだ。それが特別負担になっているかというのは希美には分からないのだが、完全に素で接するよりは気を遣うのは間違いないだろう。
「あ、あの、朱里さん。流凪ちゃんは、その……」
「どうしましたか、希美さん。言いにくいことなら、無理に言わなくても良いのですよ」
口を開くのを躊躇う希美の様子を察して、柔らかい微笑みで希美を安心させようとする朱里。やっぱり朱里さんは優しいな、と思いつつ、お陰で話しやすくなったので、意を決して口を開く。
「実は、流凪ちゃんは二十三歳で……」
「はい……?」
希美を見て、流凪を見て、再び希美を見て、更に流凪を見て。そして目を閉じる朱里。その顔は希美も優も見たことがないほどに苦悶の表情を浮かべている。目を開いた朱里は流凪の顔を見て、そしてそんな朱里を見た流凪がよく分からないままにっこりと笑った。
「お、同い年……?」
引きつった笑いでポツリとこぼす朱里の表情は、もしかして自分はもうおばさんと言われるに相応しい存在になってしまったのかという、初めて味わうのだろう悲しみが滲んでいた。




