第三十話 一学期の終わり
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「それじゃあ、これで一学期は終わりです。宿題はちゃんと早めにやるんだよ。休み明けに、元気な顔で会えるのを楽しみにしています」
大地場蛇田雄が行方不明になったことで、四年一組の担任が新しくなった。空栄 和、二十九歳。身長百五十くらいで、肩までのストレートの茶髪。白いシャツに黒いジャケットと黒いズボンという一般的なスーツ姿だが、全体的に優しく可愛らしい雰囲気の女性教師だ。顔立ちも幼いとまでは言わずとも若く見え、生徒たちに親しみを与えやすい。例の事件の被害者生徒への気遣いと、担任を持っていなかったという和の状態が合致した結果の人事だった。
「じゃあ、学級委員さん」
「きりーつ、気をつけー、さよーなら」
『さよーなら』
「はい、さようならー」
本日は一学期最後の日。子供たちは夏休みを目の前にして浮ついた雰囲気で溢れている。和の注意を聞いていた者はどれくらいいるだろうか。きっと夏休み最終日になって、まだ宿題が山のように残っていると泣くことになる子が何人かいるのだろう。
「のどちゃんバイバーイ!」
「のどちゃん先生さよならー!」
「こら、のどちゃんじゃなくて和先生でしょ! さよなら、気をつけて帰るんだよー!」
口では怒っているが、その表情はにこやかだ。実際のところ、子供たちに懐いてもらえるのは嬉しいことなのだろう。一応建前として、教師である以上は愛称で呼ぶことを注意するが、本人に咎める気は一切ない。それが伝わっているからか、子供たちもまるで遠慮する様子がない。年配の教員からは良い顔をされない態度ではあるものの、この方が和としても子供たちにとっても過ごしやすいのだ。大きな問題にならない限り、和に態度を改めるつもりはなかった。
「えっと、凜々花ちゃん、秋子ちゃん、奏ちゃん、希美ちゃん。大丈夫かな? 休み中でも、いつでも先生に連絡してきて良いからね?」
「あ、はい、大丈夫です」
そんな和だが、やはりこの四人への対応は少々気を遣う。表情がにこやかであることは変わらないものの、微妙に眉が寄っているのが希美たちからは見て取れた。例の事件については当然ながらこの新しい担任教師にも伝えられていて、この四人の様子には注意を払うようにと職員室で何度も念押しされていた。まだ若く経験豊富とは言えない和にとって、この任務は相応に難しいものだ。いつでも相談して欲しいと伝えているものの、実際に相談された時に何を言えば良いのかは和にも分からなかった。
という和の内心まで、四人には予想がついていた。そして、自分たちは別に精神を病んでいる訳ではないのに、と思った。無意味に気を遣わせて申し訳ないとも思うし、事件内容はともかく自分たちが正常な状態であることくらいはそろそろ信じて欲しいなとも思う。しかしそれはそれとして、どうにか解決してあげたいという思いで話しかけてきてくれる和のことは信頼しても大丈夫だな、とも思えるのだ。担任教師に襲われた四人にとって、信頼出来る人が新しい担任になってくれたということは、学校生活を少なからず過ごしやすいものへと戻す一助になっていた。
「先生、さようなら」
「あ、うん、さよならー」
未だ心配そうに眉が寄っている和に手を振って、四人は教室を出た。
「はあ、いつまでも可哀想な子扱いされるのも面倒ね」
「仕方ないよ、凜々花ちゃん。わたしも実際にあんな事件に出会わなければ信じられないと思うし」
「そうだけど、でもずっとこんな扱いされてたら奏がいつまで経っても事件を忘れられないでしょ! 奏がね! あたしじゃないわよ、奏が!」
「あはは……」
どうやらさっさと事件については忘れてしまいたいらしい凜々花の様子に、いつも通りの苦笑いを返す希美。そんな二人の後ろを歩く奏は、呼ばれたかと思って凜々花の方を見るが、どうやら違うらしいと理解して隣の秋子に顔を戻す。秋子は奏と話しながら凜々花たちの会話も聞いていたが、内容をわざわざ奏に伝えることはしない。凜々花が奏を使って誤魔化そうとするのはいつものことだ。そんなことをいちいち奏に伝える意味はない。
「そういえば、夏休み中はどうする?」
「どうするって?」
「あんた、本気で言ってる? いつなら集まって遊べるかって聞いてんのよ」
「あ、ああー! そっか、そういうのもあるんだね!?」
「希美……」
凜々花の憐れむ視線が痛い希美。夏休みに集まって遊ぶなんて、そんな経験は今までしたことがなかったのだ。友達が出来たことで、そういう当たり前が経験出来る。この休みは楽しくなりそうだ。
「流凪ちゃんの予定も聞きたいし、その話はまた今度で良い?」
「まあ良いわ。あんたも予定把握しときなさいよ」
「うん、分かった」
流凪に連絡して夏休み中の予定を聞いて、自分も親に確認しなくてはならない。宿題もあるから、それを片付けるペースも考慮しないと。いや、皆で集まって宿題をやるというのも良いかもしれない。そういうのも当たり前の友達付き合いというやつだろう。自分も友達との過ごし方に慣れてきたな。希美は自分のアイデアに自画自賛した。なお、他の三人は最初からそんなアイデアは持っている。というかほぼ毎年やっている。全く宿題が進んでいない凜々花が秋子に怒られるのが恒例行事である。凜々花だって自力で宿題をやるくらい出来るのだが、どうにもなかなか手を付けられない。凜々花は一人では最終日まで宿題を残してしまうタイプの子供だった。
「あ、でも八月に入ってからね」
「ん? 今月中は何かある訳?」
「うん。おばあちゃん家に行くから」
「そういうのって普通は盆の時期じゃないの?」
「うーん、そうなのかな。毎年同じだから。何かよく分からない行事があるんだよ」
希美の両親は共働きで、小学生が夏休みに入るこの時期でも当然仕事がある。しかし、ずっと前から頑張って仕事を調整し、七月末に一週間もの長い休みを取れるようにしてまで毎年この時期に帰省しているのだ。希美の母の実家がある村には、そういった行事があるらしい。希美もそれが何の行事なのかは詳しく知らないのだが、毎年の恒例なので特に疑問に思ったりもしていなかった。
「じゃあ八月ね。予定が分かったらアプリで共有ってことで。秋子と奏も分かった?」
「ええ、大丈夫よ」
「え? ああ、うん、分かった」
「うん、じゃあここで。ばいばい」
三人とは別の道へと手を振りながら一人歩いて行く希美。八月は何か予定があったかな、と思い浮かべながら、なかったと思うけどお母さんに聞いてみようと結論して。たくさん遊べたら良いなと、これからの夏休みに思いを馳せる。またプールに行ったり、キャンプに行ったり、海とか、ただ買い物に行ったりしても楽しいだろう。いつもは興味がなくて調べていないが、夏祭りなど近くでやっていたりしないだろうか。流凪は予定が空いているのだろうか。自分たちとは違って大人だし忙しいかもしれない。早めに連絡して、予定を聞いて、他の三人とは予定が合わない時でもせっかくだから遊べたら良いな、と。
そんな希美の希望を叶えるため、という訳ではもちろんないだろうが、家に帰って母親から言われたのは
「前に言ってた流凪ちゃんっていうお友達、いるでしょう? あの子、一緒に来てもらえないかしら」
母親の実家に流凪も一緒に行くという、希美にとっては何よりも嬉しい提案だった。
これから第二章完結まで隔日更新。その後、第三章の投稿まではまたしばらく期間が開く予定です。




