第二話 友達
スーパーから出た希美は、そのまま流凪の手を引いて歩き出そうとした。が、どちらへ向かえば良いのかが分からない。
「あの、流凪ちゃん。おうちはどこですか?」
「んーとねー」
ソフトクリームのコーン部分をパリパリと齧りながら自宅の方向を示そうとする流凪。だが、その前に声をかけてくる人物がいた。
「お嬢様、やはりこちらにいらしたのですね」
「お? 玲、来たんだ」
白髪のメイド服少女だ。突然のメイドの襲来、そしてそのメイドにお嬢様などと呼ばれた自身と手を繋いでいる幼い少女に、驚愕を隠すことも出来ずキョロキョロと慌ただしく視線を動かす希美。
今更ながら、希美は自分の怪しさを自覚した。幼い少女にソフトクリームを与えてどこかへ連れ去ろうとしている自分は、明らかに誘拐犯以外の何者でもない。このまま警察に突き出されて人生が終わってしまうのではないかと高速で妄想を膨らませた希美は、どうにか自分は怪しい者ではなくただ流凪を保護して家まで送り届けようとしていただけなのだと、無実を証明しようと慌てて口を開く。
「あ、あの、あのあの、その……」
が、ここで希美の人見知りが発動。初対面の年上の綺麗なお姉さん、しかもメイドさんに対してスラスラと言葉を紡ぐことが出来るのなら、気弱を自覚することなどなかっただろう。
「あなたは……?」
怪訝な表情を浮かべるメイドさん。更に慌てて上手く言葉を発することが出来なくなる希美。
そんな時、希美にとっての救世主が口を開く。
「この子はねー、希美ちゃん。ソフトクリームくれたんだー。だから希美ちゃんについてってるの」
「ちょ、流凪ちゃん!!?」
終わった。誘拐犯としか受け取ることが出来ない自分の紹介に、希美は人生の終わりを確信した。十年足らずの短い人生でした。来世はもっと社交的な性格にしてください。仮に警察に突き出されても死刑になどなる訳がないというのに、希美は己のあまりに短い生の終わりに絶望した。
「そうでしたか。申し訳ありません、希美さん。お嬢様がご迷惑をおかけしたようで」
「はへ……?」
「えー、迷惑なんてかけてないよ」
「小学生に集っておいて何を言っているんですか、この似非幼女は」
「酷い……」
シクシクと泣き真似をする流凪の姿に、ようやく思考が現実に追いつき始める希美。どうやら怒られているのは自分ではなく流凪である様子。助かったのか。内心のあまりの急激な変化に目が回りそうになりながらも、どうにかこうにか正気に戻った。
「えっと、流凪ちゃんがベンチで寝ちゃってたので、危ないかなと思って、家まで送ろうかと」
「ありがとうございます、希美さん。この人は本当に所構わずすぐに寝てしまうんですから……」
「疲れちゃってねぇ」
「こんな近所のスーパーで少し買い物するだけなのに疲れる訳がないでしょうに。それで、目的は達成出来たんですか?」
「うん。……あれ?」
玲に呆れた目を向けられ自身の手を見て首をかしげる流凪の姿に、流凪の買った物を自分が持っていることを思い出した希美。
「あ、これ、流凪ちゃんが買った物です」
「あー、それそれ。ありがとー、希美ちゃん。持っててくれたんだね」
袋を受け取って中身を確認する流凪。そこから出てきたのは文房具で、どうやら流凪の用事とは学校で必要な物を買うことだったのだろうと希美は認識した。
「シャーペンとー、消しゴムとー、ハサミとカッターと」
「あーもう、こんな所で広げようとしないでください、邪魔です。目的が達成出来たのは分かりましたから、帰りますよ。もう勝手に一人で出歩かないでくださいね。出掛けるなら一声かけてください」
「あーい」
流凪と玲はこのまま帰ろうとしているようだ。希美もそうしようとしていたのだし、それについては全くおかしいことはない。
が、希美の胸中に湧き上がる、自分でもよく分からない思い。
寂しいな
「あの……!」
気が付いた時には呼び掛けていた。何を言いたいのかも、何がしたいのかも、何も分からないというのに。考える前に口から声が飛び出していた。
「ああ、申し訳ありません、希美さん。ソフトクリームの代金をお返ししたいのですが、おいくらでしたか?」
「い、いえいえ、そんな。返してもらわなくても大丈夫ですので!」
「しかし……」
玲からしてみれば、希美はまだまだ幼い子供だ。五百円にも満たない額であろうと、小学生のお小遣いには痛手なのではないか。玲の中の常識が、小学生に金を払わせるという行為に大きな躊躇いを抱かせていた。
そんな玲の内心を、寄せられた眉から正確に読み取った希美。だったら、と。
「だったら、わたしのお願いを聞いてください」
「えーと、何でしょうか?」
「流凪ちゃん、お友達になってください!」
「ほえ?」
目を瞑って叫ぶように発された希美の言葉に、呆けたように口を開く流凪。それは、希美にとって勇気を振り絞ってどうにか外へ出した言葉だった。
希美は気弱な少女だ。友達もなく、毎日ただ義務的に小学校に通っている。
希美は人見知りの激しい少女だ。人に積極的に話しかけることなど出来ず、四年生ともなればほとんどが仲の良い友達とグループを作って過ごしているため、最早新しく友達を作るなど不可能に近い。
しかし、希美だってずっとこのままでいたい訳ではない。友達と楽しく遊びたいと思っているし、一人は寂しいと思っている。
この浮世離れした不思議な少女と、現実離れして可愛らしい少女と、どこか放っておけない危なっかしい少女と、もし、友達になれたなら。
自分の人生も、きっと変わる
この短いほんの十分の交流でそんな考えが浮かぶほど、希美は流凪に惹かれている己の心を自覚した。
目を閉じたまま、流凪の答えを待つ。実際には数秒しか経っていないだろうその時間が、何十秒にも、何百秒にも感じるほど、希美は緊張していた。心臓がバクバクと、そのまま胸を突き破って飛び出してきてしまうのではないかというほどに暴れまわっている。
果たして、そんな希美に返ってきたのは。
「いいよー」
あまりにも軽い、承諾の言葉だった。
「え、良いんですか!?」
「え、良いよ?」
そう言って流凪が差し出してきたのは、彼女のスマートフォン。それを見て、何がしたいのか分からず流凪の顔を見つめる希美。
「あれ、連絡先の交換とかしない?」
「あ、ああ! なるほど、そうですよね!」
今まで親との連絡用としてしか使用してこなかったスマートフォンを取り出す希美。どうやって連絡先の交換をするのだったか、いまいち思い出せずに苦戦しつつ、どうにか電話番号を登録し、トークアプリにも友達登録を行うことに成功した。
「えーっと、えーっと……」
あまり使わないトークアプリに初めて登録された家族以外の名前。『ルナちゃん』という登録名のそれを呼び出し、トーク画面を開く。テスト、と。たった三文字を入力し、送信。
「お? あ、うん、テストね。ちゃんと届いてるよー」
流凪から、OKという大きな文字のスタンプが返ってくる。たったそれだけのことで飛び跳ねそうなほどの喜びが湧き上がる希美は、それを隠し切れずに口元に笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、流凪ちゃん!」
「うん。いつでも連絡してきて良いからね」
「はい!!」
帰っていく流凪、玲と別れ、希美も帰路に就く。その足取りは、かつてないほどに軽やかだった。