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異常現象解決します 澄川事務所  作者: 神木ユウ
第一章 学校の怪談
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第一話 出会い



 声をかけた方が良いのかな



 そう思った少女がキョロキョロと周囲を見渡してみても、誰も気にした様子はない。ここはスーパーだ。誰もが自分の目的である買い物に夢中なのだろう。通路隅のベンチになど意識を向ける者は皆無であるようだ。


 もう一度、視線を前に戻してみる。


 そこには変わらず、可愛らしい少女が寝息を立てていた。



 明里(あけさと) 希美(のぞみ)、小学四年生。身長は少々高めの百五十センチほど。肩くらいまでの明るい茶髪の前髪に飾り気のない黒いピンがささっている。髪と同色の目は気弱そうに垂れ、両手は不安気に胸の前で重ねられていた。


 その見た目の通り、希美は自身が気弱であるという自覚がある。あまり人に積極的に話しかけるタイプではないし、友達もいない。人見知りも激しい方だ。



 だが、そんな希美が放っておけないと思うほどに、目の前のベンチで眠っている少女は危険に見えた。



 自分と同い年か少し下くらいに見える、明らかに異常なほど可愛らしい容姿。そして、高そうなフリフリの黒い服。学校でもよく不審者に気を付けるように注意喚起がされているが、こんな少女が無防備に眠っている様はいかにも不審者に狙われそうだと感じられる。


 希美は気弱だが、同時に善良な少女でもあった。目の前に危なそうな子がいれば、どうにかした方が良いのではないかと自然に考えられる程度には。


「あ、あのー……」


 声をかけてみる。が、その声はとても小さく、スーパーの喧騒の中でも眠り続けている少女を起こすには到底足りない。


「あのっ!」


 希美の中では精一杯の大きな声でもう一度。すぐに周囲の人に不審に思われたかもしれないとキョロキョロ慌ただしく首を動かす希美だが、幸いにもこちらを気にする人はいない様子だ。


「ん、んん?」


 希美の頑張りが効いたのか、眠る少女に反応があった。ゆっくりと気だるげに頭を上げ、目を開く。


「わぁ……!」


 希美も、可愛らしい少女を形容する表現として、お人形さんみたい、という言葉を知っている。それは人形の如く現実離れして可愛らしいというような意味で使われることが多い表現だ。


 まさに、目の前の少女に当てはまる言葉だと思った。


 フリフリの可愛い服もそうだし、艶やかな黒髪もそう。そして何より、くりくりと大きく丸い赤い瞳。同じ学校どころか、テレビでもなかなか見ない愛らしさだ。


「ふわぁー……ん? 誰?」


「え、あ、えーっと……明里希美、です」


「希美ちゃん。何か用?」


「あ、えと、こんなところで寝てると危ないよ、っていうか、その、大丈夫かなっていうか」


 希美は感動した。こんな可愛らしい子を相手に、自分が初対面でちゃんと話せるなんて。なお、本当に傍から見てちゃんと話せているかは別問題である。


「ふーん、大丈夫だと思うけど。ま、良いや。ありがとね」


 良かった、ちゃんと通じたみたいだ。そう安心した希美の目の前で、人形のような少女は再び目を閉じてしまった。


「おやすみー」


「ええーっ!?」


 希美は驚愕した。危ないという自分の話は通じているはずなのに、何も気にしないどころかそのまま再び眠ろうとするなんて。


 この子、とっても危ない子!


 希美は思った。この子は自分が守ってあげなくてはならないと。このまま放っておいたら瞬く間に誘拐され、酷い目に遭ってしまうに違いないと。希美は少々思い込みの強い子であった。


「あ、あの! お名前は何ていうんですか?」


「んー? 澄川流凪だよ」


「流凪ちゃんですね。お母さんはどこにいるんですか?」


「お母さんはいないなー」


「え、じゃあここには誰とどうやって来たんですか?」


「一人で歩いて来たよ」


 この近所に住んでいる子なのだろうか。希美は困ってしまった。これではお母さんを探して返すことも出来ない。


「ここには何をしに来たんですか?」


「んー、何て言うのかな。ちょっと気になることがあったんだけど。ま、でも大丈夫そうだから、もう良いかなーって」


 よく分からないが、もう用事は終わったということだろうか。流凪の隣には恐らくここで買った物が入っているのだろう袋が置かれているし、そういうことなのだろう。用事が終わったら帰るのではなく、そのままベンチで寝てしまうなんて。あまりにも危なっかしい子だ。希美は自分の考えが間違っていないことを確信した。


「じゃあわたしと一緒に行きましょう」


「んえ? 何で?」


 当たり前だった。希美の視点では保護しなければならない子だが、流凪の視点では別に何の問題もないのだから。急に初対面の少女に一緒に行こうと言われても、何故そうなるのかという疑問が浮かぶのは自然なこと。


「えーっと……あ、そうだ! ちょっと待っててください!」


 希美はベンチの前から駆け出した。そして、近くで売っていた物を購入し、すぐに戻ってくる。


「はい、どうぞ」


「ソフトクリーム? くれるの?」


「はい! だから一緒に行きましょう!」


 全く理由になっていない。むしろ不審者とやっていることがほぼ変わらない。しかし、希美は小学生の少女だ。もしこれが大人の男性であったなら、周囲の良識ある大人に通報されていたかもしれないが、幸いなことに、傍から見ればお姉さんが幼い子供にソフトクリームをあげているだけである。むしろ微笑ましい光景だ。


「ありがとー」


「じゃあ、こっちですよ」


 希美はベンチに置いてあった流凪のものであろう袋を持ち、流凪の手を引いて歩きだす。それに大人しくソフトクリームをなめながらついていく流凪の姿は、紛うことなき幼女であった。







 歩き出して、希美は自分の考えが一部間違っていたことを理解した。


 視線が、とても気になる。


 流凪と手を繋いで歩き出して以降、明らかにこちらを微笑まし気に見る視線が増えた。普通に二人の子供が手を繋いで歩いているだけではこうはならない。これは、流凪が目立ち過ぎる容姿、服装をしていることが原因だ。


 先ほどベンチで眠る流凪のことを誰も気にしなかったのは、隅のベンチなど誰も気に留めないからだと思った。が、違う。あれは、本物の人形が置かれているだけだと勘違いされていたからだ。あまりにも現実離れした容姿に、ただ人形がベンチに置かれているだけだと思われて、人の意識を集めなかったのだろう。


 ただでさえ勇気を出して行動を共にしているというのに、更に周囲の人間の視線を集めてしまうとは、人見知りの激しい希美には少々辛い状況だった。しかし、希美はそれを無視した。今この危なっかしい子を保護出来るのは自分だけなのだ。自分の臆病さなど後回しで良い。


 幸い、既に自分の買い物も済ませている。このままスーパーから出て、恐らく近所であろう流凪の家まで送っていけば良いだけだ。ニコニコと美味しそうにソフトクリームをなめる流凪の手を引いて、出口へと向かう希美。


「うっ」


「ん?」


 思わず希美の口から呻き声が出る。それを不思議そうな顔で見る流凪。慌てて何でもないと取り繕う希美だが、その視線は不自然にやや左側に向けられている。そんな希美たちの右側を通ってすれ違っていく、小太りの男性。年齢としては50手前ほどだろうか。こちらに気付いた様子もなく、そのまま歩いていく。


「ふぅ……」


 明らかにほっとしたように息を吐く希美。それをじーっと見つめる流凪に、誤魔化すように口を開く。


「あはは、ちょっと学校の先生を見つけちゃいまして。大丈夫ですから、行きましょう、流凪ちゃん」


「ん」


 スーパーの自動ドアを通り、外へ出る。外はじめじめした嫌な空気と、夏が近付いてくる熱気に満ちていた。

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