第十六話 行動方針
薄暗い廊下を進む。先頭は希美。その後ろに凜々花と奏が並んで、最後尾は秋子。秋子は後ろを気にしつつ、自分の前を歩く奏の様子も見ながら歩を進める。全員が自然と足音を殺すように歩き、進みが遅くなっていた。懐中電灯で前後を照らすが、もしかしたらその光に気づいて襲ってくるのではないかという心配がよぎる。しかし、それでも真っ暗で何も見えないのは更に怖くて、消すわけにもいかない。懐中電灯の光が届かない廊下の奥の闇が、全てを飲み込む怪物の口にも異界へ続く門にも見えてくる。そんな中でも前へ前へ進み、やっと階段までたどり着いた。
「トイレは調べなくて良いよね?」
「今は早く上に行きましょう。ここから耳を澄ましても……何も聞こえないし、大丈夫でしょう」
希美の質問に返答した秋子の言う通りに、トイレを無視して階段に足を掛ける。目の前には階段が十四段。そこから踊り場があり、百八十度右旋回して再び階段が上へと続いている。踊り場の壁には大きな鏡が一枚取り付けられていて、怪談的にはいかにも何かありそうだが、天路ヶ丘小学校の七不思議には階段の鏡については存在しない。ただし、階段自体には存在している。
「階段から覗く目……秋子、どんなの?」
「階段の床に穴があって、そこから目が覗いてくるって話ね。ただ、この学校の階段に穴がある場所なんて存在しないし、これについては気にしなくて良いと思っているわ」
秋子は七不思議について知った時、昼間に調べられる範囲で一通り回ってみたことがある。霊やら影やら物音やらは当然ながら何も分からなかったのだが、二つほど分かったこともあった。まず一つ、学校中の階段を探してみても、目が覗き込んでくるほどの穴はどこにも存在しないということ。そして二つ目は、音楽室の動く肖像画は誰かの悪戯であるということだ。壁に並んでいる肖像画の中に一枚だけ、目の部分がくりぬかれて穴になっている物があった。そして、その壁は隣の準備室とを隔てる壁で、準備室の壁際には天井まで届くような背の高い棚が置かれている。その棚に上り、そこから誰かが覗き込んで見てきたら、目が動いているように見えるだろう。棚に上って壁に穴があるかどうかまでは確認しなかった秋子だが、十中八九そういう理屈だと思っていた。
「そう。なら……安心、よね?」
「う、うんうん。安心だね」
凜々花と奏は自身に言い聞かせるように安心だと強調し、希美に続いて階段を上り始めた。しかし、安心と言いつつもどうしても気になってしまうもの。その目は忙しなく階段の床を走り回る。そして、秋子の言う通りに何もないことを確認してホッと一息。そこでちょうど踊り場までたどり着いて、視界の左端に鏡を捉えて思わずビクッと跳び上がる。
「もう、何を驚いているのよ。そこに鏡があることは知っているでしょう?」
「驚いてないわよ! ちょっと、あれよ……そう、何かピョンって飛び跳ねたい気分だったのよ!」
「そんな無茶苦茶な……」
最早言い訳でもなんでもない凜々花の意味不明発言を放置して、更に上へと進む希美。階段を上り切って左右を確認し、問題なさそうだということで後ろの三人へ手を振って呼ぶ。三人が来るまでの間、目の前のトイレに耳を澄ましてみる希美だが、やはり何も聞こえない。物音がする女子トイレというのは、存在しない七不思議なのだろうか。それならそうと誰か教えて欲しいものだ。そんなことを教えてくれる誰かなど存在するはずもないのだが、緊張を解くことが出来ないこの状況に思わずそんな文句が内心浮かんでくる。
「さて、とりあえず二階に来たけれど」
これからどうしようか、という秋子の言外の問いかけに、全員が考え込む。更に上に行くのか、この階で身を隠すのか。二階は四人の教室もある生活し慣れた階層だ。隠れるには良いようにも思える。しかし、もし校庭の人影が校舎内に入ってきて襲ってくるのなら、出来るだけ上に逃げた方が良いという可能性もある。なら上の方が良い、と結論を出すのも難しい。何故なら四階には理科室や音楽室といった特別な教室が集まっている。何か起きるなら最も可能性が高そうな階であり、上に行くほど危険にも思えてくるのだ。四階より三階。三階より二階が良いようにも感じる。でも下から来るかもしれないし、と、四人の思考は同じ場所をループし始めた。
「……とりあえず、移動しない? ここにいるのも、何か嫌だし」
「そうね」
希美の提案に三人も同意。一先ず、階段のすぐ隣にある自分たちの教室、四年一組の教室に入る。ここが安全であるという根拠は一切ないのだが、何となく廊下より安心な気がする室内。何かが窓から来ても廊下から来ても離れやすい中央付近の席に座って、これからどうするかの話し合いを始めた。
「わたしとしてはこの階にいるのが良いと思う。でもずっとこの教室にいるのは何となく嫌な気がするわね」
校庭からも四階からも離れていて、いざとなれば一つ下りれば校舎から出られる階。最悪飛び降りても死にはしないだろう二階に留まるのが良いと考えるのは秋子だ。ただ、同じ場所に留まるのは嫌だと言う。相手は正体も不明なのだから、何かよく分からない能力で位置を特定して襲ってくる可能性が怖い。移動していればその位置特定を避けられる保証もないのだが、何となく、同じ場所にいるよりは良い気がする。それが秋子の意見。
「ずっとここにいれば良いよ……もう怖いよ……」
怖いからここにいたいという奏。何か考えがある訳ではなく、怖くて移動したくない。ここで四人で集まって大人しくしている方がまだ安心出来る。
「何言ってるのよ。今のところ何かいるのが確定してるのは校庭だけなんだから、上に行けば良いじゃない」
とにかく校庭の人影から離れるべきという凜々花。妙な呻き声のような物が聞こえたとはいえ、実際に存在を確認したのは校庭の人影のみ。なら、存在するかも分からない何かに怯えてその人影に襲われる方が馬鹿らしい。とにかく上へ。その方が安全に決まっているという考え。
「うーん……」
希美は考える。三人の意見はどれも納得出来るものだ。奏はただ怖がっているだけだが、ここで大人しくしていた方が見つかりにくい可能性だってあるのだ。どの意見にもメリットデメリットが存在し、頭ごなしに否定出来るものではない。少しの間、考え込んだ希美。その口から出てきたのは、その場しのぎとも思える折衷案。
「一度、この階を向こうの端まで歩いてみない? それで様子を見て、この階を動き回るのか、どこかで大人しくするのか、上に行くのか決めようよ」
もしかしたら既にこの階に危険が潜んでいるかもしれないのだ。だから一度様子を見て、それから考えようという意見。極論、この階の廊下を歩いている際に走る人体模型などに襲われでもしたら上に行かざるを得ない。まずは一度、この階の安全確認をしないことには始まらない。怖がる奏には申し訳ないと思いつつ、希美は自分の考えを説明した。
「うん、良いと思う。わたしは賛成」
「仕方ないわね。それを言ったら上からこの瞬間何かが駆け下りてくるかもしれない訳だし。まあ、一度回ってみる必要性は理解出来るわ」
「うう……みんなが行くなら、行くよ……」
奏は怪しいところだが、全員の意見が一致したのを確認して、希美は立ち上がる。教室の扉から顔を出して左右を確認。何もいないのを見て、廊下へ出た。相変わらず消火栓の赤色灯だけがぼんやり光る薄暗い廊下。懐中電灯で照らせる範囲には何もなく、真っ暗な奥の方から急に何かが走ってきたりしませんようにと祈りつつ、無意識に足音を殺してゆっくりと歩き始めた。




