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異常現象解決します 澄川事務所  作者: 神木ユウ
第一章 学校の怪談
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第十四話 選択

 天路ヶ丘小学校は直方体の形をした四階建て校舎であり、隣の中学校とは繋がっていない独立した建物だ。一階の端にある扉を開けると外に繋がっており、そこには体育館へ伸びる屋根付きの道が続いている。各階にトイレは二か所。当然共学であるので男子女子双方のトイレが存在している。曲がり角のない真っ直ぐな廊下は、昼間であれば端から端まで見通すことが出来るのだが、夜となるとその姿は一変。消火栓に付いた赤色灯がぼんやりと光るのが見えるだけで、廊下の先は闇に閉ざされている。懐中電灯で照らしてみても、その頼りない光は端までは届いてくれない。


 思ったより雰囲気のある校舎の様子に、秋子以外は突入したことを早くも後悔しつつ、昇降口のすぐ目の前にある階段横のトイレを早速調べる。入ってすぐに手洗い場、その奥のタイル敷きの床に変わる場所でスリッパに履き替えるようになっている。個室が四つ並び、最奥に掃除用具入れの細長い扉が一つ。和式が二つと洋式が二つというこの学校の基本の造りは、全てを洋式にして欲しいと思っている生徒も多いとか。


「何か、結構臭うわね」


「まあ、ここは一年生の子たちが主に使うトイレだし。ほら、和式の周りなんて明らかにおしっこが乾いたと思われる汚れでぐちゃぐちゃよ」


 個室の扉を開いてみると、和式便器のそこかしこが黄色くなっている。床もとても綺麗とは言えない状態だ。毎日掃除はしているはずだが、帰る前にトイレに寄った子たちが使って汚したのだろう。そんな状態で一日放置され、なかなかの臭いを放つようになっている。


「だからわたしは全部洋式にして欲しいって意見に賛成ね。洋式の方はマシ……でもないわね。なにこれ。わざと便器の外で放尿でもしたのかしら」


「うわぁ……むしろ和式よりぐちゃぐちゃだね」


 洋式の個室の扉を開けると、汚れていない部分を探す方が難しいくらい床が汚れている。隣のもう一個の洋式の方は綺麗なため、こちらの個室で便器外に排泄した子がいるという可能性が高そうだ。いたずらっ子がいるものだ、と希美と凜々花、秋子は嫌そうな顔をしたのだが。


「あー、もしかして、おもらししちゃったんじゃないかな」


 そんな奏の意見に、なるほどと納得する。確かにわざと床を汚す遊びをしているというよりは、ギリギリでトイレに駆け込んで、便器の前で気が緩んで限界を迎えたという可能性の方が高そうだ。


「多分この辺に、あ、ほら、やっぱりあった」


 そう言って奏が指さした場所、便器の裏のスペースを覗き込んでみると、子供っぽい下着が捨ててあった。黄色に染まった下着は小さく、恐らく一年生の子がやってしまったのだと予想出来る。


「奏、あんたずいぶん詳しいわね」


「あはは……実は昔……」


「同じことした訳?」


「わたしは後で考え直して回収しに戻ってきたけどね。流石におもらしパンツをここに放置しておくのも恥ずかしくて……」


 普通なら保健室に行って着替えを借り、汚れてしまった下着は袋に入れて持って帰りそうなものだが、恥ずかしがり屋だと親にも先生にもバレたくなくて、そんなことをする子もいるということだろうか。一通り告白した後で恥ずかしさがやってきたのか、顔を真っ赤にして小さくなる奏。


「まあ良いわ。どうやらここでは物音はしないみたいだし、次に行きましょ」


 怖さより恥ずかしさが勝るのか、奏も過剰なキョロキョロを止めて秋子と凜々花についていく。それを見て少し安心した希美。四人は臭気が充満するトイレを後にした。


 そして、次のトイレを目指して廊下を歩いている時。


「ん?」


 ふと、何かに違和感を覚えた奏が足を止める。


「どうしたの、奏ちゃん」


「奏? 何してるの、行くわよ」


 希美の声に秋子と凜々花も振り返り、急に足を止めた奏を怪訝な表情で見つめる。そんな三人の様子に申し訳なさそうにしながらも、探索を始めたばかりの時と同じように周囲を見回す奏。


「今、何か……」


 そう言いながら、手近な二年一組の教室へと入っていく。他の三人も、不思議そうに顔を見合わせつつも、奏を一人放置する訳にもいかないため、後について教室内へと入る。奏は迷わず窓際へと歩いて行き、何かを探すように外へと目を走らせ始めた。


「ちょっと、どうしたのよ、奏」


「んーと……」


 奏自身もあまり分かっていないようで、いつもなら何よりも優先される凜々花からの質問にもなんとも要領を得ない返答。それに対し、更に重ねて凜々花が質問しようとした、その時。


「ヒッ!?」


 急に息をのんで窓から飛び退く奏。そのまま机に足を引っかけてしりもちをつく。驚いて奏に駆け寄る希美。秋子と凜々花は奏が見た物を確認しようと窓の外を見た。


「奏ちゃん、大丈夫?」


「あ、ああ、今、今……!」


 奏は恐怖に震えて言葉を詰まらせる。明らかに冗談ではない様子。そんな奏を背に、窓の外を見渡す凜々花と秋子。外には明かりもなく、ただ月だけが照らす暗い世界が広がっている。目の前の校庭も端まではとても見通せず、視界には薄っすらといつも通りのグラウンドが映るのみ。


「んん……?」


「何にも……え?」



 闇の中から、にじみ出るように



 二人の目にぼんやりと映る




 黒い人影




「なっ……!?」


「う、嘘でしょ……」


 人影は、ゆっくりと、ゆっくりと、グラウンドを横切り校舎へと近づいてきている。気のせいではありえない。それが何者かは不明だが、確かに目に映っている。凜々花と秋子は慌てて態勢を低くし、窓の下の壁に身を隠した。これで人影に見つかる心配はない。が、そうすると今度はこちらからも人影の様子を見ることが出来ず、今どこにいるのか、まだ近づいてきているのか、止まったか、離れたか、分からなくなる。



 もしかして、今、既にこの壁のすぐ外に来ているのでは。



 ドクン、ドクン、ドクン。外にまで聞こえているのではないかと思えるくらい、心臓がうるさく暴れまわる。



 このままここにいて良いのか。もしかして、実は先ほど既に見つかっていて、ここに向かってきているのではないか。いや、迂闊に動けば逆に見つかる恐れもある。先ほどはすぐに身を隠した。見つかってはいないはず。頭の中を不安がグルグルと回り、動くべきか、このまま身を隠しているべきか、分からない。


「か、奏、何か聞こえないの?」


「な、何も聞こえないよ」


 奏は目と耳がとても良い。恐らくは先ほど真っ先に人影に気づいたのもそのためだろう。それを知っている凜々花は、人影が校舎に入ってきている物音などが聞こえないかを奏に尋ねた。その返答によれば、どうやら近くで物音はしていないようだが、果たしてそれが安心材料になるのか。秋子は、もしかしたらあの人影は足音がするような生物ではない可能性を考える。音もなく、既に近づいてきているということもあり得るのではないか。そう思うと、物音が聞こえないというだけで安心しきるのは難しいように思えた。


「……みんな、二択だと思う。選んで」


「え、希美?」


「二択って、何が?」


 意を決したように口を開く希美。それは、これから取るべき選択肢。



「外に出るのは危険だから上に行くか、早く学校から出るために外に行くか」



 人影はグラウンドにいた。そして、校舎に向かってきていた。すぐに外に出て見つかれば襲われかねない。先ほど窓から人影を見ることが出来たように、一階にいればあちらに発見される恐れもある。それを避けるために一度上階に行き、あちらが校舎内に入ってきたところで鉢合わせないように上手くやり過ごして脱出を図るか。もしくは、発見されるリスクを冒して早々に脱出し、走って逃走を図るか。


 別の選択肢としては、あまりに楽観的な考え方かもしれないが、あの人影は無害な何者か、あるいは気のせいであるとして、肝試しを普通に続行するというのもなくはない。そもそも四人があの人影に対して大きな反応を示しているのも、先ほど校舎に入る前に何らかの声らしき物を聞いたからだ。七不思議は実在するのかもしれない。そういう思考が四人の中に芽生えている。しかし現実的な考え方をするなら、その声らしき物はただの自然音であり、七不思議など存在しないというのが当たり前ではあるのだ。


「どうする?」

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