第十三話 実在の可能性
一通り校庭を回り終え、再び校舎前まで戻ってきた一行。凜々花と奏はホッと一息。
「結局何もなかったじゃない」
「当たり前でしょ。逆に何があると思ってたのよ」
「え、そりゃあ……何かは何かよ」
何もなかったことで勢いを取り戻した凜々花は、何もないことに安心していたくせにまるでそれが不満であるかのように憤慨した様子を見せる。秋子の質問を雑に流し、いざ本番と言わんばかりに校舎へと目を向けた。
「それじゃあ、中に入るわよ」
「ねえ、もう良いんじゃない? 校庭にも何もなかったし、どうせ中にも何もないわよ」
「そんなの見てみないと分からないじゃない! 何、秋子。冷静に見せかけて、あんたビビってる訳?」
「はぁ……そうそう、とっても怖いビビってる。だから帰りましょ」
凜々花の分かりやすい挑発を受け流し帰宅を提案する秋子。本気で面倒なのだ。何故なら、どうせ何も出てこないから。秋子は様々な知識を集めるのが好きで本をよく読んでいるが、それで得た知識を実際に使って何かすることはほとんどない。アクティブな方ではないというのもそうだし、実際には本にあるように上手くいかないことも多いと知っているからだ。実験を本通りにやったところで本通りの結果が出るとは限らないし、植物を知識頼りに育てても枯らしてしまうことだってある。そういった、現実的な物事だってそうだというのに、ましてや七不思議など。
秋子がもう一度、どうせ何も出ないと凜々花を説得しようとした、その時。
ぅゥ……ゥゥうウぅゥゥ…………
「何っ!?」
「誰かいるのっ!?」
「ひ、ひぅ……」
「……!」
四人全員が確かに聞いた。呻くような声。どこから聞こえてくるのかも定かではないほど小さい、途切れ途切れのか細い声だが、それは間違いなく何かの声であるように聞こえた。
「今のって……」
「分からない。でも、今のが七不思議の何かであるのなら、恐らく校舎中に響き渡る少女の声というやつね。まさか、本当に……?」
秋子は思考する。まさか本当に七不思議が実在しているというのか。しかし、ならば何故校庭の人影は見つからなかった? 条件がある? 本当は場所指定がある? それとも、偶然? もしくは本当と嘘が混在しているのか。
何はともあれ。
「俄然興味が湧いてきたわね」
この肝試し、何の意味もない時間の浪費ではないかもしれない。大発見がある可能性が見え始めた。七不思議なんて、何かを見間違えたり幻聴だったりを大げさに言っているだけの物しか存在しないと思っていたのに、まさか実在の可能性が出てくるなんて。当然、今の声のような何かが風などによるただの自然音である可能性も残っている。が、あまりにも声のように聞こえてしまったのだ。ならば他の七不思議だって確かめたくなってしまう。それが藤野谷秋子という少女だった。
「秋子?」
「さっさと行きましょう。ほら、凜々花、行きたがってたじゃない」
「え、えーっと、そ、そうよね。奏」
「あ、え、う、ぅん、そうだね、凜々花ちゃん」
凜々花が歪んだ笑顔で奏に同意を求めれば、当然の如く震えながら頷く奏。実際のところ、奏はもちろん凜々花だって本当は今すぐにでも帰りたいと思っている。だが、そんなことは言えないのだ。チラリと希美の様子を見てみれば、先ほどまでよりも嫌そうな雰囲気は増しているものの、恐怖しているのかというと微妙なくらいの表情だ。恐らく全く怖がっていないということはない。が、ビビっていると判定することは出来ないだろう。というか、秋子が判定してくれないだろう。だって、何か凜々花ですら見たことないくらい目が輝いているし。ヤバい奴がいるかもしれないって状況になってから楽しそうにし始めるとか、付き合いの長い友人ながらこいつはどうかしていると思う凜々花であった。
先ほどまでとは打って変わって意気揚々と先頭を歩き始める秋子。嫌々ながらもそれについていく凜々花と奏。希美は急に乗り気になった秋子に裏切られたような気分になりつつも、この場に一人で置いて行かれるのも嫌なので、渋々歩き始めた。
そして、ついに校舎内へと足を踏み入れる。まずは各自の下駄箱に向かい上履きに履き替えた。正直なところ、動きやすい外靴のまま入ってしまいたい気分ではあったが、何だかんだいっても良い子たちであるこの四人的には気が引けたため、しっかり履き替える。何しろ深夜に遊びで集まっているのに学校に行くのならということで全員制服を着ているほどなのだから。そして、集合した四人は顔を見合わせてこれからの行き先の話し合いを始めた。
「とりあえず、何から行くのが良いかしら」
「各階の女子トイレを回るしかないでしょう。音楽室は四階だし。トイレを回りつつ、人体模型や浮遊霊を探して、あとは階段では目に注意ってところかしらね」
一先ずのターゲットは物音がする女子トイレに決定した。これは、深夜誰もいないはずの女子トイレから物音がするというものであり、校庭の人影と同様詳細は不明。何階のどこの女子トイレなのかも、どの個室からなのかも、どんな音なのかも何もかも不明ということで、虱潰しに探していくしかない。
「何かさぁ……言いたくないけど」
「分かるわ。雑よね」
「あはは……」
凜々花、秋子のあんまりな評価に何か言おうと思ったが、結局何も思いつかず愛想笑いで流す希美。そう、希美も確かに雑だなと思ってしまったのだ。真面目に人を怖がらせようとしていない。あまりにもシンプル過ぎて情景が想像出来ないので、恐怖を掻き立てられ辛い。怪談としては三流も三流といった感じだ。
「あ……」
「ん? どうしたの、希美」
怪談としては、三流。あくまで怪談としては、三流。
ならば、もし、この七不思議が
怪談ではないとしたら?
「…………ううん、気にしないで。ちょっと、嫌な想像しちゃっただけ」
「そう、希美も同じ結論に至ったのね」
「てことは、秋子ちゃんも?」
「ええ」
秋子も希美と同じことを考えていた。プールで流凪にこの七不思議の珍しい点、場所指定があまりされていないという話を聞かされてから、それは何故なのかということを考え、ある仮説に思い至った。もしかして、この七不思議が事実だからではないのか、と。作り話なら詳しい場所指定をするのは簡単だが、実際の話である場合、毎回同じ場所で同じ現象が発生するとは限らない。例えば、走る人体模型が毎回同じ廊下のみを走っているなど、実際の出来事ならば不自然なのだ。先ほど、妙な声を聞くまでは何を馬鹿なことをと秋子自身も思っていた仮説。しかし、今となっては相応に根拠がある仮説となり、秋子の好奇心をより掻き立てていた。
「ちょっと、二人で納得してないで教えなさいよ」
「うーん、凜々花ちゃんと奏ちゃんは聞かない方が良いかも」
「はぁ? 何よそれ」
「希美の気遣いよ。分かりなさい。あなたはともかく、奏にこんな話を聞かせたら怖がっちゃってこの場から動けなくなるわよ」
「そういう感じ? もう、分かったわよ。あたしは大丈夫だけど! あたしは! 大丈夫だけど! 奏がね、奏が怖がるといけないから、聞かないでおくわ」
相変わらず忙しなく周囲をキョロキョロ見回している奏。具体的に何の話なのかは分からずとも、何か怖いことがあるらしいという事実だけで更に不安を煽られ心臓がうるさいくらいに暴れている。今にも泣きだしそうな奏の様子にいよいよ気の毒に思う希美だったが、トイレを目指して歩き出してしまった秋子、凜々花の後に慌ててついていく奏を追って、希美も懐中電灯で前方を照らしながら進み始めた。




