第十二話 肝試し
そして来る土曜日。親にも内緒でこっそりと家を抜け出し、各々が学校の昇降口へと集まる。時刻は二十三時。小学生どころか大人でも眠っている人がそれなりにいるような遅い時間。周囲は当然の如く真っ暗で、それぞれが手に持っている懐中電灯が薄っすらと辺りを照らす。
そんな暗闇の中で校舎を背に辺りを見渡し、希美、秋子、奏が揃っていることを確認した凜々花は、天に向けて指を突き上げ宣言する。
「さあ、天路ヶ丘小学校七不思議全制覇、超肝試し大会を始めるわよ!」
「わー!」
凜々花の宣言を聞きすかさず拍手で盛り上げる奏。対する希美と秋子の二人は始まる前からげんなりした表情をしていた。
「何もこんな深夜に集まらなくても」
「何言ってるのよ、希美! 遅い時間じゃないと先生が残ってるかもしれないでしょ!」
「こんな夜中に集まって、やることがヤラセ無しの肝試しなんて。何の意味があるのよ……」
「バカね、ヤラセなんかつまらないじゃない! 今日、あたしたちのこの目で、耳で、足で、七不思議の謎を全て解き明かすのよ!」
そんな凜々花の言葉に顔を見合わせる希美と秋子。まさか、七不思議などというものが実在すると本気で信じているのか。深夜の学校を歩き回ったところで、何も起きる訳がない。ただ無駄に睡眠時間を浪費するだけである。希美は早くもこの勝負を受けてしまったことを後悔し始めていた。何だかんだ言っていつも断らない希美だが、今回ばかりは本当に断れば良かったと本気で思っている。
「というか、肝試しで勝負って……勝敗はどうやって決めるの?」
「そんなの、ビビった方が負けに決まってるじゃない」
「誰が判定するの?」
「あたしたち全員よ。ビビった本人以外が全員ビビったと判定したら負けね」
何とも曖昧なルールだ。というか、奏が凜々花を不利にする判定をする訳がないのだから、この勝負に希美の勝ち目など最初からないような気がする。しかし、そんな意見を飲み込む希美。正直なところ、別に勝ち負けになど拘っていないのだから。負けなら負けでも構わないのだ。さっさと学校を回って、さっさと帰って、さっさと眠りたかった。
「OK?」
「お、OK……」
「あんたたちも良いわね?」
「うん、大丈夫だよ」
「はぁ……まあ良いわ。さっさと終わらせましょう」
「じゃあまずは七不思議の確認をするわよ。秋子」
「はいはい」
もしかしたら他にも存在するかもしれないが、秋子が把握している天路ヶ丘小学校七不思議は、音楽室の動く肖像画、走る人体模型、階段から覗く目、物音がする女子トイレ、校舎中に響き渡る少女の声、校庭の人影、現れ消える浮遊霊の七つだ。プールで流凪にも言われた通り、具体的な場所指定があるものが少なく、全てを回るのはなかなか大変に思えるラインナップ。というか、もしかして場所指定がないせいで学校中の全てを見て回るまで終わらないのではないか。少なくとも凜々花は満足しないだろう。改めて確認した七不思議たちを思い、秋子は再びため息を吐いた。
「以上の七つね」
「ふんふん、ならとりあえず校庭の人影から行くのが良いかしらね。詳しく教えて」
「詳しくって言っても、そのままよ。深夜に校庭を見ると、人影のような黒いものが歩いているのが見えるらしいわ」
「黒いものって何よ」
「知らないわよ。それを確かめに行くんじゃないの?」
「……確かに、そうね。じゃあ早速校庭に行くわよ!」
一行は校舎前を離れ、校庭へと移動する。
天路ヶ丘小学校は、同じ敷地内に中学校、高校も並んでいる私立校だ。当然その敷地は広大で、それぞれにグラウンドを持つ立派な学校なのだが、小学校単体で見ればそこまでの大きさではないことや、中学、高校と違い部活がないこともあり、小学校用の校庭は比較的小さめになっている。細かい砂利のような砂が敷き詰められたグラウンドの中央には、一周二百メートルの一般的なトラックの線が引かれ、端には滑り台やブランコ、鉄棒といった遊具が並ぶ。また、敷地を囲むように柵があり、その内側には木が植えられていて外からの視界を遮っている。他にもボール等が入れられている体育倉庫や国旗、校旗を掲揚する塔など、一般的によく見られる物や、敷地の隅には小規模な畑があったりもする。
そんないつも通りの校庭なのだが、現在は深夜。誰も使っていないため明かりもなく、懐中電灯如きで端まで照らせる訳もなく。月明りだけが遠くの視界を確保する暗い世界。いつも通りのはずの校庭は、いつもとは全く異なる様相を持って四人を出迎えた。
「……なかなか雰囲気あるわね」
「あら、凜々花。ビビってるの?」
「う、うるさいわよ、秋子! ビビってるわけないでしょ、このあたしが!」
「ホントかしら」
付き合いの長い秋子は知っている。実は凜々花は気が強いように見えてそうでもないということを。だというのに勝負に肝試しを選ぶとは一体何を考えているのか本当に疑問なのだが、それはそれとして、秋子にはもっと不安なことがあった。
「……奏、大丈夫?」
「………………え? な、何か言った?」
「いえ、良いわ。気にしないで」
忙しなくキョロキョロと顔を動かす奏。そう、凜々花以上に奏はビビりだ。こちらは凜々花と違い普段の様子通りだが、秋子は本当に不安だった。恐怖に負けた奏が逃げ出してしまわないか、ということが。逃げ出した瞬間は良いのだが、そのまま恐怖に任せて走り出してしばらくした後、自分が一人になっていることに気が付いてしまった時がマズイのだ。あまりの恐怖に泣き出したり、トラウマになって後まで響く傷が残ってしまったり。そういうことが起こりかねない。この肝試し、秋子は決して奏から目を離さないと誓っていた。
「うーん、特に気になるものはなさそうに見えるけど」
「ここから見ただけじゃ分からないでしょ。とりあえず一通り回ってみるわよ」
気弱で人見知りだと思っていた希美が意外と平気そうであることに、少しの焦りを内心に隠す凜々花。凜々花は自分よりも希美の方が絶対に臆病だと考えていた。だからこの肝試しを通じて、ビビり散らす希美を自分が引っ張っていけば、きっと希美だって自分を見直すに違いない。そう考えて決行した肝試し大会だったのだ。しかし実際は、あくまで今のところであるが、自分の方が怖がっている様子。このままではいけない。希美が自分を見直すどころか、むしろ自分の弱さを見せることになってしまう。凜々花は極力怖がっている様子を見せないように気をつけながら、校庭の端を目指して歩く。
四人で固まって歩き出す。先頭は当然凜々花。その後ろに希美と奏が続く。秋子は最後尾で全員の様子を見られる位置に。風が木々の葉を騒めかせ、足音しかなかった世界に新たな音を加える。ビクッと震え、更に高速で顔を動かし始める奏。ちょうどその瞬間に、偶然足元にあった石を蹴飛ばして跳び上がるほどに驚いた。
「ひぅっ!?」
「うえっ!? な、なになに!?」
その奏の声に驚いて勢いよく背後を振り返る凜々花。あ、ビビってる、と思う希美だったが、それをわざわざ指摘したりはしない。面倒なことになるだけだと分かっているから。それは秋子も同様だ。ここで凜々花のビビりを指摘したところで奏に同じような指摘をする余裕がある訳がないので、無駄に凜々花を怒らせるリスクを負ったりはしない。
「もう、奏!」
「ご、ゴメンね、凜々花ちゃん」
手を合わせて謝る奏に、一つ息を吐いて落ち着きを取り戻す凜々花。そして再び前を向いて、校庭を調べるために歩き出した。




