プロローグ
日本、某所。大都会というほどでもなく、さりとて田舎というほどでもないとある都市の奥まった薄暗い場所。そんな場所に、その事務所はある。
「お嬢様、依頼の手紙が届いていましたよ」
「んん、来たのー? さてさて、今回はイタズラじゃないと良いねぇ」
事務机の椅子にだらしなく背を預け、深く座りすぎてほとんど寝転んでいる少女。
ゴスロリ風といえば良いのか。フリルがふんだんにあしらわれた黒いジャンパースカートはパニエでふわりと浮かび、肩を覆う黒いボレロ。背中まで伸ばした艶やかな黒髪に乗せられた黒いヘッドドレスも白いフリルで縁取られていて、全体的に可愛らしい印象の服装。だというのに、黒いニーハイソックスで包まれた脚先に、何故か靴だけ軍靴のような固いものを履いている。身長百四十ほどの幼さを残したこの少女は、その可愛らしい外見とは裏腹に胡散臭い商売をしていた。
幽霊、妖怪、呪い等々異常現象にお悩みのあなた
解決します 澄川事務所
そんな看板が掲げられた、寂れた小さい建物。そんな事務所に二人の人物がいる。
一人は十八歳ほどだろうか。胸元に黒いリボンが揺れるロングスカートのメイド服を着て、真っ白な美しい長髪にメイドらしいホワイトブリムを乗せた、身長百六十センチほどの透き通るように白い肌の少女。やけにフリルの多いメイド服は、実用性ではなく可愛らしさを演出しようとしているかのようだ。
事務所前に設置されたポストから手紙を持って室内に入ってきたこの少女の名は、篝火 玲。この事務所で助手のような仕事をしている。
そしてもう一人のだらしなく椅子に沈む少女は、澄川 流凪。この事務所の主だ。
看板にある通り、この事務所では通常考えられないような異常現象の悩みについての依頼を受け、それを解決するという商売をしている。
だが……
「うっわマジか! ホントに来たぜおい!」
「はっははははは! ウケるわー! 何が異常現象解決します、だよ!」
依頼を受けて流凪と玲が向かった先には、いかにも不良ですと言いたげな服装の高校生くらいの少年たちが5人ほど。
「でも噂は本当だったな。クソ可愛い子来たわ」
「つかマジでヤバ可愛くね? やってみるもんだな、おい。片方はまだ子供だけどよ」
「お、ならお前はそっちいらねーんだな。俺もらいー」
「ああ? 待てよ、なに独り占めしようとしてんだ。あの顔なら子供でも良いわ、俺にも寄越せよ」
異常現象など通常起こらない。だからこそ異常現象なのだ。そんなものを解決すると謳う事務所には、度々このようなイタズラの依頼が来る。
つまり、慣れている。
この近辺の治安の悪さにため息を吐きながらも、冷静に状況を見極めた流凪が一言。
「逃げるよ、玲」
「はい」
ふわりと音もなく流凪を抱え上げた玲は、囲まれる前に全速力で逃走を開始。一目散に背を向け逃げる。
「あっ! 待ちやがれっ!」
「つかはっや。マジかよ、全く追いつける気がしねぇ」
玲は身体能力には自信がある。あっという間に不良たちを引き離し、帰宅するのだった。
事務所へと帰ってきた流凪は、定位置である事務机の椅子に再びその体を沈める。走ったのは玲であって流凪は一切動いていないというのに、疲労したかのように額の汗を拭う仕草をした。
「いやー、やっぱりイタズラだったねぇ。指定場所が河川敷な時点で嫌な予感はしてたよ」
そんな流凪の無言の要求を受け、テキパキと冷たい飲み物を用意し始める玲。人間を一人抱えて全力で走った後だというのに、息一つ切らしていないその姿は、玲の高い身体能力を窺わせる。
「そうですね。加えて言えば、手紙の内容も明らかに真剣さが感じられないものでした。だから最初から言ったはずですよ、恐らくイタズラなので行かずとも良いのでは、と」
「まあそうなんだけど。でももしかしたら本当に悩んでるかもしれないし」
「はぁ。お嬢様のその考え方は美徳であると同時に弱点ですね。さっさと頭を取り換えた方が良いと思います」
流凪の前の事務机に、グラスに注いだ氷入りオレンジジュースを置きながら、辛辣な言葉を発した玲。そんなメイドの恐ろしい発言に、流凪は驚いた様子もなく驚いた風の仕草で目を向ける。
「えっ、美徳でもあるのに取り換えなきゃなの?」
「そんな弱点を抱えているからいつまで経っても儲けが出ないんですよ」
「ありゃー、痛いところを突かれたね、こりゃ」
こりゃ参ったとでも言いたげに頭を掻きつつジュースのグラスを口へと運ぶ流凪。それに呆れた様子すら見せない玲。
「ま、でもわたしの考え方は変わんないから。玲には悪いけどね」
そんないつも通りの光景。
明後日から第一章の投稿を始めます。第一章の完結まで隔日更新の予定です。