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第83話

「……去年の、八月、……同じクラスの女の子が、飛び降り自殺しました」


 その場にいた生徒が皆、身動きを止めた。

 一番大きなつかえを最初に吐き出してしまった紗雪は、一度深呼吸をすると、その先を続ける。


「わたし、その子とは三年で、初めて同じクラスになったんです。あまり成績が良くなかったみたいで、先生っちからいつも勉強のことで叱られていて、それで、わからないところあれば、教えてあげようって……わたし、勉強くらいしか取り柄がないから、そう思って話しかけたのがきっかけで、少しお話するようになったんです。でも、その子、同じクラスの、あんまり雰囲気の良くない子たちに目をつけられてて……」

 紗雪は震えを堪えつつ、一度唾を飲んでから、静かに言葉を続ける。

「……みんなは遊んでるだけだって言ってたけど、どう見たっていじめられてたんです。給食にゴミかけられたり、上靴にマジックで落書きされたり、制服のタイ、ぐちゃぐちゃに切られたり……でも、その子、自分がいじめられてるって意識が薄くって、いつも何されても、理解できてない、なんだかよくわからないって顔して、にこにこしながら……まるで、いじられてるとか、構ってもらってるみたいな、そんな態度で……でも、それが終わってから、自分がされたことに気が付くみたいで、いつも一人で授業中に泣いてたんです。泣いてるから授業もちゃんと受けられなくて、余計に先生たちから怒られて……毎日そんなことの繰り返しでした」

 紺色のプリーツスカートの膝の上で、彼女の手がぎゅっと固く握られる。

「わたしが間に入って、助けてあげられれば良かったのはわかってます。でも、……わたし、自分まで巻き込まれるのが怖くて、どうしても『やめて』って言えなかった……その人たちが学校に、ナイフまで持ち込んでるの見て、刺されたらいやだって思って、何も手が出せなかった……そのうちに、だんだん話しかけられなくなって、挨拶もしなくなって……」

 握りしめた手の甲に、眼鏡のレンズでは掬いきれなくなった涙が、冷たくぱたぱたと落ちる。

「……でも、どうしても放っておけなくて、……だって、すごく素直で、いい子で、絵が上手で、いつもスケッチブックにいっぱい、いろんな絵を描いてて、……コンクールで賞だってとったんです……なのに、夏休みが終わる日に、自分の住んでた団地の、屋上から……」


 先を続けられなくなってしまった紗雪の背中を撫でながら、敦哉が彼女の言葉を引き継ぐ。

「……さゆ、その子を陰からずっと、手紙で励ましてたんです。靴箱とか、机の中とか、そういうところに毎日一通ずつ、見えないように隠しながら。……読んでくれたかはわからないです。さゆの話だと、その子は難しい漢字とか、英語の授業とかの教科書読みで当てられると、わかんない、読めないって、すぐ泣いちゃう子だったらしいんで……」

 うつむいていしまった敦哉の前にしゃがんで、太陽が顔を覗き込む。

「……二人とも、したとは思うけど、先生に相談は?」

 その問いに、敦哉は首を横に振る。

「……しました。僕もさゆも。でも、何もしてもらえなくて……」

「ひどい、何のための先生なの? 生徒が困ってるのに、助けようともしないなんて……!」

 これまでの話を聞いてすっかり憤ったくるみは声を上げるが、

「牧之原、今ここで怒ってもどうしようもないよ。落ち着いて」

 興津にそう諫められて、仕方なしにそれを飲み込むと、黙って紗雪の横顔を見る。そして、

「無理よ。きっと誰がどうやっても、何も解決しなかったと思うわ。さっきのナイフの話もそうだけれど、第三中の去年までの様子じゃ、下手に生徒のトラブルに首を突っ込めば、却って教師の方が危なくなる雰囲気もあったもの。生半可な教員じゃ、いじめの対処は出来なかったでしょうね」

 彼らの会話を、朝比奈が生々しい言葉で押し潰した。


「朝比奈先生の言うとおりです。担任だけじゃなくて、スクールカウンセラーの先生にも相談したんですけど、『いじめられる方に原因がある』なんて言われて、関わり合いになりたくないって遠回しに逃げられて……だったら、せめて僕がその子に何かできないかと思って、休み時間とかに見に行ったりはしたんです。それで、その子が廊下歩いてるときに蹴飛ばされたり、頭を通りすがりにはたかれたりしてて……見るに見かねて保健室に連れてこうとしたら、『大丈夫』って断られちゃって……僕にはそれ以上、何も出来なかった……」

 唇を噛んで、敦哉は黙りこくってしまう。

 少しだけ涙が落ち着いた紗雪が、再び口を開いた。

「……二年生の時の美術の先生が、その子の描いた絵で文化祭で個展を開くほど、才能を買ってたんです……だけど、それがきっかけで、悪い子っちから目をつけられたみたいで……それに、その先生が年度末で辞めた後、三年になって、別の美術の先生が来てから、授業中にいっぱい、ひどいことを言われてたんです……その子の描いた絵に、先生が、『ここがダメだ』『ここが間違ってる』って、どんどん勝手に、自分の手を入れるんです。一度、あんまりにもひどいから、思わずそっち見たら、『俺のすることに文句あるのか』って、つかみかかられそうになって……」

 恐怖で詰まってしまった紗雪の言葉を、再び敦哉が引き継ぐ。

「その美術の先生、間違いなくその子に嫉妬してたんだと思います。僕のクラスでも、絵の上手い子は、授業中毎回、側に張り付かれて、ダメ出しというよりは難癖をつけられてたんで……でも、教頭先生も校長先生も、話聞くだけ聞いて知らん顔で……」

 悔しさに声を震わせながら、敦哉は懸命に言葉を紡ぎ出す。

「……夏休みに入る、直前に、……その子が、教室で、ひとりぼっちで、座ってるのを、見かけたんです。僕、ちょうどプールの授業から、戻ってきたとこで……心配になって、声かけたんです。そしたら、……『もう美術室に入るな』『お前は絵を描くな』って、先生に言われたから、ここにいるんだ、って……それでも、その時、その子の持ってた、ノートはスケッチでいっぱいで、……僕、どうしたらいいのか、わかんなくって、『上手だね』って、褒めて、……それっきり……話したのは、それが最後……」

「……わたしが、勇気、出して、連れ戻してあげれば、よかったのは、わかってます……だけど、相手は、男の先生で……力が強くて、怒ると、ものすごく、怖かったから……っ」

 嗚咽の隙間から、それだけ言って、紗雪はとうとう泣き崩れた。

 一緒に涙をこぼしながら、敦哉が紗雪の背を抱いて、頭を撫でる。

 もう救いの手が届かない過去の残酷な出来事に、くるみは紗雪の隣で、ただ唇を噛み、二人の抱えた痛みの大きさに耐えていた。


 やっと喋れるようになってから、紗雪は大きくしゃくりあげて、大きく息を吸い、

「……その子が亡くなった、次の日の、始業式に、集会から帰ってきて、……そしたら、机の中に、手紙が、一通、入ってることに、気がついて……差出人は、その子でした……でも、……開けるのが、怖くて、……まだ、読んでないんです……」

 そう言い終え、また新しい涙を目の縁に滲ませた時、

「そんでもって、そのおかげで、うちの家族は決定的にだめになっちゃったんですよ」

 もそもそという衣擦れの音と、麗が「起きちゃだめ」と制止するのを振り切って、カーテンの後ろから乱れた髪の隆玄が姿を現した。


「!……りゅーげん、お前、救急車来るまで寝てろって!」

「連れてかれたら嫌というほど寝ないとだめなんだろ? だったら今起きとく」

「無茶言うなよ、隆玄。せめて座れ、こんなとこで意地張ったってしょんないだろ」

 三年生二人に止められるが、彼は首を横に振って興津と朝比奈を交互に見ると、冷めた目で笑って、よろよろと頼りない足元で歩きながら話を続けた。

「もともとダメな家ではあったんですけどね、親父も母さんも外面がいいからわかりにくいだけで。学校でそんな大事が起こって、自分ちの娘が絡んでるってのに、話ひとつ聞きゃしない。むしろ腫れもの扱いだ。そもそも、うちに帰っても二人ともほとんど仕事でいないし、俺らも塾通いで顔を合わせることなんてめったにないですけど。……猫の飯と水だけはちゃんと用意してくのに、俺らの食事はないなんてこと、しょっちゅうですよ」

 隆玄は愚痴を交えつつそう言って妹の頭を撫でると、深いため息をつく。

「俺も紗雪も、情けない話だけど、洗濯と猫の世話と、風呂入るくらいしかまともにできないんです。勉強だけやってればいいって言われてきたから、生きていくための方法がわからない……世間体があるから、誰かに助けを求めることも……外で食事も出来やしない……」

 わずかにふらついた痩せぎすの身体を、後ろに立っていた麗が支えた。

「夏の終わりまではずっと、何もしないより気がまぎれるからって、紗雪が頑張ってくれてた。……でも、今、薬飲んでも毎晩眠れないくらい、こいつはぼろぼろなんです。あっちゃんが俺たちの世話焼いてくれるにしたって、あっちゃん自身がダメージ受けてんのに、無理なんてさせたくない。……自分の娘がこんだけ悩んで苦しんでるっていうのに、親父も母さんも、通院の付き添いにも来ないどころか、俺たちにメモ書きで何か言葉を残して行くこともない。忙しいから、命を預かる仕事だからって、チャットも返事しないで、たまに顔を合わせれば言い訳ばっかり……二人とも、医者のくせに、自分の子供の病には無関心なんですよ。……っ」

 そこまでで限界が来たのだろう、彼はすぐそばのソファにくずおれるようにして横になる。

「あれ……うわー、世界が回るぅ……」

 けらけらと空笑いする隆玄の頭の脇でしゃがみこんだ麗が、声を荒げる。

「呑気なこと言ってる場合じゃないです、なんで早く言ってくれなかったんですか! 確かに最近痩せてきたって思ってたけど、まさかここまでひどいなんて思わなかった……!」

「あはは、こんなの言えるわけないじゃん、……カッコ悪いもん……俺も親に似て、見栄っ張りだもんでさ……はは、そっくりでしょ?……」

「ばか!! ふざけないでよ、なんでホントのこと話してくれなかったの……!!! 言ってくれたら、食事くらい、毎日だって作ってあげたのに!!」

「……だって麗ちゃん、遊びに行くと、いっつも魚とか、野菜とか、絶対、俺の嫌いなもの出すでしょ?……せっかく優しくしてくれても、嫌いなの、顔に出して食べるの、申し訳ないからさぁ……」

 涙目の麗に、彼はなおもへらへらと言い訳をしてみせる。

「そんなのどうだっていい、……やだやだ言いながら、ちゃんと残さないし……ほんと、ばか……」

「りゅーげん、いい加減に彼女いじめるのやめな。素直に言うこと聞いとけよ」

「あはは、……あー、……玉子焼きとウインナーだけのお弁当、食いてーなぁ……」

 泣き崩れた麗の後ろで、呆れと怒りの入り混じった太陽の言葉を無視して隆玄がうそぶいたとき、救急車のサイレンが近づいてくるのが聞こえた。


 隆玄と一緒に紗雪も病院で処置を受けることになり、二人はそれぞれ救急車の中に移動する。

「後で君たちの担任と一緒に私も行くから、それまでゆっくり休んでいなさい」

 ストレッチャーに乗せられた隆玄に、興津が優しく声をかける。

「……すみません、先生。ライブの練習、始まったばっかなのに……」

「そんなことはいい。……君たちが話し出すのを待とうと思っていたけど、間違いだったみたいだな。すまない」

「……いえ、きっと無理矢理聞き出そうとしても、俺も紗雪も口を割りませんでしたよ。だから、気にしないでください、先生……」

 力のない声でそう言い残して、二人の姿は扉の中に消えた。


 サイレンを鳴らして、彼らの自宅ではなく市立病院の方向に、救急車は遠ざかっていく。

「……さゆもたっちゃんも、大丈夫かな……」

 保健室の吐き出し窓のすぐ外に佇み、敦哉はぽつりとつぶやく。

「市立病院の面会時間、八時までだよね。わたし、家に荷物置いてから行くつもりだけど、君も一緒に行く? 基本、身内しか行かれないけど、妹とか弟とか受付表に書いとけば、看護師さんっちも見逃してくれると思うでさ」

「あ、……はい」

 そのつぶやきを拾った麗の提案にうなずいて、彼は保健室の中に戻ろうとする。その背中に、

「……君もしんどかったでしょ。無理しないで、もっと周りの人、頼りなよ。少なくとも、軽音楽部の子っちと、興津先生と仲いい先生はみんな信頼していいから。……助けてもらった人間の言うことだから、嘘じゃないと思って。じゃないと、君も潰れちゃうでしょ」

「……」

 幾分か柔らかい声色でそう言葉をかけられ、追い越していった麗に、敦哉は返事の代わりに目を伏せてから、黙って後を追った。


 部屋の中には、重苦しさと同時に、今までの紗雪たちの不可解な行動がようやく腑に落ちた顔をした生徒と、この話を本当に彼らに聞かせてしまってもよかったのか、いまだ自分たちの行動に確信が持てず、海よりも深いため息をつく教師二人がいた。


「……私は他の先生と病院に行くよ。君たちも今日は解散して、明日の練習に備えなさい。お疲れ様」

 そう言って部屋を出る前のほんの刹那、興津はくるみと視線を交わす。

(また明日)

 彼の目が確かにそう言った気がして、ほんのりと寂しさが湧く。

(……また明日ね、先生)

 ドアの外へ去って行く背中に、くるみは心の中で小さく手を振った。


「……それにしても、軽音楽部は本当に、ここによく来るわね。運動部でもないのに、これで何度目かしら」

 部員たちを見回して、朝比奈が困ったように笑う。

「大丈夫? 今の話を聞いて、気分が悪くなったり、動悸が止まらなくなったりはしてない?」

 彼らが首を横に振ると、

「そう。じゃあ、部室に戻って荷物を持ったら、気を付けて帰りなさい」

 圧の強い笑みを浮かべた彼女に追い立てられるように、くるみたちは保健室を後にした。


 部室へ向かう間、くるみはひとり思案にふける。

(わたし、自分のことばっかりで、先輩がぼろぼろになってるの、気が付かなかったな……)

 仕方がないと言えば仕方がないのだが、自分に関係するトラブルで隆玄が疲弊していたことは否めない。

(戻ってきたら、お詫びに何かお菓子作って持って来よう。栄養があるのを……人参ケーキとかがいいかな)

 少しだけ明るいことを考えはしたが、また心は暗闇に沈む。


(友達が自殺……)

 初めて会った時からどことなく陰のある子だと思っていたが、紗雪の抱えていたその闇の濃さと深さに、くるみは改めて慄く。

(……この話は、誰も幸せにならない……どんなに泣いても嘆いても、その友達が戻ってくることはない……こんなひどい結末を、紗雪ちゃんは経験してしまった。紗雪ちゃんを側で見ていた、敦哉くんと隆玄先輩も同じ……)

 階段を上った先の踊り場から見える、救急車が去って行った方の空は、うっすらと日没の色を帯びてくる。

 二人がいつ戻ってくるのかはわからないが、ようやく全員揃った部室がまた寂しくなることに、ひどく胸が痛んだ。

(このままそっとしておいても、何もいいことない。きっといつまでも、割り切れない気持ちを抱えなきゃいけない。……どうしたらいいんだろう……)

 その時、ふと脳裏に『ひこうき雲』のことが思い出された。


「……紗雪ちゃん、『ひこうき雲』歌いたいのは、……その子のためだったのかな」

「かもな。……俺も気になったから調べたんだ。……でも、なんか違う気がしてさ……病気で亡くなるのと自殺では、やっぱりあの歌詞ではかみ合わない」

 前を歩いていた太陽がため息をつきながらくるみに答えると、敦哉が二人の後ろから話しかけてくる。

「あの、実は、僕も前から変だと思ってたんです。選曲も違和感があったけど……もしも『ひこうき雲』をただ演奏するだけなら、ピアノだっていいし、いっそのことサックスだっていいはずなんです。なのに、受験勉強中だっていうのに急にギター買ったもんで、僕も不思議に思って。なんでわざわざこんな時期に、時間取られるようなこと始めたんだろうって……」

 その答えに、くるみは思い切って、ずっと心に凝っていたことを口にする。


「……もしかしなくても、他にも歌いたい歌があるんじゃないのかな?」


 周りの部員たちは足を止め、はっと顔を上げる。

「もちろん、『ひこうき雲』は演りたいんだと思う。でも、先生が言ってた。ピアノで弾ける曲をわざわざアコギで演る理由がわからない、って。……だから、アコギ買って演奏したいくらいには、なにか衝撃を受けた歌が、きっともう一つあるんじゃないかな……」

 くるみの言葉に、彼らの視線はひとりに集中する。

「……敦哉くん、何か知ってる?」

 祐華の問いかけに、

「いえ、僕もわかりません。……でも、今日、さゆに聞けそうなら聞いてみます」

 いちどは首を横に振ったものの、そう言って敦哉はうなずいた。


「……なんか俺、えらいときに入部しちゃったな。もう少し落ち着いてからのほうが良かったか」

 出しっぱなしだったノートパソコンをリュックサックにしまいながら、政宗は太陽に尋ねる。

「いいよ、そんなことない。……たぶん、安心したんだよ。とりあえず部長として、やらなきゃいけないことはやったって思ったんだろう。それに、あいつが戻ってくるまで、俺も政宗くんにいてもらった方が心強いから、来てくれて助かったよ」

 ギグバッグにストラトキャスターをしまいながら、太陽は笑ってそう答えた。

「そうか?……俺、たぶん隆玄よりメンタル弱いから、あんまアテにしないでくれよ?」

「大丈夫、この間よりぜんぜんイージーモードだからさ。明日の全日練習も来れそうだったら、遠慮しないで気楽に来てよ」

 そう言って眺めた部室の中に、少し前に感じたピリピリとしたものがないことに、彼は安堵の息を吐いた。


「先生が紗雪ちゃんに『中庭ライブはいいから、自分のやりたい曲を練習しなさい』って言った理由、これだったんだね……たしかに、こんな気持ちのままじゃ、あんなに元気な曲を演奏する気なんて起きないよ」

 エレアコを入れたギグバッグを背負って、くるみは肩を落とす。

「きっと紗雪さん、そのお友達のために『鎮魂歌』として歌を歌うことで、ご自分の気持ちも慰めて、整理されようとしているんでしょうね」

 ミチルがぽつりとそう言うと、祐華がうなずく。

「なにか、わたしたちにできることはないかしら……」

「せめて、その『もう一つの曲』が何なのかだけでも教えてもらえれば……でも、そこから先を知ったところで、俺たちにいったい何が出来るんだろう……」

 うつむいたまま悩む四人に、

「あの、先輩。その曲が何なのかわかったら、ボクたちみんなで演奏するの手伝うっていうの、どうですか?」

 翔琉がすっと手を上げて提案する。

「え……」

「いいと思います。こんな話聞いちゃったら、最後まで付き合うしかないでしょう?」

 戸惑うくるみたちに、ソフィアが力強く微笑む。

「紗雪氏が前に進むきっかけになるのであれば、自分も微力ながらお手伝いいたしますよ」

 凛子もその提案を快諾した。

「いや、待て待て、大丈夫か? 中庭ライブの曲もあるんだぞ、みんな?」

 さすがに焦った太陽が割って入るが、

「先輩、力を貸してもらえますか。きっとさゆ独りでそんなことしたって、ますますドツボにはまるだけですから。そのほうがたっちゃんも気が楽になると思いますし……それに、本当についでですけれど、僕も、きっと自分の気持ちの納めどころができます」

 敦哉にそう言われてしまって、引き受けざるを得なくなった。

「……よし。敦哉くん、紗雪ちゃんにこの話して、できるならのんでもらってくれ。思い出すの、辛いかもしれないけど……任せたよ」

「はい……説得してみます」

 太陽にしっかりと肩を叩かれて、敦哉は真剣な面持ちで了承した。


(……紗雪ちゃん、自分のやりたい曲演奏したら、軽音楽部やめちゃうのかな……)

 弦を緩めてスタンドに立てられた紗雪のエレアコを、部室を閉める前にくるみは見遣る。

(どうするかは紗雪ちゃんが決めることだから、わたしには何も言えないけど……そうだったら、ちょっと寂しいな……)

 ふう、と小さく息を吐いて、くるみはまた別の方に視線を移す。


(そういえば、あのギター放置しっぱなしだけど、どうするのかな?)

 教卓の向こう側にケースのまま横向きで寝かせてある、緑郎の使っていたテレキャスターを見て、少しだけげんなりする。

(翔琉くんに持ってってもらおうかなあ、取りに来られても嫌だし……正直、見るたびにあの顔がちらつくから、さっさとどっかやって欲しいんだよねえ……)

 そこで考えるのをやめ、彼女は部室の扉を閉めて施錠すると、少し先を歩いている友人たちを追いかけた。

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