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第60話

「おはよーございますー……あれ?」

 集合時刻から十分遅れて部室の入り口にソフィアが現れたとき、

「未角、お前本当にわかってる?」

 窓際で太陽に厳しく問い詰められている緑郎と、半べそをかいているくるみを慰めている祐華とミチル、そしてそれを渋い顔で見つめる興津と隆玄たちの姿があった。

「いや、でも……」

「でもじゃない。『嫌よ嫌よも好きのうち』なんて言葉、もう今の世の中は、絶対に通用しないんだよ。くるみちゃんがやめてくれって言ってるのに、なんでしつこく同じことするかな」

「島田、その辺にしなさい。あとは私から話をするから……」

「だめです。先生、こいつ先生のこと舐めてますよ。だから最初に先生が注意したのに、言うこと聞かなかったんじゃないですか」

 自分を宥めようとした興津にぴしゃりとそう言い放つと、太陽は凄まじい目つきで緑郎を見る。

「お前、身の程を弁えろ。図々しいにもほどがある。ちっこい子供じゃねーんだからさ、『俺は嫌じゃない』だなんてふざけたこん言ってねーで、相手が『嫌だ』っつったら素直に受け止めろ。……なんか言いたいことあるか?」

「……いえ……」

 まさか自分と同じ運動部か、それ以上に厳しい環境で自らを律してきた人間がここにいるとは思わなかったのだろう、緑郎は太陽の叱責の圧にすっかりおとなしくなる。

「そうか。じゃあ、次にすることは何だ?」

「……」

 黙ったままの緑郎に、太陽が声を張り上げた。

「言われねえとわかんねえのか、くるみちゃんに謝れ!!」

「は、はい!」

 ほとんど殺気に近い太陽の怒りに中てられ、緑郎はその場でくるみに頭を下げる。

「先輩、すみませんでした!!」

 くるみは何も答えず、緑郎から目を逸らす。

 隣で一生懸命にその肩を撫でながら、祐華とミチルが大きなため息をついた。


「あのー、先生。……アタシ、話に入っていいです?」

 ソフィアは遠慮がちにそう言うと、くるみの後ろに立って気まずそうに笑う。

「ああ、おはよう……と言うか遅刻だな。次から遅れないように」

「はーい、すみません」

 彼女はぺろりと舌を出して肩をすくめた。そして、

「で、いったい何があったんですか?」

 悪くなってしまった部室の雰囲気をできるだけ明るくするかのように、彼女は無邪気な様子で誰ともなく質問した。


「あ、それはだめだね」

 円座になった椅子に全員で座るとき、緑郎が嫌がるくるみの隣に座り、そのたびに彼女が席を変えても笑いながら追いかけ続け、あまつさえ彼女の肩を無理矢理抱こうとしたという話を聞いて、ばっさりとソフィアが切り捨てる。

「女の子は押せ押せじゃなびかないよー、緑郎くん。てか、ここキャバクラじゃないんだよ? 昭和のおっさんじゃないんだからさ、そういうのやめときなね?」

 彼女は椅子の上で小麦色の肌が艶めかしい長い脚を組み、すっかりしおれて膝の上でこぶしを握ってうつむく緑郎にそう言って、くすくすと笑う。

「なあ、未角、変なことして雰囲気悪くすんの、みんなに迷惑かかるからやめような。俺、太陽があそこまででかい声出したの、初めて見たからさ」

 腕組みをした隆玄が、緑郎を見て大きなため息をついた。

「……先輩、大丈夫かな」

 敦哉が、祐華たちと興津に付き添われて隣の教室に行ったくるみを心配して、廊下を振り向きながらぽつりと言う。

「……かわいそう」

 隆玄と敦哉の間に座った紗雪が、ため息交じりにつぶやく。

「てか、まじでないわー……陽キャの恋愛観ってどうなってんの」

 ずっとドン引きしたままの凛子が、主語の大きな毒を吐きながら、冷たい視線を緑郎に送った。


「……牧之原、落ち着いたかな?」

 興津の優しい声で、くるみはようやく涙を抑えることできた。

「……ごめんなさい、みんな。泣いたりして……」

 くるみはハンカチで頬を拭いながら、友人たちに詫びる。

「いいのよ、誰だってあんなこんされたら嫌だわ」

「そうですよ。好きでもない方に身体を触られるのは、苦痛以外の何ものでもありません」

 祐華とミチルがそう言うと、くるみは深呼吸してから目を伏せた。

「あいつ、これでくるみちゃんのこん、諦めるとええだけんどな……」

 太陽が廊下を見てため息をつく。

「先生、結局未角くんは、サッカー部には戻らないんですか?」

 ミチルが困惑した表情で興津に聞くと、彼は肩を落として答える。

「今朝登校してきたところを、捕まえて説得したんだよ。でも、『俺は軽音楽部に入ります』の一点張りでね。推薦で入ったといっても特待生ではないし、奨学金をもらってるわけでもないもんで、結局は向こうの監督やコーチも折れてしまったんだ。……何より、『部活動は本人の意思決定が最優先』という決まり事もある。無理矢理退部なんてさせたら、それこそ去年の吹奏楽部の顧問と一緒だ。そんなことはさせられないよ」

「そうですか……」

「まあ、牧之原にちょっかいを出すのをやめて、真面目に音楽に取り組んでくれるなら、顧問として歓迎したい気持ちはある。……あるんだけどなあ、……」

 興津はそう言いながら、彼を見上げるくるみの顔が曇ってしまったのを見て、額に手をやる。


(厄介な子が来たなあ……)

 こうも自分とくるみの間に堂々と割って入られるとは思っていなかったおかげで、昨日からひどい頭痛に彼は苛まれている。

(僕はともかく、くるみのメンタルが参らなければいいんだけど)

 昨日の様子では、全く去年の『事件』から立ち直れていない精神状態のくるみにとって、緑郎の行為がどれほど恐ろしかったかを思うと、一昔前の教師だったらその場で張り倒していたかもしれない、などと彼は考えてしまう。

(……でもなあ、これで変にくるみに気を遣えば、誰かから他の先生に報告が行くかもしれないし、未角が自分のことを間違ってたって認めて、ちゃんと音楽をやりたいって言うなら、嫌だとか来るなとは言えないんだよなあ……仕事だし……)

 この職場のありがたい点として、部活動の時間もしっかりと時間外給与や休日出勤手当が出ている分、個人的感情――それも『恋愛感情』込みで、生徒に対してあからさまに態度を変えるわけにもいかず、『仕事』であるなら、なおのこと手は抜けない。

 彼は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、まだ泣き出してしまいそうな顔をした傍らの恋人を見た。


「……牧之原、部室に戻れそうかな? 無理だったら、ここで休んでていいよ」

 彼の言葉に、彼女は首を横に振って、ぎこちなく微笑む。

「大丈夫です。初回から先輩が休むわけにはいきませんから」

「そうか。……じゃあ、部室に戻ろうか。みんな待ってるからね。難しいかもしれないけれど、未角のことも許してあげなさい。今じゃなくていいから、そのうちにね」

「はい……」

 本音では『絶対に許さなくていい』と言いたいのをぐっとこらえ、興津はくるみに出来るだけ優しく微笑む。

「隣の席、わたしとミチルちゃんが座ればいいわよね」

 まだ背中を撫でてくれている祐華の言葉にうなずいて、くるみは三人に付き添われながら廊下に出て行く。

 興津は大きなため息をついてから、彼女たちの後ろについて教室を後にした。


「……さあ、気持ちを切り替えよう」

 円座になった部員たちを見渡して、興津が声をかける。

「まずはひとりずつ自己紹介だ。自分が演奏できる楽器と音楽経験、好きなアーティストや音楽のジャンル、一年生は中学の時の部活動と、未経験者はどの楽器をやりたいか教えてくれ」

 はい、と方々から返事がきてから、

「じゃあ、まずは部長、よろしく頼むよ」

 彼は自分の隣に座っていた隆玄に言葉をかけた。


 隆玄は立ち上がって、部員全員と目を合わせてから喋り始める。

「えー、部長の伊東隆玄っす。そこにいる紗雪の兄貴で、ドラムやってます。オルタナティブロックが好きなんすけど、最近は吹奏楽も聴くかなぁ。一応ピアノも弾けるけど、基本ドラム以外はからきしなんで、あんま俺に他の楽器の話振んないでね。よろしく。ほい、じゃ次」

 拍手の中、頭を下げてから座った隆玄と入れ替わりに、太陽が腰を上げる。

「みんな、さっきはびっくりさせてごめんっけね。ギター担当の島田太陽です。中学生の頃は吹奏楽でパーカッションやってたから、そっちも多少は扱えます。よく聴くのは……最近は二十年くらい前の曲とか、洋楽ロックとか、あとはクラシックも多いかな。あまりジャンルにこだわりはないです。よろしくお願いします」

 先ほどとはうって変わって優しく穏やかな笑みを浮かべた彼に安心したのか、一年生たちの空気は一気に凪いだ。

 その和らいだ雰囲気の拍手の中で太陽がお辞儀をすると、今度はミチルが立ち上がった。

「菊川ミチル、二年生です。キーボードを担当しています。エレクトーンとバイオリンも少々嗜んでおりました。わたしも最近は2000年代の音楽をよく聴きますが、昭和のアイドルやニューミュージックも聴き始めたところです。よろしくお願いいたします」

 肩まで伸びたツインテールの先まで美しい所作でミチルが礼をすると、また拍手が起こる。

 ややあって、ぱちぱちと叩いていた手を止めてくるみは椅子から立つと、出来るだけ緑郎を視界に入れないようにしながらしゃべり始めた。


「えっと、……二年の牧之原くるみです。ボーカルとピアノと、それから、今はアコギの練習中です。好きなアーティストはいっぱいいるんですが、……Queenとビートルズと、セカオワとYOASOBIと、米津玄師をよく聴きます。あ、それから、最近は、ピアニストの『アデリーヌ・フォスター』も聴くようになりました」

 最後に出した名前に、視界の端で興津がかすかに反応したことに内心首をかしげながら、

「……よろしくお願いします」

 くるみは頭を下げた。


 拍手を受けながら座ったくるみの隣から、祐華がすっと立ち上がった。

「二年の藤枝祐華です。ベースを弾いています。他の楽器は弾けないんですが、最近エフェクターを買ったので、それで音色を変えて遊んでます。ええと……YOASOBIと、最近復活したんで、すっごく嬉しいんですが、倉橋ヨエコと、CoccoとSHISYAMOが好きで、あとは……このごろちょっとだけジャズと、それ繫がりでアシッド・ジャズもかじるようになりました。みなさん、よろしくお願いします」

 ふわふわした緩い癖のある髪を揺らして、彼女は頭を下げる。

(え、祐華ちゃん、ジャズなんて聴くようになったの? 知らなかったなあ……)

 拍手の中で背筋を伸ばして座った彼女の横顔を、意外な気持ちでくるみは見た。

(ひょっとして、お兄ちゃんが何か教えてるのかな?)

 兄の好きなイギリスの音楽に『アシッド・ジャズ』というジャンルがあったことを思い出し、くるみは二人の仲睦まじい様子を想像して顔をほころばせた。 


 祐華の後は一年生の自己紹介になる。

 隣にいた紗雪が立ち上がり、お辞儀をしてから口を開いた。

「……伊東紗雪です。隆玄の妹です。……中学校では、吹奏楽部でアルトサックスを担当していました。……去年から、ピアノを辞めた代わりにギターを弾き始めました。……最近は、70年代の曲を、よく聴いてるかもしれません。……よろしくお願いします……」

 翳の差した表情を変えることなくしゃべり終えると、紗雪はさっと頭を下げ、拍手を待たずに座ってしまった。

「70年代か、具体的には誰?」

 興津に質問されるとは思っていなかったのだろう、彼女は驚いた様子でそちらを見た。

「あ、えっと……あ、荒井由実さん、です」

「なるほど、ユーミンか。何か好きな曲はある?」

「……いえ、……あまり、意識はしてなくて……」

 何か引っかかるような言い方をしつつ、紗雪は口をつぐんだ。

 興津もそれ以上訊こうとはせず、

「……そうか、教えてくれてありがとう」

 そう言ってにこりと笑うと、彼女に拍手を贈った。


 拍手がおさまったことを確かめてから、敦哉が椅子から立って腰から体を折り曲げる。

「ええと、一年の舞阪敦哉です。小学生までピアノを弾いてて、中学は吹奏楽で、テナーサックスを吹いてました。……すみません、他に音楽経験がなくって、ギターとか全然弾けないです。あんまりロックとかも詳しくなくて……だめですか?」

 申し訳なさそうにそう言った敦哉に、

「大丈夫だよ、そこにいる菊川は、一年生の時はクラシック以外の音楽に触れたことはなかったからね。これから好きなアーティストやジャンルを見つければいい。吹奏楽で何か、印象に残った曲はあるかな?」

 一瞬、びっくりしてミチルを見た敦哉は、すぐに視線を興津に戻して答える。

「最後のコンクールで吹いた、自由曲の『ラメセスⅡ世』です。顧問の先生が高校の時にやった曲らしくて、すごく難しかったですけど、メロディがカッコよくて何回吹いても飽きませんでした。金賞は取れませんでしたけど」

 ふふっ、と敦哉が笑うと、興津もつられたように笑う。

「それは残念だったね。……舞阪も伊東も、市立第三中だったっけ?」

「はい」

「私が中学生の時の第三中は全国大会の常連だったな。うちの中学は毎年銀か銅だったから、羨ましかったよ」

「へえ……そんな時代があったんですね」

 素直に感心した敦哉との会話が長引きそうな気配に、興津はそこで話題を終えて、

「色々教えてくれてありがとう、それじゃあ、次の人」

 拍手をしながら彼の隣に目をやった。


「アッハイ」

 興津と目が合った凛子が、挙動不審な仕草で立ち上がる。

「い、い、一年二組の掛川凛子ですっ! ええええと、ちゅ、中学は演劇部におりましたっ! ぎっ、ギターをひいてますっ! 半年ですっ!! よ、よろしくおねがいしますっ!!!」

 先程滔々とアニメについて語った人物と同じに見えない様子に、その現場を目撃した全員が苦笑する。

「ははは、そんなに緊張しなくていいよ。好きな音楽のジャンルや、アーティストは何かな?」

 にこやかに興津に問われ、凛子は興奮で頬を上気させながら話し始める。

「はっ、はいっ! 自分『ハルモニア・クインテット』聴いて音楽はじめましたっ!!」

「なんだ、アニソンかよ、だっさ。ただのオタクじゃん」

 先程太陽に叱られた不機嫌さのまま、馬鹿にするような口調で緑郎が横槍を入れる。

「こら、未角」

 興津は間髪入れずに緑郎を叱り、また凛子を見る。

「……ええと、そういうタイトルのアニメかな?」

「あー、先生アニメ見ないから知らないっすよね。去年流行った異世界もののアニメに出てくるバンドっすよ。声優さんがユニット組んで、実際に何曲かリリースしてるんす」

 少し困惑する興津に、隆玄が注釈をつける。

「アニソンも立派な音楽のジャンルの一つだぞ、馬鹿にするな、未角」

 傷ついた様子でしょんぼりと立ち尽くしている凛子をかばうように太陽が睨むと、緑郎は肩をすくめて目を逸らす。

「島田の言う通りだ。音楽に優劣をつけるんじゃない。次からはもう言わないようにな」

 太陽の視線から逃れた先でも興津に睨まれ、緑郎は面白くなさそうに天井を見上げた。

 興津は困った顔で緑郎を一瞥してから、再び凛子を見る。

「……申し訳ない、私は最近のアニメを見ないからそっちには疎くてね。昔のものなら多少は分かるんだけど……他には何が好きかな?」

「あ、はい、えっと、ゲーム音楽とか、ボカロとか……」

「やっぱオタクじゃん」

「未角」

 再び横にいた興津にびしりと叱られ、緑郎はあからさまにへそを曲げたようだった。


(うわあ……ほんっと嫌い、この子。伯父さんが声優だってこと、絶対言わないようにしよ)

 ひどく不愉快な気分を小さなため息にして吐き出すと、くるみは完全に勢いを失った凛子を見上げ、どうにか彼女をフォローしようと試み、笑顔で彼女に話しかけた。


「……凛子ちゃん、さっきすごく上手だったよね、ギター」

「そうよね、わたしびっくりしちゃったっけ」

 隣で祐華もくるみに同調する。

「素晴らしいギターソロでしたね」

「半年であれだけ弾ければ大したもんだよ」

「好きこそものの上手なれ、だねぇ」

 上級生全員に褒められた凛子はぱっと顔を輝かせ、

「いえ、それほどでも……ありがとうございます……」

 限りなく素の彼女に近いであろうリアクションで、目いっぱいに照れた。

「そうか、じゃあ後でぜひ聴かせてほしいな。楽しみにしてるよ」

「はい! よろしくお願いします!」

 ポニーテールを揺らして、凛子は勢いよく頭を下げる。

 ふてくされた緑郎以外の人間がみな拍手をし、その音が止んだ後、隣に座っていたソフィアが立ってしゃべり始めた。


「ソフィア・ペレイラ・松崎です。ママがブラジル出身で、イベントとかでサンバ踊ってたから、ちっちゃい頃からタンボリンやガンザが家にあったもんで、おもちゃにして遊んでました。中学入ってからは吹奏楽で打楽器やって、三年生はほとんどドラムだけ叩いてました」

「やったー! 俺の後釜が来たぁ! これで安心して卒業できる!」

 両手を上げて大袈裟に喜んだ隆玄に、どっとその場が湧く。

「アハハ、それはよかった。……アタシもアニソン好きでよく聴きます。YOASOBIも米津玄師も好きだし、パパがよく聴いてるから、アタシも一緒に昔の日本のバンドの曲を聴いたりもします。よろしくお願いします」

 シニヨンの頭をひょい、と軽く下げて、ソフィアは椅子に座ろうとする。

「大体どの年代のバンドかな?」

 興津の声に彼女はもう一度、凹凸の激しい体躯を伸ばした。

「あ、そうですね……だいたい昭和の終わりから平成初期のが多いと思います。パパが『イカ天』見てたみたいなんで、そのへんですかね。だから、新入生歓迎会で『にちようび』を聴いたときに、これはもう入るしかない! って思いました」

「そうだったのか。選曲してラッキーだったな、伊東」

「やったっす!」

 思い切りガッツポーズをして喜んだ隆玄を見て、またみんなが笑った。

「じゃあ、そんな感じで、よろしくお願いします」

 ソフィアはそう言いながら拍手を浴びつつもう一度頭を下げ、顔を上げると、何故かくるみと目を合わせてにっこりと人懐こい笑みを浮かべる。

 その笑顔に同じように微笑み返しながら、

(いい子だなあ、いかにもムードメーカーって感じ。それにしても、スタイルいいなあ……)

 彼女と比べるとボリュームの少ない自分の身体が悲しくなって、くるみは思わず興津を見る。

 当たり前といえば当たり前だが、彼が特段何も反応している様子がないことに、彼女はほっと胸をなでおろした。


 拍手の後、興津の隣に座らされていた緑郎が、ぶすっとしたまま席を立つ。

(……うああ、聞きたくないなあ、この子の自己紹介。でも、耳をふさぐなんてこともできないし、頑張って聞き流そう……)

 せめてその姿を目の中に入れまいと、くるみは目線を床に固定した。


「未角緑郎です。ずっとサッカーやってました。……特に好きな音楽はないです。あんま聴かないんで。リコーダーは吹けます。よろしくお願いします」

「ああ、ちょっと待ちなさい、やりたい楽器はあるかな?」

 簡単すぎる自己紹介を終えようとした緑郎を、興津が制止した。

「……なんかやらないとダメっすか」

「そりゃまあ、そのための軽音楽部なんだから……」

 心底面倒くさそうに答えた緑郎に、興津が呆れを隠さない声色で答える。

「マネージャーはいないんですか」

「運動部じゃないんだから、そんなものはないよ。うちは全員、なにがしかの形で演奏や音作りや、ステージには参加してもらうからね」

 はあ、と聞こえよがしにため息をついた緑郎の態度に、立ち上がろうとした太陽が隆玄に制されているのが、くるみの視界の端に入った。

「声に自信があるならボーカルでもいいが、どうかな?」

「いや、俺中学まで音楽の成績2だったんで。歌は嫌いっす」

 当然という口調で言い返されて、興津の眉が少しだけつり上がる。

「じゃあ、せめてなにか楽器を演奏しよう。学校で貸し出せるものはキーボードとクラシックギターと、ここにあるドラムセットくらいしかないけれど、それ以外のものがやりたいなら、自分で用意できるものを来週中に持ってきてもらえるかな?」

「え、金かかるんすか?」

「申し訳ないが、うちの部費はほとんど楽譜代と、アンプみたいな共用品の維持費に回ってしまっているんで、部持ちの楽器がないんだよ。それに、家で練習することも必要になってくるから、できれば自前で一つは持っていてほしい。安いものでいいから、ちゃんとしたメーカーの新品をね。駅ビルに大きな楽器屋があるから、そこで実物を見て選んでくるといい。通販にするなら、怪しい海外のサイトやフリマアプリじゃなくて、メーカーの公式ページから買うようにね」

「めんどくせえ……まあ、いいっすけど。金なら親父に言えばぜんぜん出してもらえるんで」

 何故か自慢げにそう言って、緑郎は不遜に笑った。


(うああああ、めっちゃくちゃムカつく―――――――!!!)

 頭の中で地団駄を踏みながら、くるみはどうにか黙って二人のやり取りを聞いた。

(祐華ちゃんが言ってたとおり、この子本当にわたしだけが目当てだったんだ……いやホント、せめて嘘でもいいから、何がやりたいとか、何が好きとか言えばいいのに……)

 せっかくソフィアが明るくしてくれた空気がまた淀んだ気がして、くるみは肩を落とす。

(こんな子とこれから二年も同じ部室にいるのか……やだなあ……)

 先程の不快なアプローチを思い出して、彼女はうんざりとした気分のまま、緑郎から目の焦点をずらして顔を上げる。

(先生だっていろいろ提案してるのに、いちいち突っかかる言い返し方して、すごく嫌な感じ。……楽器、ちゃんと用意してくるかなあ……)

 本当なら怒鳴りたいだろう気持ちを抑え込んでいる表情の興津を見て、くるみは彼の荒れ狂う心中を思いやった。


「……ああ、そうだ」

 自分でも気持ちを切り替えようと思ったのだろうか、興津は緑郎から目線を外して敦哉の方を向いた。

「舞阪、君のやりたい楽器を訊いてなかったね。なにか希望はあるかな?」

「え、僕ですか?」

 言われてその事に気がついた、という顔をして、敦哉は興津に向けて姿勢を正した。

「……あの、まだもう少しだけ、考えさせてもらってもいいですか? ギターとベース、どっちにするか迷ってて……」

「なるほどね。……楽しいよ、ベース」

「先生、勧誘が露骨ですよ」

 太陽の一言に、興津はいたずらっぽく笑って肩をすくめた。

「バレたか」

「どうせこのあと自己紹介でバレますよ」

「それもそうだな。……じゃあ、私も簡単に自己紹介するか」

 興津はそう言って立ち上がると、

「顧問の興津大地です」

 いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。

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