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第32話

(なんなのあの男、最っ低!!!)

 音楽室に向かいながら、興津に人前で恥をかかされたことに、巴はひどく腹を立てていた。

(しかも、黙ってぶたれてくれたら少しは格好がついたのに、何でかわすのよ!!!)

 今まで出会った男に失望したときと同じように今回も平手打ちしようとしたのに、彼がさっと後退って見事に避けたのも、輪をかけて恥ずかしかった。

(おまけに周りの先生たちまで、なんで私が悪いみたいな空気になってるわけ!?ロックなんかわかんないんだから、ビートルズなんて知らなくたって当たり前でしょ!?)

 ロックやニューミュージックを「不良の音楽だ」と切り捨てる両親のもとで育ち、小さなころからすべて必要ないと思って素直に忌避しながら生きてきた巴にとって、自分が知らないものを「知っていて当たり前」という前提で話をされたことは筆舌に尽くしがたいほどの怒りを呼ぶものであり、そしてその苛立ちはまるで苦手な酒を飲まされた時のように、むかむかと胃を荒らしていた。

(そうよ、別に知らなくたっていいのよ、それで仕事だって今までやってこれたんだから。私はこれでいいの。これが私。……)

 そこまで考えて、彼女は足を止める。


 ――「せんせー、英語の歌なんて歌えないですよ」――

 一年生の弾き語りの授業で聞いた生徒の不安そうな声が、不意に脳裏によみがえった。


「……私、なんかおかしい……?」

 フューシャピンクの唇から、ぽつりと言葉が漏れる。


 あの場にいた生徒の半分以上は『スタンド・バイ・ミー』を意識的に聴いたことがなかっただろうし、大多数は自分が弾き語りをすることになるなどとは思っていなかったはずだ。

 生徒が今まで興味を持たなかったものを与え、教え、その世界と可能性を広げること。それが自分の仕事であり、教師としてのひとつの使命だ。

 なのにどうして、自分は未知のものを切り捨て、平然とそれで生徒にものを教えられるのか。それは、教師として正しいことなのだろうか。自分はいったい、音楽を通じて生徒に何を教えようとしているのか。

 何より、知らないことを知らないままでいるということは、そして知っているふりをすることは――

(……私、どうして音楽教師やってるんだろう? なんでこの仕事に就こうと思った?)

 巴はしばらくの間、まばたきさえも忘れて、その場に立ち尽くした。


(……組分け小テストまで、あと三日か……)

 祐華と共に無事にホームルーム開始ぎりぎりで教室に滑り込み、担任の安倍が種々の連絡をする声を聴きながら、くるみは押し寄せる不安と戦っていた。

 ここ十日の間に部活で行われた隆玄の解りやすいレクチャーと、祐華たち四人が用意してくれた四冊の単語帳のおかげで、底力がついたという手ごたえはある。

(でも、実際に試験を受けて見ないと、実力はわからないよね……)

 問題はどのクラスも共通のため、はっきりと結果は出るだろう。たとえ付け焼刃であってもどうにか一番下のクラスだけは回避したい。しかし、

(それで駄目だったら、どうやって古和土先生から逃げたらいいのかな……怖いな……)

 ひどい焦燥感と恐怖に胸が詰まって、思わず大きなため息をつく。

「牧之原さん、どうかしましたか?」

 安倍がそれを聞きとがめて、壇上からくるみに声をかける。

「ふえっ!? あ、いえ、な、なんでもないです……」

「……随分大きなため息でしたね。悩みがあるなら、遠慮しないで私や保健の朝比奈先生に相談してくださいね」

「あはは、……はい、すみません……」

 周りの子たちのくすくす笑う声に、くるみは身体を縮めて小さくなった。


「なんか、朝から疲れちゃったね……」

「ほんと。大井先生が助けてくれなかったら、どうなってたかわからないわね」

 三時間目の体育の合同授業中、二組と三組のバスケットの試合を眺めながら、補欠扱いのくるみと祐華は壁際に座って、コートの中を縦横無尽に駆け回るミチルの小柄な姿を目で追っていた。

「ていうかさ、最初から古和土先生、変なんだよね。お父さんとお母さんのことみんなにバラすって、どうかしてるとしか思えない。普通は生徒のプライベートなんて勝手に明かさないでしょ?」

「ひどかったわよね、あれ。くるみちゃんが迷惑するってこん、考えられなかったのかしら」

 二人で入学当時を思い出して、げんなりする。

「やだなあ……今日はこのあと、英語の授業ないからまだいいけど、週明けはテストか……」

「大丈夫。絶対やったことは無駄にならないから。ベストを尽くしましょ、くるみちゃん」

「うん……」

 今から不安と緊張で身体が固まるような気がして、くるみは膝を抱えて身じろぎする。


 と、その時、くるみの隣に誰かが座り、こちらを見た。

「……牧之原さん、藤枝さん」

 そう二人に声をかけてきたのは、麗だった。

「?……清水さん……」

「ひさしぶり。定演の打ち上げ以来、だよね」

 笑顔で声をかけるが、麗の表情はひどく沈んでいる。

「……どうしたの? ケガとか、具合が悪いとかじゃないわよね?」

 心配する祐華に麗は首を横に振ると、思いつめた表情で二人を見た。

「あの、……どうしたらいいのか、わからないの。助けて欲しくって……」

「えっ……」

 突然の申し出に、二人はただただ困惑した。


 昼休み、いつもの屋上に続く階段で、くるみたちは麗と一緒にいた。

「いったいどうしたの?」

「まさか、吹奏楽部でいじめられたりとか……」

 くるみの言葉にかすかに麗は肩を震わせるが、すぐに諦め顔で笑う。

「……それはもう、しょんないこんだから。相談したいのはそんなのじゃなくて、別の話」

「いえ、それは『そんなの』ではなくて、とても重要ですよ、清水さん……」

 自虐的な言葉を静かにたしなめたミチルを尻目に、麗は思い切ったように口を開いた。


「あの……隆玄先輩と、どうやってこの先、接したらいいのか、全然わからなくって……」


 くるみたちが顔を見合わせたのを見て、麗は言葉を続ける。

「……どっから話そうかな。その……隆玄先輩の家って、あの伊東医院でしょう? 結構大きな病院。前に診断書作ってもらったとき、なんだか住む世界が違いすぎて、驚いちゃって……」

 麗の手は、膝の上でぎゅっと握られる。

「……うち、けっこう貧乏なんだ。ちっちゃい頃に父親が出ていっちゃって、そのまま行方不明になって、お母さん、すごく無理して働いて、わたしとお姉ちゃんを育ててくれた。でも、その無理がたたって、わたしが中二の時に、病気で死んじゃって……それからずっと、お姉ちゃんが働いて生活費稼いで暮らしてる。……わたし、中学の先生に、ここは進学実績と吹奏楽が凄いからって勧められて、言われるまんま受験したら運よく特待枠で受かったから、思い切って、本当は行くはずだった公立蹴って、今は奨学金もらって通ってるんだ」

 黙ってしまったくるみたちに、麗はゆっくりと、静かに語り続ける。

「あのさ。……あんまり言いたくないんだけど、この学校って私立だから、やっぱりお金持ちの子ばっかりでしょ? みんな、何か欲しいものがあればすぐに買ってもらえるし、学校帰りにはカラオケやカフェに寄ったり、休みの日は遊園地に行ったりできる。……でも、うちは、そんな余裕ないんだ。学費は免除になっても、積立金はあるし、いつも生活費カツカツで、お姉ちゃんのお給料だけじゃ、とてもじゃないけどみんなと同じくらいお小遣いなんてもらえないし、新しい服も買えない。……本当はわたし、バイトしたいんだけど、そしたら奨学金も特待も打ち切られるから、そんなことも出来ない……今、ここに来たこと、すごく後悔してる」

 涙も流さずに、麗は淡々と喋る。

「入学したての頃、帰りに遊びに行こうって誘われたけど、お金がないから断ったんだ。そしたら、『特待生だからってお高く留まりやがって』みたいなこと言われて、それきりクラスの誰も、口きいてくれない。……部活も、本当は、あの事件の前からずっとひとりぼっちで、なんでここにいるんだ、みたいな顔されることばかりで……だから、隆玄先輩があの日、話しかけてくれて、……すごく嬉しくて……」

 ぷつりと何かが切れたように、麗の丸い目からぽろぽろと大粒の雫が落ちて、彼女のスカートを濡らす。

「先輩がいなかったら、部活どころか、この学校にいることもなかったかもしれない。あの日、本当に吹奏楽部辞めて、退学して働いたほうがいいんじゃないかって思ってた。けど、先輩がいるから、だからもうちょっとだけここにいようって決めて、部活も辞めずに頑張ろうって……だけど、先輩がわたしに構うたびに、ああ、この人と自分は釣り合わないって、すごく引け目感じちゃって、悲しくなって、どうしても冷たい態度取っちゃって……それで、この間個チャで、言われたことで、もう、なんて返事したらいいか、わかんなくなっちゃって……」

 涙を拭おうとしない麗の隣にくるみは腰掛け直すと、ポケットからハンカチを出して彼女の頬を拭く。

「……っ、ごめん、……」

「謝らなくていいよ。ねえ、隆玄先輩になんて言われたの?」

「……【吹奏楽部にいづらいんだったら、軽音楽部に転部したら?】って……」

「……え、どうしてそれが……」

「だって、楽器なんて買えるわけないじゃない!!」

 麗の慟哭が、廊下に響いた。

「出来るんならそうしたいよ……ダメ金になったの、わたしのせいだってずっと陰で言われて、みんなうわべだけ仲良くって、あんなとこ一日だって早く辞めちゃいたいって思うよ……だから、ネットで調べたの。クラリネット、いくらだったら買えるのか。……でも全部、たとえ中古でも、うちじゃとても買えない値段で、おまけにリードだって、消耗品なのに、いいもの使わないと、ぜんぜんいい音は出ないし、……だったら、今なんとか部費とリード代が出せてる吹奏楽部で、クラ吹くしかないから……音楽はやめたくない……でも、続けていく選択肢が、他にない……」

 しゃくりあげながら、麗は凝っていた胸の内を吐き出し続ける。

「……それに、先輩に悪気がないっていうのはわかってるし、わたしもそんなつもりないけど、一緒にいるだけで、最近は、お金目当てだとか、そういうこと、陰でいろいろ言われるようになって……もしも先輩が、わたしのせいでそんなこと言われてるって知ったら、いったいなんて思うかって考えると、悲しくって……もう、どうしたらいいか、わかんない……」

 深い絶望を隠さない麗の言葉に、三人は何も言えなかった。


(……わかってたつもりだったけど、わたし、わかってなかった。お父さんに「授業で必要だし、部活で使うから」って言ったら、すぐにギターを買ってもらえた。でも、……それはすごく恵まれたことで、……わたしは自分のこと、ちゃんと見えてなかったんだ)

 くるみは自分の至らなさに、唇を噛んだ。

(こんなこと、テレビやニュースの中だけだと思ってた。でも、目の前に、本当に苦しい生活をしてる人がいる。それが足かせや負い目になって、傷つけられてしまった人がいる。……けれど、ここでわたしがお金を出してみたって、きっとそれは正解じゃない。わたしは、どうしたらいいんだろう)

 嗚咽を抑えられずにいる麗の背中を、くるみはただ、黙って撫でた。


「……あの、清水さん、……ごめんね」

 祐華が沈黙を破る。

「なんて言ったらいいのか、すごく難しいんだけど……清水さんが隆玄先輩と釣り合わないなんて、絶対そんなことないと思うの。……ねえ、隆玄先輩に今の話、したことある?」

 麗が首を横に振ると、祐華はその先を続けた。

「先輩、知ってたら絶対にそんなこと言わないわ。相手の境遇とか立場とか、心の中とか、そういうのすごくよく考えてものをいう人だから。清水さんのお家のこと知ってたら、たぶんもっと、違う形で、違う話になってたんじゃないかって思うわ」

「……そうですね。それに、部活やクラスでのことや、クラリネットを買いたいというお話、お姉様にはご相談されたんですか?」

「……言えるわけないでしょ……」

 恨めしそうにミチルを見遣る麗に、彼女は凛と彼女を見据えて答える。

「それでもやっぱり、お話するべきだとわたしは思います。まず、買う買わないではなくて、清水さんが今、この学校にいることで、辛い思いをされているということを。……この間のご様子では、お姉様はそれをご存じないようにお見受けしました。もっとお話をされるべきです」

 ミチルの言葉に、麗は再びうつむいた。


 くるみも思いつくままに、麗に話しかける。

「……ねえ、……麗ちゃん。隆玄先輩からの個チャ、全部読んだ?……ときどき先輩、『まだ既読つかない』って言ってるけど、わざと読まずに放置してるってことないよね?」

「……」

 麗はその問いを、くるみから顔を逸らしたことで認めた。

「やっぱり……だめだよ、好きな人からの大事な言葉なんだから。まずは意地張らないで、ちゃんと全部受け止めて、自分の気持ちも返してあげなくちゃ。先輩、きっと寂しがってるよ」

 隆玄が麗を見るときの嬉しそうな顔を思い出して、くるみは彼女の背中をぽん、と叩いた。


 くるみに促されて決心したのか、麗はポケットからスマートフォンを出し、画面をアンロックする。

「十件!?……え、これ、何日くらいほっといてあるの!?」

 アプリの右上の通知の件数に、くるみは思わず声を上げる。

「……三日くらい、かな」

「だめだめ、今すぐ見て!!」

 そう言うとくるみは麗から少し離れ、祐華とミチルと顔を見合わせて笑う。


 麗はおそるおそる、アプリをタップして隆玄とのチャット画面を開く。

 ぽぽぽん、と連続して送られてきたメッセージを巻き戻して、ひとつひとつ読む。


【昨日はごめんね 気軽に転部したらなんて言って】

【吹奏楽応援してるからね 来年こそ全国大会だ】

『お前ならできる』という太い字が入った、ごついアニメキャラのスタンプが挟まっていて、思わず彼女の頬は緩む。


【うちのねこ】

 短いメッセージの後に、ソファの上で寝そべるハチワレとサバトラ、そして三毛にキジトラと、四匹の猫が映った画像が送られている。

【かわいいでしょ こんどモフりにおいで】

 電子ドラムの椅子の上に乗ったサバトラの脱力した姿が添えられている。

 隆玄なりに話題を探したのだろう。猫を撮影している彼の姿を想像して、麗は小さく笑った。


 写真をスクロールすると、昨日の朝の日付が目に入る。


【読んでるー?】


 ただ一言、それだけのメッセージに、隆玄の不安な気持ちが詰め込まれているようで、不意に麗の胸はずきん、と痛む。


【なんかやなことあった? また部室においでよ 待ってるから】

 その日の夕方に送られていた言葉がまた胸を刺す。

 きっと本当に、彼は待っていたのだろう。

 そう思うと、心の中の彼の後ろ姿が、なぜかとても小さく感じられた。


 いちばん新しいメッセージを読む。

【何でも話してね 俺はずっと麗ちゃんの味方だから】


 隆玄の大きな手が頭をぐしゃぐしゃと撫でたような気がして、新しい涙が目の端から滲む。

 麗はスマートフォンを握りしめたまま、声を殺して泣き始めた。


「……隆玄先輩、六組だったよね」

 くるみは立ち上がって、スカートをはらう。

「待ってて、呼んでくるから」

 驚いた麗が顔を上げたときには、くるみはすでに階段を駆け下り始めていた。


 二年生の教室がある廊下を、くるみは人にぶつかりそうになりながら全速力で駆けた。

(今ならきっと、先輩と麗ちゃん、何も隠し事しないで話ができる)

 麗の家庭の事情を知ったところで、自分にそれをどうにかできるわけではない。

 それでも、くるみは何とかして、彼女に自分が出来ることをしたかった。

(わたしたちに吐き出さないといられないくらい、麗ちゃんは隆玄先輩のことが好きで、どうしようもなかったんだ。だめだよ、こんな大きな気持ち、わたしたちが受け取っちゃいけない。このままじゃ何も解決しない、ちゃんと先輩が受け止めないと。お節介でもいい。わたしは、二人に幸せになって欲しい)

 六組の教室の前でぎゅっと足のブレーキを踏み、祈るような気持ちでくるみは中を覗く。

「あれ、くるみちゃん。どうしたの、こんなとこまで来て」

 はたして、窓際の席で友人たちと一緒に机に腰掛け、話をしていた隆玄と目が合う。

 説明するのももどかしくなって、くるみは教室の中につかつかと入ると、彼の手を掴んでそのまま走り出す。

「うわ、ちょっと待って!なに!?俺なんかした!?」

 何かを勘違いしたであろう男子生徒の冷やかしの声が追いかけてくるのを背中で感じながら、彼女はなおも転びそうになる隆玄の手を引いて走った。

「おい、くるみちゃん、待って待って、俺自力で走るから!手ぇ離してって!」

 その声を無視して、二人の姿にざわつく廊下を一直線に走り抜けると、階段まで来たところでようやく隆玄の手を離し、くるみは一段飛ばしでそこを駆け上がる。

「なに!?なんか、ヤバいことでも、あったの!?てか、この先、屋上だけど、なにが……」

 息切れしつつ、隣を二段飛ばしで登ってきた隆玄の質問に答えないまま、屋上前の踊り場まで一気に上がりきった時、自分を追い抜いた彼がその先の言葉を飲み込んだのをくるみは見た。

「……麗ちゃん……」

 そこにいた少女の名を呼んで、隆玄は立ち尽くしている。

「……あの……」

 そう言って申し訳なさそうにうつむいた麗の背中を、祐華とミチルがそっと押す。

「……先輩、麗ちゃん、話が、あるって……」

 ぜえぜえと息をしながら、くるみも隆玄の背中を押した。

「麗ちゃん、がまんしちゃ、ダメだよ、気持ちは、ちゃんと、伝えなきゃ、後悔するよ……」

 そこまで喋った時に肺に限界が来て、くるみは鉄の味がする乾いた唾を飲み下しながら、膝に手を置いて下を向く。

「くるみちゃん、大丈夫?」

 祐華とミチルが慌ててくるみに駆け寄る。

 くるみはうなずきながら、呼吸のたびにひりひりと痛む胸を押さえた。

「……大丈夫、行こ。わたしたち、いたら、邪魔でしょ?」

 そう言って顔を上げると、彼女は大きく深呼吸をしてから、防火扉の前からこちらを見る二人に手を振り、階段を降り始めた。


「……あの、話って、何かな?」

 泣き腫らした目でうつむいている麗に、隆玄は歩み寄る。

「泣いてるの、俺のせい?……だったらごめんね。……」

 何も言わずに真っ正面から彼女に抱き着かれて、彼の言おうとした言葉は霧散する。

 ややあって、意を決した隆玄が麗の細い身体を抱きしめると、

「……先輩。……わたし、先輩のこと、好きです……」

 彼がずっと彼女の口から聞きたかった言葉が、誰もいない廊下に溶けていった。

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