ヤツの名は菊池
コロンさま主催『菊池祭り』参加作品です
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最前線を任されている俺たちは戦線を切り開くことを期待されているわけじゃなかった。
敵の戦力を確認するために送り込まれる、いわば『捨てゴマ』だ。
任命された途端に死が確定しているようなもんだったんだ。
俺たちは皆、死んでも誰も泣く者がいないようなロクデナシだ。だから、誰も表立って文句は言わなかった。
それでも心の奥ではきっとみんなが呪詛のことばを上層部に吐いていたに違いない。
『クソッタレ! 人の命をなんだと思ってやがる』
『俺たちは戦争の犬なんかじゃねェぞ!』
『絶対に生きて帰ってやる!』
「おい、みんな! 生きて帰んぞ!」と、一人だけ大声でそれを口に出すヤツがいた。
誰も口には出さないのはそれが夢物語だと知ってるからだ。
しかし、そいつは皆を励まし続けた。
「俺たちに家族はいない! 愛してくれるひとも、悲しんでくれるひともいない! だけどな! 未来がある! これから大事なものを作っていける、未来があるんだ!」
それを聞いて、誰もが白けた顔をしてた。
「夢みてぇなこと言うな」
「出来てりゃとっくに出来てるよ」
「イエローは無邪気でいいよな」
東洋人だった。
俺のような黒人、ユダヤ、ラテン、アラブ、そしてそいつのようなモンゴロイドばかりで編成された俺たち第一部隊はニュースにでもなりゃ世界に人種差別問題を提起することになるだろう。しかし俺らがニュースに取り上げられることはけっしてない。ひっそりと、歴史の陰に隠されて死んでいくんだ。
飛び交う銃弾の中を、俺たちは進軍し続けた。
本隊はずっと俺たちの後ろに隠れ、機会を狙ってやがる。俺たちの見張りも兼ねている。
一人、一人と、また死んでいく。
生きた証も人間の証明も何もない。戦場にただ血と肉をぶちまけて消えていく。
「諦めるな! 生きて帰るんだ!」
皆に激励の言葉を投げながら、同時にそいつは一番先頭を駆けていった。
不思議と、そいつに銃弾は当たらなかった。
神にでも守られているかのようだった。
無我夢中で、周りを見渡す余裕もなく部隊を進めているうち、いつの間にかそれが前方に見えてきた。
敵の兵舎だ。
司令官らしきやつの姿がテントの中に見える。
東洋人のあいつに鼓舞されて、いつの間にか俺たちは馬鹿力を発揮していたらしい。
目的地へ辿り着いた。
道を切り開き、本隊をそこへ無傷のまま案内したのだった。
俺の肩を後ろから軽く叩く手があった。
「よし、よくやった! 凄いぞ、おまえら! ここからは我ら本隊に任せて下がっていいぞ」
クソッタレが。
てめぇらのために道を切り開いたんじゃねェよ。
生き残ったのは7人だった。
最初は500人いたのがたった7人になっちまった。
まぁ、元々は全滅する予定だったんだ。上出来だよな。
生き残ったうちの5人は抱き合い、喜びを分かち合って泣いていた。
俺はヤツのところへ歩いていった。例の東洋人だ。
「おまえのお陰だ」
そいつと握手を交わした。
「名前を教えてくれ」
「菊池だ」
つるんとした笑顔で、そいつは言った。
「さぁ、帰って未来を創ろう、兄弟」
= = = =
あれから約50年が経った。
生き残った他の5人がどうなったかは知らない。戦争によるPTSDでひきこもりになったヤツもいるのかもしれない。
しかし俺は未来を切り開いた。作家となり、あの戦争の記録を白日の下に晒してやった。
これはあの菊池がくれた未来だ。俺はあれから何事も諦めずに続けていれば輝く未来が来るものと信じて生きてきた。その力は菊池が俺にくれたものだ。
「おじいちゃーん」
可愛い孫が3人、はるばるニューヨークから遊びに来てくれた。こんなトウモロコシ畑しかないようなアイオワ州の田舎にだ。俺に会うためだけに来てくれる。
娘も、夫のレジーも、俺に会えて嬉しそうだ。
この家族を俺にくれたのも、やはり菊池なんだ。
ヤツの名は菊池だ。それしか知らない。
ヤツが今どうしているのかも、生きているのかさえもわからない。
だが、ヤツの名は俺の中で生き続ける。
そして世界中の人々の心の中でも生き続けるのだ。
俺が書いたベストセラーのノンフィクション小説『ヤツの名は菊池』──その中で。