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京都市内というのはほとんどの道路が一方通行なので、城戸口杏奈の家へと向かうのは――少し面倒である。一方通行に従いつつ、日産リーフは上京区へと向かっていく。所要時間、およそ15分程度。
上京区は晴明神社がある場所なので、陰陽師とは切っても切れない存在である。城戸口杏奈がこういう場所に家を買うというのは、なんだか彼女らしい。
「ホラ、着いたわよ?」
城戸口杏奈がそう言うと、目の前には――築150年はくだらない古民家があった。当然、表札には「城戸口」と書いてある。
「ここが杏奈の家なのか」
僕がそう尋ねると、彼女は「当然だ」という口調で答えた。曰く「古民家暮らしに憧れていた」とのことであり、アトリエ兼住居として使っているらしい。
そもそもの話、城戸口杏奈という人物は――僕と同じく立志館大学の理工学部を専攻しているので、目指すべき職業はそういう系統の職業である。彼女は元々京都市内に住んでいた関係なのか、当然ながら地元での就職を目指していた。その結果、就活において地元でも有数の総合電機メーカーである「都セラミクス」――通称「都セラ」への就職を早いフェーズで勝ち取った。それも、僕が就活に苦戦している最中だったので、正直言って彼女に対して嫉妬したこともあった。けれども、立志館大学から都セラに就職するというのは「勝ち組の証」なので――僕は彼女の内定を祝った。
しかし、彼女の話を聞くと――「仕事以外でやりたいことを見つけた」ということで、1年前に都セラを退社。現在ではプロの漫画家を目指すべくこの家――というかアトリエで日々鍛錬しているとのことだった。それにしても、なぜ地元でも有数の大企業を辞めてまで漫画家を目指すのか?
アイスコーヒーを淹れながら、彼女は都セラ退職の経緯を詳しく教えてくれた。
「うーん、何ていうんだろう? 都セラって、矢っ張り大企業であるが故に派閥も色々あってさ。アタシはそれがしんどかったのよ。だから、去年思い切って退職してやったの。お陰様で、今は漫画家としてそれなりにやってるわよ?」
「なるほど。――確かに、今はパソコンとタブレットさえあれば漫画は描けるからな」
アトリエには、リンゴマークのデスクトップパソコンとタブレット端末が置かれている。恐らく、コレで漫画を描いているのだろう。漫画のジャンルは――伝奇バトルモノだろうか。僕の目にはそういう風に見えた。
パソコンのモニタを見つつ、僕は城戸口杏奈に質問をした。
「それで、この漫画は実際に商業で出しているのか?」
僕がそう言うと、彼女は――少し自信無さげに答えた。
「うーん、矢っ張り商業で出すべきなのかなぁ。一応、同人では出してるんだけど」
「同人か。――売れ行きはどうなんだ?」
「それなりよ。でも、都セラでの年収から比べると少ないわよ? というか、都セラで貰いすぎてただけなんだろうけど」
「それはそうだろう。――要するに、商業で出しあぐねているんだな」
「そうよ。大手出版会社に自らオファーは出してるけど、矢っ張り現実は厳しいのよね。――小説家は良いわね、気楽で」
城戸口杏奈の目から見ると、僕は気楽そうに見えるのか。――僕は反論した。
「全然気楽じゃない。気楽だったら、ネタが尽きた挙げ句自傷行為に走るなんてことはしない」
「あら? 機嫌を損ねたかしら?」
「そんなことはない。ただ――僕は京極夏彦を目指していたけど、現実は上手くいっていないだけだ」
僕がそう言うと、彼女は同情してくれた。
「まあ、それがクリエイターの宿命よね。――絢ちゃんに相談してよかったかもしれないわ」
クリエイター特有のお悩み相談に乗っているところで――藤崎沙織が声をかけてきた。
「それよりも、例の事件について整理した方が良くないかしら?」
「ああ、そうだった。――事件現場は四条通の髙島屋周辺。男性は背中をバツマーク状に斬られていた。凶器として使われたモノは恐らく日本刀。――今のところ、事件に関する情報はこんな感じか」
どうやら、城戸口杏奈は――この事件に対して興味津々らしい。
「こんな事言うのも不謹慎かもしれないけど、なんだか面白そうだわね。仮に私が犯人なら――凶器として使うのは、矢っ張り三日月宗近かしら?」
いくら妄想といえども、それはやりすぎだろう。僕はそう思った。
「――そんな代物、どうやって持ち出すんだ?」
僕の質問に対して、城戸口杏奈は答えていく。
「簡単よ? ――博物館から、展示品を盗み出すのよ」
ああ、そうか。博物館で刀剣展が開催されているのなら、ソレを盗み出して――凶器として使用する。そして、使用済みの凶器は――指紋と血液を洗浄した上で、こっそりと博物館に戻す。確かに、これなら人知れず事件を起こすことが可能だ。そうなると、事件の容疑者は博物館の関係者なのか?
いや、それは考えすぎか。いくら刀剣に精通しているといっても、そんな簡単に持ち出すことはできない。それに、現在博物館で展示されているモノは三日月宗近と大典太光世なので――ガチの国宝である。そんな代物を凶器として使うほうが間違っているか。この考えは一旦捨てることにしよう。
事件の凶器が盗品という考えを捨てたところで、僕は――スマホであることを調べていた。それは「日本における刀剣所持の許可」である。当たり前の話だけど、普通に刀剣を持っていたら――「銃刀法違反」で処罰される。つまり、刀剣を所持するためには各都道府県の教育委員会から「銃砲刀剣種登録証」を発行してもらう必要があるのだ。当然の話だが、登録証に対する審査は厳しい。少しでも不正をしようものなら、その時点で――銃刀法違反となる。
京都市内というのは、その土地柄――「蔵の中から古い刀剣が見つかった」というのがザラであり、教育委員会への相談が相次いで寄せられている。教育委員会へ届出を出さずにそのまま隠し持っていると――銃刀法違反である。
そういう事例を防ぐためにも、「銃砲刀剣類登録証」というものはとても重要なのだ。それは、どんな「なまくら刀」でも同じである。
――こんなところか。スマホだと、限界がある。
スマホの時計を見ると、午後7時を過ぎようとしていた。事件発生時刻が午後4時過ぎだとしたら、3時間が経過したことになるのか。――依然、手掛かりは掴めないのだけれど。
*
気を利かせてくれたのか、城戸口杏奈がピザのデリバリーを頼んでくれた。ピザのトッピングはテリヤキチキンとクアトロチーズのハーフハーフであり、サイドメニューにフライドチキンとコーラが付いていた。
ピザを食べつつ、城戸口杏奈は話をする。
「あれから、何か手掛かりは掴めたのかしら?」
――掴める訳がないだろう。僕は否定した。
「掴めていない。ただ、スマホで『銃砲刀剣類登録証』については調べた」
「なるほど。――そういえば、アタシの家じゃないんだけど、近所で『刀剣が見つかった』っていう話は聞いたことがあるわ」
「杏奈、それは本当なのか?」
「本当よ? それも、結構年代物というか――歴史的価値があるらしいのよね。なんでも刀派が『虎徹』とかそんな感じだったわ」
虎徹か。――確か、新選組の局長である近藤勇の愛刀も虎徹だったか。もっとも、虎徹は使い勝手の良さから贋作も多いので、一概に「本物の虎徹」とは言い切れないのだけれど。
当然ながら、虎徹に対して――藤崎沙織が食いつく。
「虎徹ねぇ。――それ、本物なの?」
彼女の疑問に対して、城戸口杏奈が答えていく。
「うーん、分からないわ。――でも、所有者と話をすることはできるわよ? 確か、名前は『中曽根哲史』と言ったかしら? とにかく、明日――連絡を取ってみましょう」
中曽根哲史か。――なんだか、胡散臭い名前だな。長曽祢虎徹自体が贋作だからそう思うのだろうか。
そんなことはともかく、仮に中曽根哲史という人物が例の事件の犯人だとしたら――呆気ない。というか、僕の出る幕ではない。
一応、城戸口杏奈の情報を基に軽くメモを取ったところ――中曽根哲史は上京区で古物商を営んでいるらしく、虎徹と思しき刀剣は在庫をストックするための蔵を整理している時に見つけたらしい。――古物商ということは、矢張り銃砲刀剣類登録証は提出済みだろう。
メモを取り終わったところで、城戸口杏奈は僕に話をした。
「まあ、ミステリ研究会のメンバーとして――この事件を解決することは意義があると思うのよね。アタシは色々あってミステリ研究会に所属してなかったけど、矢っ張りあの時のことは後悔してる。正直言って、大学時代は――就活のことばかり考えてて、それどころじゃなかったからね」
――矢張り、彼女は大学時代を後悔しているのか。
その後悔が衝動となり、彼女は大企業を退職して漫画家となった。――そうやって考えると、僕もクリエイターとして負けていられないな。
*
ピザを食べ終わったところで、僕は浴室を借りることになった。――この時期はシャワーで十分だろう。
シャワーを浴びていると、矢張り自傷行為の傷痕が気になる。この傷痕の分だけ、僕は苦しんでいるのだ。鏡は湯気で曇っているが、それでも腕の傷痕はくっきりと浮かび上がっている。
そういえば、件の連続毒殺事件以来――僕はドッペルゲンガーの幻覚を見ていない。あの時、僕は事件の犯人に胸部を刺されて、生死の境を彷徨った。そして、生死の境を彷徨う中で――僕は「心の中に眠っていたもう一人の自分」と向き合い、ソレを受け入れた。結果として、僕は心臓マッサージで蘇生して、こうやって生きている。
シャワーで鏡の曇りを取る。そこに映っているのは「僕」であり、華奢な体に無数の自傷行為の傷が付いているが、流石に人様の家で自傷行為をする訳にはいかない。そう思った僕は、自傷行為への衝動を抑えつつ、身体の汚れを洗い流した。
ルームウェアは「城戸口杏奈のお下がり」を借りることになった。とはいえ、僕の身長は152センチであり、城戸口杏奈の身長は160センチぐらいあるので――袖を通すと、少しだけ服がブカブカである。女子力が低い僕からしてみれば、城戸口杏奈のファッションセンスはもう少し見習うべきだろうか。鏡には、猫のイラストが入ったオレンジ色のTシャツが映っていた。
シャワーを浴び終わってアトリエに戻ると、城戸口杏奈は――相変わらず漫画を描いていた。「仕事の邪魔だ」と思いつつ、僕は彼女に声をかけた。
「――その漫画、読ませてくれ」
僕がそう言うと、彼女は――二つ返事で応えた。
「当然よ。――だって、絢ちゃんに読んでもらいたくて描いていたんだもの」
そう言って、彼女は――同人誌のコピー本を手渡してくれた。
「これ、処女作っていうか――同人デビュー作なのよ。同人誌って『漫画の二次創作』を指すことが多いけど、アタシは敢えて一次創作に拘ってたのよね。その結果が、コレなのよ」
表紙には『京都奇譚蒐集録』と書かれている。――イカしたタイトルだ。
漫画のあらすじとしては「安倍晴明の血を引く探偵が、京都で起こる数々の超常現象を解明していく」という話である。――少しだけ、京極夏彦の小説に引っ張られていないか?
コピー本は60ページ程度であり、1つの作品としての読み応えは十分だった。絵も上手いし、ストーリーも良くできていると思った。
読み終わったところで、僕は感想を述べた。
「とても面白い。――商業で出しても普通にイケると思う」
「あら、建前でモノを言ってる訳じゃないわよね?」
「僕が建前でモノを言うはずがないじゃないか。本音だ」
「絢ちゃんにそうやって言ってもらえるんだったら光栄よ。――あら、もうこんな時間じゃないの」
城戸口杏奈がそう言ったので、僕はスマホの時計を見た。――いつの間にか、日付変更線を越えようとしていたらしい。
彼女は話す。
「クリエイターたるもの、少しの夜ふかしぐらい見逃すべきなんだろうけどさ、アタシはそういうのが許せないというか――矢っ張り、お肌が気になるのよね」
ああ、そっちか。――僕は女性なのにそういうモノに対して無頓着だから、あまり考えたことがなかった。
彼女がそう言うのなら、僕も寝るべきだろうか。――一応、客室のようなモノはあるらしい。
客室に入ると、藤崎沙織がスヤスヤと眠っていた。
僕は、用意された布団――藤崎沙織が眠っている布団の隣の布団に入って、なんとなく彼女の手を握った。彼女が夢の中でどう思っているのかはさておき、僕は――現において孤独を感じていた。
*
夢は、その時の自分の精神状態を表すという。現在の僕の精神状態は――それなりに安定しているはずだった。
しかし、僕が夢で見た光景は――矢張り、安定していない時の光景――要するに、自分を模した幼いドッペルゲンガーがそこにいた。
ドッペルゲンガーは、あどけない口調で話す。
「ひさしぶりだね、『ぼく』」
「ああ、あの時以来か。確か――連続毒殺事件を解決して、すべての尻拭いを終えた時だったな」
「そうね。あのとき、わたしは『ぼく』にたいして『はだかのままのじぶん』をさらけだした。それはおとなになった『わたし』のすがただった」
――そうなのか。僕が幻覚として見ているドッペルゲンガーは、子供の頃の「自分」なのか。
そうやって考えると、少女は――あどけない。あどけないから、畏いのか。
そんなことを思いつつ、僕はドッペルゲンガーと話を続けた。
「それで、どうして僕の前に現れたんだ?」
「きまぐれよ。きまぐれ。――わたし、おとなになるのがこわいの」
大人になるのが怖い? ――確かに、この少女の末路が現在の僕であると考えると、彼女が「大人になること」を恐れている気持ちは分かる。けれども、僕はあの時「少女」――いや、「幼いドッペルゲンガー」の心を受け入れることにした。それでも、矢張り彼女は「何か」に怯えているのか。
そうやって考えると、僕の心は――弱い。心が弱いから、自傷行為をしてしまうのか。そんな事を考えていると、少女の眼から――血のように赤い涙が出ていた。
僕は、少女の眼を見て――質問した。
「その眼、どうしたんだ?」
少女は――怯えている。
「わ、わたし――おとなになりたくない! おとなになったら、『ぼく』のようになってしまう。それだけは、いやだ! いやだ! いやだ!」
これ以上、少女と対等に話すことは不可能だろう。そう思っていた時だった。――身体が、動かない。耳鳴りがする。呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が大きく脈を打つ。これは――金縛りか。
血の涙を流す少女は、金縛りで蹲る僕を――冷たい眼で見ている。その眼は魔性の眼であり、見つめられると――苦しい。
苦しみの中で、僕は――声にならない声を上げた。
「――!」
夢の中だからか、声を出そうにも声が出ない。
このまま、僕は夢の中で死んでしまうのか。――上等だ。
*
――夢か。寝汗をかいているのか、冷房が効いているのに体内の不快指数が高い。
藤崎沙織は、相変わらずスヤスヤと寝ている。いいよな、沙織は夢の中で苦しまなくて。
寝起きに何か飲もうと思ったが、ここは人様の家なので――勝手が違う。まだビジネスホテルの方がマシだろう。
とりあえず、アトリエの冷蔵庫からコンビニで買ったペットボトルのお茶(500ミリリットル)を取り出す。僕は麦茶で、藤崎沙織は緑茶だったから――間違えずに済んだ。
電源が付いたままのパソコンの前では、城戸口杏奈がうつ伏せで寝ている。――仕方がないな。
僕は、うつ伏せで寝ている彼女に対してブランケットをかけてあげた。――どうせ、気付かないだろう。
それから、僕は客室に戻って、改めて寝ることにした。――夢なんて、見るはずがない。
*
翌日。スマホのアラームで目を覚ました僕は、アトリエへと降りていった。
アトリエでは、既に城戸口杏奈と藤崎沙織がトーストを食べていた。
「あら、絢ちゃん。結構遅起きだったのね」
「逆に、起きていたのか」
「そうは言うけど、午前7時だ」
「まあ、そうよね。――アタシ、結構早起きなのよ。こうやってアトリエで漫画を描いてたらそのまま寝ちゃって、起きたら翌朝の6時っていうのはよくある話なのよね。それはそうと、ブランケットをかけてくれたの――もしかして、絢ちゃん?」
矢張り、見透かされていたか。僕は答えた。
「そうだ。――いくらパソコンのデスクと言っても、うつ伏せで寝ていたら健康に悪い。それは僕が小説家として実証している」
「アハハ、なんだか絢ちゃんらしいわね」
トーストを食べ終わったのか、藤崎沙織が話をする。
「冬ちゃん、これからどうするのよ?」
ああ、そうだった。――矢張り、ここは中曽根哲史に会うべきだろうか。
色々と考えた末に、僕は――彼女の質問に答えた。
「そうだな。とりあえず、中曽根哲史に話を聞こう。もしかしたら、今回の事件について何か知っているかもしれない」
「そうね。冬ちゃんがそう言うなら、私は賛成よ?」
藤崎沙織がそう言ったところで、城戸口杏奈がある提案をしてきた。
「――アタシも、ついて行っていいかしら?」
「杏奈、それは本当に言っているのか?」
「本当よ? 四条通で起きた例の事件はアタシも興味があるし――何より、漫画のネタにできるかもしれないからね」
「なるほど。――仕方がないな、とりあえず案内してくれ」
「分かったわ。中曽根さんの家はこの近くだから、徒歩でも行けるわよ?」
*
そういう訳で、着替えと歯磨きを終えたところで、僕たちは中曽根哲史の家へと向かうことにした。京都市内という土地柄なのか、周りは古民家が多い。まあ、下手に新しい家を建てると「景観条例違反」となる可能性もあるし、仕方がないのか。
少し歩いたところで、「中曽根商店」という看板の古民家が見えてきた。――ここが、中曽根哲史の店舗なのか。確かに、ショーウィンドウには年代物の置物や調度品が多数置かれている。
しかし、店舗は定休日なのか――「本日定休」という看板がぶら下がっている。
僕は、城戸口杏奈にこれからのことを聞いた。
「店舗は定休日みたいだけど、どうするんだ?」
僕の質問に対して、彼女は――意外な答えを返した。
「裏口から家に入れるはず。とりあえず、向かうわよ?」
そう言って、彼女は店舗の裏口――恐らく、中曽根哲史の住居へと向かった。
鍵が開いていたのか、引き戸はすぐに動いた。しかし、人の気配がない。
「本当に入って良かったのか?」
僕はそう言ったが、他の2人が答えるまでもなく――床には血溜まりができていた。
血溜まりを追っていくうちに、僕たちは大部屋の方へと辿り着いた。恐らく、リビングと思しき場所だろう。
そして、リビングには――うつ伏せ状態で中曽根哲史だったモノが倒れていた。
「――ヤバいわね」
城戸口杏奈がそう言ったので、僕は――「ヤバい」と答えた。それから、スマホで110番通報をした。
中曽根哲史だったモノには――四条通の事件で見たのと同じ傷痕――十文字傷が付いている。
事態を察したのか、藤崎沙織が言葉を発した。
「これ、もしかしなくても――連続殺人事件よね?」
その答えは、分かっていた。
「ああ、そうだ。これは紛れもなく――連続殺人事件だ。そして、凶器は言うまでもなく日本刀で間違いない」
遺体の写真をスマホで撮るのは不謹慎だと思いつつ、僕は――中曽根哲史だったモノを撮影していく。――なんだ、これは。
僕は遺体の側にあったあるモノに着目した。恐らく、これは――ダイイングメッセージか。
ダイイングメッセージには、殴り書きのような文字で漢字が書かれていた。
――虎、三、備、兼……文字が汚すぎて読めたもんじゃない。
漢字の並びに対して何か引っかかる事を覚えつつも、僕はダイイングメッセージが書かれたメモをスマホで撮影した。恐らく、何かの証拠にはなるはずだろう。