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数日後。
僕は、芦屋に戻っていた。芦屋に戻ったところで何をするかといえば、矢っ張り――小説を書くことしかできないのだけれど。それにしても、夏も終わりか。――ダイナブックのカレンダーを見ると「2024年8月31日」と表示されていた。
事件が無事解決したところで、僕は――鈴村刑事から事情聴取を受けた。僕に答えられることは限られているが、それでも答えられる質問にはすべて答えたつもりだった。
事情聴取を受ける中で、鈴村刑事から「今回の事件は痴情のもつれなのではないか」との指摘を受けた。確かに、今回の事件の発端は痴情のもつれであり、それがエスカレートした結果――殺人事件となったのだ。
僕は、学校ではいじめられる立場だったので――正直言って、「復讐したい」と思う人物の方が多い。だからと言って、実際に復讐する訳ではない。その恨みは、心の中に留めておくことしかできないのだ。――もっとも、恨みを持つ方がおかしいのだけれど。
そして、僕は「吉岡美里」という人物を護ることができなかった。それは後悔しているし、なんなら「生き返ってほしい」と願っているぐらいだ。でも、人を生き返らせるなんてことは――どうあがいても無理である。人間は、死んだら――魂が天に昇るだけである。
そういう後悔を小説としてぶつけているうちに、なんだか訳のわからないことになってしまった。これは一旦整理が必要だろうか。そう思った僕は――藤崎沙織のスマホに電話した。
「――もしもし? 沙織か」
「あら、冬ちゃんが直接連絡してくるなんて珍しいわね。どういう風の吹き回しよ」
「なんとなく、今回の事件で――沙織の声が聞きたくなった」
「なるほど。――聞いたわよ? 犯人が兼近亮介だったこと。彼ってそういう『粘着質』な性格には見えないんだけどな。それはともかく、凶器がヘビ――というか、マムシ? その発想はなかったわね。どうして気づいたのよ」
僕は、藤崎沙織に事件の凶器について詳しく説明することにした。
「簡単だ。首元の索条痕に――ロープとは思えない紋様が付いていた。最初は蛇皮のロープでも使っていると思ったが、普通に考えてそんな代物がある訳がない。だから、僕は『生きたままのマムシ』を凶器として考えた。結局、マムシの死骸は――吉岡美里の命を奪ったモノで間違いなかった。兼近亮介は、証拠隠滅のために彼女の静脈にマムシの牙を刺したが、矢張り――滅多なことでもない限り、マムシの毒じゃ命は奪えない」
「――それって、どういうことよ?」
「マムシの毒による致死率は1パーセントに満たない。ただ、死に至る要素があるとすれば――咬傷による傷口の壊死だ」
「なるほど。ヘビ毒って、言うほど強くないのね」
「まあ、強いことに変わりはないんだけど。――マムシを見かけたら、触れないことだ」
「そうよね」
今回の経験を元に、僕はヘビ毒のよる殺人を題材としたミステリを書こうと思ったが、ヘビの毒性は――弱い。確かに、マムシやハブは毒性があるヘビとして知られているが、実際に「ヘビに咬まれて死んだ」という話はあまり聞かない。聞いたとしても、そのほとんどはヘビ毒ではなく――咬傷による壊死である。
とはいえ、鹿児島や沖縄では生きたハブを泡盛に浸けた「ハブ酒」という酒がある。当然、酒に毒性はないのだけれど、毒気が抜けるまで1年はかかる。
そういえば――僕の叔父は山で捕まえたマムシを焼酎に漬けていたな。その様子はグロテスクで「理科室の標本みたいだ」と思っていたが、今から思うと――毒をアルコールで中和することによって、薬にしていたのだろう。
どんな毒でも、使いようによっては薬になる。それは――キュリー夫人がラジウムやポロニウムを発見した時もそうだったし、フレミングが青カビからペニシリンを発見した時も同じである。だから、一概に毒=悪とは言えない。――鴻上家の連続毒殺事件みたいなモノは論外なのだが。
*
その後も、藤崎沙織との電話は続いた。曰く「最近は変わった事件もなく、穏やかに過ごせている」とのことだった。――むしろ、事件が頻繁に起こるようじゃ、見た目は子供で頭脳は大人の探偵が住む街のようになってしまう。まあ、アレはそういう漫画なので、事件が起こらない方が不穏なのだが。
会話の中で、彼女は僕にあることを伝えた。
「――それで、結婚の予定はどうなってんの?」
その答えは、言うまでもない。
「今のところ、全くもってない。――今回の事件みたいに、元彼に付きまとわれた挙げ句殺される可能性もある。それだけは避けたい」
「そうは言うけど、アレは――特異なケースよ。そうだ、思い切って鈴村くんにコクってみたら?」
僕が――鈴村刑事にコクる? いやいやいやいや、無理だ。どうせ恋人がいる。
「――残念だけど、それはお断りだ。どうせ、彼にも恋人がいる」
「うーん、おかしいなぁ。この間私が話した時には『恋人ができなくて困ってる』って言ってたんだけど」
「そうなのか。――コクってみるか」
当然、これは建前で物事を話しているので――実際にコクる訳ではない。
しかし、偶然というのは――必然的なモノである。藤崎沙織からの電話を終えた直後に、鈴村刑事から――スマホにメッセージが入ってきたのだ。
――絢華ちゃん、プライベートな用事ですまない。
――とりあえず、今から三宮に来てくれないか?
一体何なんだと思いつつ、僕は阪急で三宮へと向かう。阪急東口のパイ山だったモノ――広場の前には、確かに鈴村刑事と思しき男性の姿があった。
「絢華ちゃん、ホントに来てくれたんですね! 待ってました!」
「――どういうことだ」
「まあ、先に言っちゃえば――デートですよ、デート」
――これは、好意を寄せられているのか。
「仕方ないな。――付き合うか」
「じゃあ、とりあえず……」
そういう訳で、僕は鈴村刑事とプライベートな付き合いをすることになった。
鈴村刑事がどう思うかはさておき、今の僕は――とりあえず、彼にすべてを委ねようと思ったのは言うまでもない。
――たまには、こういうモノも悪くはないだろう。(了)




