95話 ほかほか
「ダンジョン周りを実際に見てもよろしいでしょうか?」
【鈴木さんちのダンジョン】は鈴木さんちの庭にある。
それを目視で確認するために外に出る、といった自然な口実で各々を屋外へと誘導する。その際、ウタが俺の狙いを察して鈴木さんが煎れてくれたお茶をお盆に乗せてくれた。
「事前情報通り、地下型のダンジョンなのですね」
「どうもどうもー……ただ最近はモンスターが溢れてくる機会が多かったので、うちの縁側は壊されちゃいましてねー。修理してもまたモンスターが出てくるなら……また壊されるのでそのままにと。いやはやお見苦しいところをお見せしてしまいましたー」
「ダンジョン内で食料などの調達は可能ですか?」
「いやはや、食糧はないですなー。だから事前に携帯食料をみなさんには持参していただく予定です」
「なるほどです。でしたら出発前に軽く腹ごしらえなどはいかがでしょうか?」
「どうもどうもー軽食ですか?」
「はい」
「うおっほん! ナナシの飯にありつけるか!? そりゃ、ありがたい話じゃぞ!」
「私も少し小腹が空いてきたところではあります」
「飯は大事だな」
「ダンジョン探索前だし、あんまり重い物じゃなければ僕らは歓迎かなー」
「……変なもん食わせる気やあらへんよな?」
全員が一応は納得してくれたので、俺は【宝物殿の守護者】から七輪焼きセットを取り出す。それからダンジョンの入口はフェンさんときゅーに見張ってもらう。
「どうもどうもーナナシさんはアイテムボックス持ちでしたか」
「これは関心ですね。とても便利そうです」
「ふぉっふぉっ、美味いもんがたーんと詰まってそうじゃのう!」
「プロテイン、入れ放題……ぜひ俺たちも欲しいところだ……」
「うっわー。七つ道具しまい放題でいいなあ」
「……羨ましいねんな……」
みんながそれぞれの感想を述べる間に、俺は本日のメインデッシュをご用意。
それは日本人に愛され続けて2000年!
特有のほのかな甘味ともちもち食感が癖になる主食!
馴染み深いライス、お米である。
これなら間違いなく【影の友】たちが向けてる不信の眼差しも払拭できるだろう。
「なんだ、米かいな」
ふふふ。
確かにこれはただの米だ。
しかも取り置きしていたものなので、ふっくら炊き立てでもない。
しかし、日本のお米をなめたらアカンで。
まずは両手をしっかりと洗い、調理の準備を整える。
それから宝石魚とドラゴン肉、ミノタウロスキングの肉をサッサと細かく切り出す。
そしてそれらを七輪で軽く炙ってゆく。
肉特有の匂いが庭いっぱいに立ち込め、冒険者たちの喉が静かに鳴る。
ちょうどいい塩梅で炙られた具材たちを……白飯にぎりにたっぷりとぶちこんでゆく。
同時に各種タレを混ぜ込むのも入れるのも忘れない。
宝石魚はシンプルにタレなし。
ドラゴン肉はすき焼き風のタレを絡める。
そしてミノタウロスキングは鬼ねぎ塩だ。
さあさあ、それらのにぎり飯を七輪にころんと転がしてみよう。
一体全体どうなるのか?
それはもちろん、こんがりとした焼き跡が徐々に広がってゆく。
さらにここで宝石魚のにぎり飯にだけ、秘伝醤油を丹念にぬってゆく。ぬってはころがし、ぬってはころがし、やがて威風堂々とした胡桃色へと変貌してゆく。
香ばしい焦がし醤油の匂いが鈴木さんちの庭を支配する。
「ささっ、緑茶と一緒にお召し上がりください。こちら【炙り宝石魚の焼きおにぎり】と【竜肉すき焼きにぎり】、【鬼ねぎ塩の牛王肉にぎり】でございます」
じんわり緑茶と、ほかほかぽにぎりで親睦をあたためよう。
そんな俺の思惑は果たして————
「どうもどうもー……もぐっ……うんッッッッまッッ!?」
「いただきます……んぐっ……炙り魚が……ほろほろ口の中で溶けて……お米にしみ込んだ焦がし醤油の甘じょっぱい味が、ふかーく絡まり合って……げ、芸術的ね……」
「いただくぞ……な、なんだ……!? このガツンとしながらもまろやかな肉の味わいは!? う、うまいぞ、コレが竜肉なのか!? すき焼きめし、身体に染み渡る!」
「いっただきまーす! へえ……これは近しいようで遥か遠い……味わったことのないお宝の味だねえ。牛王……ミノキンとねぎ塩? 極上の財宝たちが眠る扉を……解錠した気分だよ」
「濃い味醤油のパンチ! 竜肉のあとひく美味さ! スッキリ旨味たっぷり牛王肉! そして米! こんがり米との相性! やはりナナシの作る料理は絶品じゃのう!」
「はぐはぐはぐっ!」
「くーきゅるるるるぅぅぅ」
フェンさんときゅーにもあげれば、物凄い勢いでがっついている。
毎度思うのだけど、大きなもふもふがご飯に夢中になる姿はギャップがあって可愛らしい。
さて、みんながそれぞれに表情をほころばせるなか、ちょっと居心地の悪そうにしている【影の友】へ目を向けてみる。
彼らはウタのほっぺが溶けているのを目の当たりにして、自分たちも手をつけようか迷っているようだ。
「百聞は一食にしかず、どうかお食べになって?」
ウタの魔声が最後の一押しとなり、【影の友】は各種焼きおにぎりにそっと手を伸ばすと————
俺はその光景を見て、少しだけ微笑んでしまった。
◇
ほんまに意味がわからへん。
【にじらいぶ】の歌姫、紫音ウタちゃんと直に会えるからワクワクしてたんにフタを空けてみたら男付きかいな。
気に食わん。
それがわいら【影の友】の総意やねん。
やからナナシっちゅー兄ちゃんが小生意気なことを言い出した時は、ほんまにいてこましたろかって思ったねんな。
そんでまた意味わからへん。
意味わからんうちに、わいらの十八番は馬鹿でかい獣に持ってかれるわ、縁側で仲良う握り飯を食いだすわ、ほんまに意味わからへんて。
やけど、そないフラストレーションもこの握り飯を口にした途端……吹っ飛んだわ。
美味い。
ごっつ美味いやん。
こんなにうんまい握り飯、食うたことあらへん。
しかも、しかもやで?
なんや、この食った瞬間から体の内に灯る力は……なんやねんコレ!?
ステータスがアップしとるやないか!
ナナシっちゅー兄ちゃんは……こんなエグいもんをホイホイわいらにもシェアしたゆうんか!?
「…………」
完敗やで。
男としても冒険者としても、格が違いすぎるねんな。
わいらの不満を感じ取って、サラッと【にじらいぶ】を支えるにふさわしい実力をアピールしただけでなく……。
同じ斥候レイドクエストのメンバーとして、さりげなく輪に入れる場を設け……さらに強化してくれた、ゆうんか?
こいつはどこまでもプロフェッショナルやな。
それに比べてわいらは……。
極秘クエストの意味を深く考えずに……親戚に軽々しく情報を漏らした。
あまつさえ、自分たちの立場を笠に着せて、他の冒険者より優位に立とうと傲慢な態度を取ってしもた。
そんなわいらを罵るどころから、冷静に指摘し……そんで飯を握り、笑って許す。何か、こう、大切に扱われとるような感覚さえある。
まさに海よりも深く、空よりも広い度量の持主や。
それが【にじらいぶ】の支柱、ナナシってやつの正体やねんな。
わいらはしょーもない嫉妬心に振り回されてどうかしとった。
こんなん妬むのすらバカバカしく感じてしまう。
妬む暇があったら、一歩でもナナシに追い付きたい。ナナシと心から肩を並べられる存在になりたい。
だから今は————
ナナシに教わったことを胸に刻むんや。
「先ほどは……本当に申し訳ありませんでした……!」
わいらは深く深く頭を下げた。
この場に集ってくれた仲間たちに敬意を込めて。
わいらの馬鹿さ加減を気付かせてくれた、ナナシに感謝を込めて。
◇
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【炙り宝石魚の焼きおにぎり】★★☆
宝石魚の身を軽く炙り、焦がし醤油の米をにぎったもの。
口の中で身がほろほろと溶ける食感と、力強くも香ばしい焼きおにぎりの相性は絶妙である。
宝石魚本来の能力も引き継いでおり、宝石鱗を生成する特性はその身を守る鉱物となる。
基本効果……7時間の間、ステータス防御+1する。
★……永久にステータス防御+1を得る。
★★……永久にステータス防御+1を得る。
★★★……特殊技術【煌めく体皮】を得る。
【煌めく体皮】……自身の色力を永久に-1することで、30分間だけステータス防御+6を得る(この効果は重複しない)。
【必要な調理力:170以上】
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