92話 魔王の集い
とある武家屋敷の一室には豪奢な調度品がいくつも置かれていた。
こだわり抜いたであろうその家具の一つ一つは、家主の品格を如実に表している。
「やあやあ王たちよ、遅かったではないか。我が臣下だったら打ち首ぞ?」
冗談を交えつつも男の双眸は鋭い光を放っていた。
武士装束の上から雅な陣羽織を着込み、頭蓋骨をくりぬいて加工したグラスに真っ赤な血液をたっぷりと注ぎながら訪問者たちを迎え入れた。
「我が友たちよ。壮健そうで何よりだ」
主賓である男は、千人に問えば千人が美男であると答えるほどの整った顔立ちをしていた。漆黒の髪を一本に束ね、研ぎ澄まされた鋭利な笑顔に乙女は簡単に心を奪われるだろう。
そして実際、彼の前で万人以上の乙女たちが心の臓を奪われ、殺されたのも事実だ。
彼こそが【天下人】と名高いノブナガである。
「元気なわけあるかよ。俺はここ最近暴れ足りなくて、身体がうずいてうずいて仕方ねえ」
天下人にふてぶしい笑みで返したのは、百獣の王の顔を持つ巨漢だ。ライオンの相貌で凄めば、どんな野獣もひれ伏すほどの力強い覇気をまとっている。
その怪力は容易く岩をも砕き、その牙と爪は獲物を豆腐のごとくバラバラに引き裂く。
恐れしらずの常勝無敗。
彼こそがかつて万を超える人間の兵達を、たった一人で殺し切った男、【金獅子】レオニダスである。
「あたしもつまらないわねえ、刺激がすくないんだもの」
金獅子に続いて不満を口にしたのは、妖艶な女性だ。ただし、その顔は般若のごとき恐ろしい形相で、見た者が腰を抜かす異様さだ。
しかも奇妙なことに彼女の髪は独りでにウネウネとうごめいており、よく見れば髪の一本一本が蛇だとわかる。
彼女の魔眼で数え切れぬほどの人間が石と化したのは、今もなお神話として語り継がれている。そう、彼女こそが呪いで相手を蝕むのを愉悦とする、【石眼の姫】メデューサだ。
そうそうたる顔ぶれを前にしても、【天下人】の余裕は微塵も崩れない。
「まずは祝杯をあげようぞ。我等が魔神様の復活を祝ってのぅ」
「何が祝杯か……魔王を名乗る、まがいものが出現しているんだぜ?」
「魔神さまだって一部しか復活していないじゃない。とてもじゃないけど祝う気分になんてなれないわよ」
二人は不機嫌そうに返答するも、屋敷の主はどこ吹く風だ。
【天下人】は、人間の指骨を削ったマドラーを優雅にくゆらし、まるでワインを堪能するかのようにちびちびと血液の入ったグラスに口をつける。
「諸兄らは悲観しすぎよな。異世界を見るがいい、人間どもは自分たちが何を復活させているのか気付けずにおる。これが愉快じゃないと申すか?」
「あいつらの馬鹿さ加減は確かに笑えるぞ。だが、復活している神々の中には、魔神さまに敵対する勢力だっているぞ?」
「割合的にも厳しいわよね? 人間どもが10柱の神々を復活させたとて、魔神さまの一部はせいぜい一柱よ?」
「だが、その一柱が復活したおかげで我々は今、ここに存在できておるのだろう?」
「「…………」」
【天下人】に悟らされるも、【金獅子】と【石眼の姫】は納得していない様子だ。
両者の視線には現状への不満が見て取れた。
いつまでこんな風にこそこそと密会をしなければいけないのか、もっと堂々と人間を殺し回りたい欲求が透けて見える。
だがそれすらも【天下人】は察知して乗りこなす。
「無論、今のままでも我々が本腰を入れれば人間の大量虐殺なんて容易い、容易いが、美しくはないだろう? それにわしも含めて、うぬらも未だ万全ではなかろうに」
「……偽の魔王が……一部の魔物を掌握しているのも事実だぞ?」
「しかもあの小娘……人間に魔剣なんて与えてるじゃない? 放置しておくには危険すぎるんじゃなくて?」
「ふっふっふ、天晴な奴じゃのぅ……。だがのう、偽の魔王が何をしようと、全ての魔神さまさえ復活してしまえば赤子の手をひねるに等しい。人間たちが、どうあがくか見物よな」
【天下人】の紅い双眸が妖しく光る。
「じゃが、ただ見ているだけというのも退屈極まれり。なればこそ、魔神さまを復活してもらう手順を少しばかり早めるのも、また一興よな」
「具体的にはどんな方法でだ?」
「まさかあたしら自ら人間の巣に出向いて暴れるのかしら?」
息巻く二人を嘲笑するかのように、【天下人】は首をゆっくりと横に振る。
「人間にも油断のできない者はおる。そのような強者に囲まれたら、魔神さまも悲しんでしまうじゃろう?」
「まさか貴様、我々が人間ごときに後れを取るとでも?」
「言葉に気をつけなさい。石になっても後悔できないわよ?」
「いやいや、人間ごとき……わしら魔王が相手するまでもない。【金獅子】、【石眼の姫】、ぬしらは【王位の種】を仕掛けておいたのだろう?」
「ああ。俺は【天秤樹の森】ってやつによ」
「あたしは【先駆都市ミケランジェロ】に植え付けてやったよ」
「わしも【鈴木さんちのダンジョン】とやらに、戦乱の種を蒔いてやったのう。ゆえに————」
悠然と二人を見つめる天下人。
「——我々はここに座して魔が芽吹くさまを眺め、酒の肴にしながら楽しもうぞ。頃合いを見て、人間と戯れるのもまた一興よな」
三人の魔王が頭蓋骨のグラスを互いに軽く打ち鳴らす。
その乾杯は不協和音となり、世に不吉な響きを奏で始めた。




