85話 この執事、やってます
『にゃご~ん、にゃご~ん、にゃご~ん』
【時守りの猫】による15時のアラームが鳴り響いても、紅は目を覚まさなかった。
15時からは【お菓子な猫】が街中をうろうろし始めたので、ちょうど横を通った【お菓子な猫】に猫菓子というものをいただくことにした。
『うにゃ~』
「こ、これは……おかしな光景だな……」
【お菓子な猫】は確かにおかしな猫だった。
パティシエみいなコック帽をかぶる猫が、街中をトコトコ歩く時点でおかしな話だが、【お菓子な猫】の本領はその素敵な尻尾にあった。
『うにゃにゃんにゃー』
尻尾でフリフリおまじないをかけながら、さらに尻尾で地面に何やら描いてゆく。何を描いているのかと言えば、ケーキやパン、キャンディなどだ。
そして信じられないことに、ポンッとファンシーな音の後には空中に描いたお菓子が出現することだった。
好きに食べていいのにゃ、おやつの時間にゃ、と【お菓子な猫】は俺にウィンクをしてくれる。
人生の中でこれほど幸せな3時のおやつがあっただろうか。
推しの寝顔が眺めつつ、猫に囲まれながらのマカロンパーティー。
控えめに言って最高だった。
『にゃご~ん、にゃご~ん、にゃご~ん、にゃご~ん』
16時の【時守りの猫】が鳴る頃になると紅はようやく目を覚ます。
「あら……私、いつの間に……もう夕方じゃにゃいの」
「今から【夕闇を吹く猫】が街に影を伸ばすらしいぞ」
「影?」
「ああ。どうやら猫にとって影っていうのは、恰好の隠れ場所になるらしい。自分たちに有利な領域を展開するって意味でもあるんだろうな」
「そんにゃ風に言われたら怖いじゃにゃいの。猫ちゃんたちは怖いことにゃんてしにゃいもんねー?」
近くの猫に首ったけの紅である。
それから、くぅーっと腹の虫を鳴らしたので、どうやら昼寝をしたら小腹が空いたらしい。
紅は少しだけ赤面している。
「にゃ、にゃによ……」
「いや別に。どこかの店にでも入って何か食べるか?」
すると紅は名残惜しそうに周囲の猫たちに目を向ける。
「お店もいいけれど……せっかく仲良くなれた猫ちゃんたちがいるのに……」
こんな機会は滅多にないからこの場を離れたくないってことですね。
わかりましたよ、社長。
猫たちもそんな切なそうに見つめられたら、余計すりすりしちゃいますよ。
「じゃあ、この場で軽食を作るのでもいいか?」
「気が利くわね! あっ、どうせなら配信しにゃいかしら? この機に乗じて、りすにゃーたちに私がいかに動物に好かれやすいか証明するのよ!」
ほう。
あなたは今、頭から猫耳、そしてお尻から尻尾を生やしているご自覚がないと?
しかも語尾が所々怪しいことも失念していると?
ふっはっはっはー。
猫に夢中な紅さんは、無防備極まりないですな!
それともまだ寝ぼけ半分なのですかな?
どちらにせよ……リスナーたちのコメントによって、あざといぐらい可愛い自分に気付き! 悶絶するがいいさ!
きるるんの恥ずか死ぬ姿も見てみたい!
「それはいい案だな」
俺はにっこりと紅の提案に乗っかる。
「さあ、猫ちゃんたちもおいで。せっかくにゃら【時計塔の街ニャラート】もみんにゃに紹介しにゃくっちゃ! 準備はいいかしら?」
口調がにゃって、にゃって! にゃってにゃいぞー!? 痛すぎるぞおおおお!
だが可愛すぎるぞおおおお!
きっと自分の痛すぎる口調に気付いた瞬間、きるるんは膝から崩れ落ちて身悶えするだろう。
「承知いたしました」
俺は笑いを堪えながらキリッと深い一礼する。
ごめんなさい。




