84話 時計塔の街ニャラート
「人の馬車よ、止まるのにゃ!」
「これよりは【時限領域】、【時計塔の街ニャラート】だにゃ!」
「つまり、人間は受け入れないにゃ!」
「この地は人間が足を踏むのを禁じている。それこそ神獣様の許可でもないかぎりダメにゃ!」
街を目前にして俺たちの馬車は、門衛の【猫耳の娘】たちに止められてしまった。
「ナナシ……本当に大丈夫にゃのよね……?」
相変わらずのにゃ口調で紅さんは不安気に俺を見る。
ちなみに俺には口調の変化がないので、もしかしたら体質なのかもしれない。
「おまかせを。こんにちは、【猫耳の娘】の戦士たちよ」
俺が馬車から顔を出すと、彼女たちは不信な顔で俺を見つめてくる。
「男の……猫耳族……? そんなのいるはずないにゃ……」
「怪しいにゃ……何かの奇術かにゃ?」
「やっ、これはあくまで目立たないようにって工夫でして。俺は人間です」
「欲深い人間! 何の用にゃの!」
「これより立ち入り禁止にゃ! 猫の安息を乱すにゃ!」
「まあまあ、そんな物騒な剣を突き立てる前にこれを見てください」
俺は【西を刻む神獣ビャッコ】よりいただいた、【剣侯の金剛虫】の死骸を見せると【猫耳の娘】の戦士たちは唖然とした。
「そ、そんにゃ……! 神獣様が……この人間をお認めに!? 偽物にゃ……? にゃ!?ちゃんと神獣様の爪痕があるにゃ!」
「にわかに信じがたいことだにゃ。でも、白虎様のご判断にゃ……人間、おまえの縄張り入りを認めるにゃ」
「ありがとう。ところで白虎さんはこの街に来ていますか?」
「今日はいないにゃー」
「問題だけは起こすにゃよー」
俺たちが敵でないとわかれば、【猫耳の娘】の戦士たちは一気にリラックスモードになっていた。
さすがに馬車の御者は入れないので、紅を馬車から降ろしてから街に入る。
「ナナシ! 猫が、猫が街のあちこちにいるわよ!」
「そうだな」
はしゃいだ声で周囲を見回す紅。
【時計塔の街ニャラート】は西洋ファンタジーによく出て来る街並みに似ていた。
レンガが敷き詰められた道、石作りの家々、そして木製の店など雑多なイメージだ。小さな裏道に足を踏み入れたら、迷いそうなほど入り組んでいる。そしてただ歩いているだけなのに、不思議とワクワクするのだ。
なぜなら所々に猫が闊歩しており、ふりふりと魅惑的な尻尾を振っているからだ。思わずついて行きたい衝動に駆られる。
「あの猫について行ってみるのはどうかしら?」
「来て早々、迷子になるのはなあ……」
紅は路地裏の方へと消えた猫を口惜しそうに眺める。
「ねね、ナナシ、あれを見にゃさいよ!」
「ほいほい」
紅が指さすは、街中にいくつもそびえ立つ時計塔だ。
「あんにゃに大きな時計が、塔についてるにゃんて素敵ね……しかも見にゃさい! 時計の針に猫が乗っているわ!」
「おお……というか全部の時計塔の針に……猫が乗ってるな!?」
猫たちが時間を管理するかのように、黒猫や白猫、茶虎やブチ猫など、様々な毛並みの猫たちが時針や分針の上に乗っていた。
「器用だな……ん、【時守りの猫】っていう種族なのか」
技術【審美眼】でちょっとした情報を得た俺は紅に共有してゆく。
「あの猫たちはこの街の司令塔、みたいな存在らしい」
「あら、そうにゃの?」
「うん。それで時刻を告げる度に————あ、ちょうどいいかもな」
時計塔の時刻がちょうど13時を指し示す。
すると一斉に【時守りの猫】が『にゃご~ん、にゃご~ん』と鐘を鳴らすかのように鳴き始めた。
俺は【時守りの猫】たちが何を告げているのか、技術『猫語り』により何となくわかってきた。
「さあ、くるぞ……【日向を呼ぶ猫】たちが」
うにゃーうにゃーと街のそこかしこで、ほわっとしたお日様色の猫たちが出現し始める。
「あら? にゃんだか、身体がぽかぽかしてきたわね?」
「あれが【日向を呼ぶ猫】たちの能力だ。周囲をぽかぽかにするらしい」
「一体にゃんのために?」
「ぽかぽか気持ちいだろ? お昼ご飯の後はゆったりしようぜって事じゃないかな」
「にゃるほどね……ん、待って、待って! あの猫ちゃん、私が近づいても逃げにゃいわよ!?」
「そうだなあ」
ふっふっふ。
これぞ社長を癒やすための真の狙い。
紅は動物が大好きなのだが、いつも逃げられたり警戒されて撃沈してしまう。だからせめて猫を遠目に見るだけの街に連れてこられたと、俺の計らいがそのレベルだと思っていたのだろう。
舐めてもらっては困るな社長。
今後の俺の進退も含めて、ここは大いに媚を売るターンだ。
全力で行かせてもらったよ。
「『紅玉猫のしっぽ』の効果はすごいな。一時的に【猫耳の娘】になれるのだから。そうだな、普段から動物に避けられる人間でも、さすがにここの猫たちは【猫耳の娘】を警戒なんてしないだろう。むしろ、自分からすりすりーっと…………」
「はわぁぁぁぁぁぁぁ、感動しかにゃいわよぉぉぉぉお、猫ちゃんが私の脚に頭をすりすりって……はうぅぅぅぅ、すぁあ、さわれるぅぅぅよぉぉぉ、もふもふふわわぁぁぁ」
ふっ。
疲労で冷え切った社長の心も、今やぽっかぽかに温まっただろう。
ひとしきり【日向を呼ぶ猫】を堪能したら……って、もう一時間も撫でてるぞ紅さん!?
どんだけ動物好きなの!?
『『『『にゃご~ん、にゃにゃご~ん!』』』』
14時の鐘が鳴ってしまったようだ。
そして猫たちが告げた時間に応じて、これまた新しい猫が町中に現れる。
「お次は【お昼寝の猫】か……んん、でっかい猫!? と、普通ぐらいの猫!?」
「自由にゃのね。ぽかぽかお日様であったまったら、好きなところでお昼寝……最高じゃにゃいの!」
眼福眼福と念じる紅の横に、のっそりと巨大な猫が寝そべる。
その猫は仏頂面のまま、なぜか自分の腹あたりをぽんぽんとしている。何かこちらに伝えたい意図があるのか、俺は『猫語り』で対応する。
「見にゃさいよ、あの大きにゃ猫ちゃんに小さな猫が集まってきているわよ」
「紅も来ていいってさ。よかったら一緒にお昼寝しないか? って言ってるぞ」
「え!?」
「どうやら【お昼寝の猫】は、他の猫よりふかふか度が並外れているらしくてな。日頃からこの時間になると色々な猫のベッドみたいになるらしい」
「ふかふか度がちがうにゃんて……それはもう、堪能するしかにゃいでしょう!?」
ものすごい興奮に満ちた紅だったが、やはり動物に嫌われる体質を気にしているのか慎重な足運びとなった。
何度も何度も『本当に大丈夫かしら?』と、心配気にこちらを振り向く紅に苦笑してしまう。そして紅は、そのまま【お昼寝の猫】にゆっくりと近づいて————
うっとり秒で寝ついてしまった。
早い。
非常にいい寝つきである。
多分、相当疲れていたんだろうな。
陽だまりの中、【お昼寝の猫】に全身を預けながら顔をうずめスヤスヤと寝てしまった紅。
推しがこんな無防備な寝顔をさらしている、それほど彼女にとっては貴重な休息の一時なのだ。だから決して、何者にも邪魔はさせてはいけない時間だ。
俺は紅が目覚めるまで、猫たちと適当に戯れながらそっと見守ると決めた。
ゆっくりお休み、紅。
これこそが、いつも頑張っている社長へ、俺なりの——————
俺たちのプレゼントだ。




