8話 10万人記念配信がステマとか、さすがっす
『君の手首もきるるーんるーん☆ 手首きるるだよー♪』
揺らめく炎髪をなびかせる美少女が配信を始めると、リスナーたちは瞬く間に視聴を開始した。
1週間前から告知していた10万人記念配信。
新しい挑戦を始めると豪語した【手首きるる】が選んだコンテンツ、それは危険な異世界にて敢行するダンジョン配信だ。
魔法少女VTuberとして本気の覚悟を見せつける彼女に、リスナーたちは当然沸いた。
:配信きちゃああああああああ!
:きるるーん!
:待ってましたあああ!
:俺の手首を切って一緒に死んでくれええええ!
:10万人突破おめでとおおおお!(5000円)
:身体張ってる企画すぎて草
:命張ってる企画だよな
:魔法少女がダンジョンなんかに来て大丈夫なん?
:なんの縛りプレイ?
:事故って死んだりしてww
ダンジョン配信を行っているYouTuberは珍しくはない。冒険者であれば、そういったことを生業にしている者もいる。だが、彼らはどちらかといえば安全マージンを慎重に取って、異世界を紹介するスタンスだ。
そんな中、ステータスが上がらない魔法少女がソロでダンジョンに入る、となれば話は全く違ってくる。
企業勢なら万全なスタッフ体勢の下に行われるだろう。
だが、彼女は個人勢。
命を落とす危険性があるのだ。
だからこそ怖い物見たさや興味心を煽り、人々は集まる。もちろん純粋に彼女を応援するリスナーたちもいるが。
『きる民のみんなー! ダンジョン! 私、告知通りダンジョンに来ているわ!』
:まじでやっちまったよきるるん
:俺ガチめに心配なんだけど
:ここどこ?
『ここは【地下砂宮ブルーオーシャン】よ』
:砂が青い?
:俺、異世界系の配信は初めて見るわ
:初期街の一つ【世界樹の試験塔リュンクス】付近のダンジョンか
:今からあのバカでかい洞窟に入るの?
:わくわくするな
:危ないんじゃ……
:無理だけはしないでくれよー!
『そして! 今日はクラスメイトのナナシちゃんにカメラ撮影を手伝ってもらってるるるーん☆ これから私の奴隷ッ、じゃなくて執事として手伝ってくれるるーん☆』
:奴隷って言いかけてたぞwww
:俺もきるるんの奴隷になりたかった
:執事ってことは男?
:マジかようらやま死ね
:いや、ちゃん付けしてるあたり女子かもな
:そういえばこの間、きるるんのSSが掲示板にさらされてた。その時、一緒に映ってた男装女子かも
:異世界にまでついてくるとか命知らずなクラスメイトだな
:それだけ仲がいいってことだろ
:まさかの百合展開
:熱い
:ナナシちゃんファイト
『じゃあさっそくダンジョン配信スタート!』
こうして【手首きるる】は配信のスタートを切ると当時に、自らの手首を薄く切る。すると流れ出た血が短剣のような形に変化し、己の武器として活用してゆく。
:きるるんの魔法だ!
:かっこいいよなあ
:異世界のダンジョンって、もっとキモいの想像してたけど綺麗だな
:歩ける海底って感じ
:青い砂の洞窟?
:壁の断層が海みたいなグラデーションになってて幻想的だわ
:天井からサラサラ落ち続ける砂もいい味だしてる
:俺も行ってみたい
【手首きるる】を映すカメラワークには妙な臨場感があった。
ダンジョン内を見渡すようにしたかと思えば、しっかりきるるを中心に映そうとするなど、リスナーに配慮した動きになっており配信は全体的に見やすい。
:うわっ、きるるんガチで戦ってる
:が、がんばれー!
:ひやひやするな
:あんな毒々しいモンスターと戦ってるのに怖くないんか?
:冷静に処理してるきるるんかっけえ
:きるるんに踏まれたい
:わかる。蔑まれたい
:『きるるーん☆(真顔)』で切られたい
洞窟内に出現したモンスターは大型犬と同じぐらいのサソリだ。
ヌラヌラと光沢を帯びた甲殻類は、如何にも猛毒を持っていそうなグロい見た目をしており、リスナーたちに嫌悪感を与える。
そんな魑魅魍魎へ、果敢に推しが飛び込んでゆくのだから自然と手に汗握る配信になる。
————それは熱を帯び、加速してゆく。
:今度は3体同時だぞ!?
:だ、大丈夫なのか!?
:さすがにやばそう?
:おいおいおいカメラマンの方にも来てるぞ!?
:配信画面がぶれるwww
:さすがのナナシちゃんも焦りまくり
:迫力ありすぎだろwwww
:気のせいか? だんだんきるるんの短剣が通り辛くなってるように見える
:さっきも剣が霧散しちゃったよな
:もしかして信仰切れなんじゃ!?
:いや、血を使ってるから命値の消耗が激しいんだろ?
:サソリに刺されたから顔色が少し悪いよな……
:毒、かな……
:きるるんはもうよくやったよ。もう帰ろうぜ!(1300円)
:頼む。心配になってきた
どうにか【砂サソリ】を3体屠ったきるるに、リスナーたちから心配の声が上がる。
さすがに肩で息をしているきるるだが、すぐにリスナーたちへ強気の笑顔を向ける。
『大丈夫よ。さあ、ナナシちゃん! 私のために紅茶の用意をするるーん☆』
:まさかのダンジョン内でティータイムですかwww
:さすがすぎるww
:どんなに切羽詰まってても優雅にこなそうとする意地が尊いんだよなあああ
:いやいや、危なくね?
:きるるんついにバグった?
リスナーたちが賛否両論をかますなか、カメラマンであるナナシちゃんの手元が映りそそくさと紅茶の準備を始めている。
持ってきたリュックから水筒を取り出し、茶器に紅茶を素早く入れてゆく。
:ナナシちゃんマジで執事っぽい服装なんだな
:真っ白な手袋とかダンジョンに似合わなすぎだろw
:紅茶を煎れる手際のよさよ
:水筒のままじゃなくてわざわざティーカップで出すのにこだわりを感じる
『心配してくれてありがとう。でも、この紅茶はHPをすごーく回復してくれるるるーん☆ 具体的には即座に命値1と持続的に3分間の間、1分毎に1回復するの! しかもしかも色力も30分間だけ+5って効果もつくのよ! そして目玉なのがあらゆる状態異常を瞬時に直してくれるんるーん☆』
早口でまくしたてるきるるんは妙に説明口調だった。が、リスナーたちはそんな便利なアイテムがあるのかと、どよめく。
:合計でHPを4も回復するのか
:たしかHP3回復するポーションで20万円とかじゃなかったか?
:しかも色力+5と状態異常完治? ぶっこわれじゃね?
:かなりの値段だったんじゃないだろうか
『ダンジョンじゃ死ぬか生きるかなのよ? 奮発して命が助かるなら安い買い物なの! それにみんなと一緒に楽しい時間を過ごすためなら、ほんっとに安すぎるるーん☆』
:絶対に無理してるよな……
:健気だぁぁぁああ
:きるるんはいつも言ってるだろ。俺たちの支援や銭チャは全て配信活動のために回すって
:今回も……まさか
:きる民なら察しろ
:お、俺たちを楽しませるために!?
:今調べた。あの紅茶一杯の効能から察するに100万以上はするぞ
:くううううううううう
:きるるんだって決して裕福ってわけじゃないのにいいい
:俺たちのためにそこまで本気なのかよ
:一生ついていくわ
:こんなに頑張っててもステータスは上がらないのか……
:魔法少女って大変なんだな
:冒険者としてはキツイよなあ……
:ダンジョン配信は面白かった。もっときるるんが色々なダンジョンで活躍するのを見たいけど……
:もう十分だよ。がんばってるきるるんに元気もらったよ
:ありがとうきるるん
:だからもう危ないところに行かないでくれよ
『心配しなくていいの! 私こそいつもすぐヘラっちゃうのに、応援してくれるみんなには元気もらってるるーん☆』
それにと、きるるはさらに紅茶に注目する。
いや、リスナーたちに注目させた。
『この紅茶、★3の最高クオリティだとステータス色力が永続的に+2されるの! 私だってステータスを強化できるようになるのよ!』
:な、なんだってえええええ!?
:それならきるるんのダンジョン配信をこれからも見れる!?
:まてまて、レベルアップ以外でステータスを強化できるなんて前代未聞だぞ!?
『でも★3クオリティはちょっと手が出せないお値段だから、お金が貯まったら買うわ!』
:うおおおおおお(1万円)
:健気や!(2万円)
:メンタル豆腐のきるるんが強く成長しているううう(1万円)
:待って無理しんどい好き(5万円)
:少しでもきるるんのダンジョン配信の足しにして(7万円)
:これは推せる(500円)
:きるるんしか勝たんて(3万円)
:ほんと10万人おめでとおおおおお(10万円)
『みんな銭チャありがるるーん☆ 命値も回復したし、色力も強化されたから! もうちょっとだけ奥へ進むわ!』
こうして【手首きるる】の配信を皮切りに、【世界樹の紅茶】の存在が徐々に知れ渡ってゆく。
先ほどまで顔色が良くなかったきるるんは今や肌ツヤ万全。さらに刃の通り辛かった【砂サソリ】も、容易く両断してゆく光景がリスナーに伝わってゆく。
状態異常『毒』からの回復、および色力の上昇により魔剣の攻撃力アップが目に見えてわかる。
『私にはきる民のみんながいるるーん! この紅茶があるるーん♪ きるゆー! きるゆー!』
普通だったら眉唾ものの効果も、命を賭けて自身の身体で証明している【手首きるる】がいる以上、この配信を目にした冒険者たちも【世界樹の紅茶】の効能を疑わない。
こうして稼ぎの多い一部の上位冒険者たちは、一杯100万円の紅茶に釘付けになる。
後日、【世界樹の紅茶】に対する問い合わせ殺到したそうだ。