73話 宝石が浮かぶ湖
「ねねっ、しろくん。あたしもさ……その、記録魔法を習得したんだ」
「ん?」
平日の放課後。
普段であれば推したちの動画編集をするために、そそくさと家に帰る。しかし、そんな俺を引き留めたのがクラスの推しの声ならば、反応せずにはいられない。
「蒼も記録魔法を?」
「うんうん。記録魔法だよ」
クラスメイトに聞かれないように、コソコソと耳打つ蒼の声がこそばゆい。
これぞリアル耳元ASMR。
タイトルは……そうだな、『推しが実はクラスメイトで、放課後に耳元ASMRかましてきて困るんだが?』……長いしわかりづらいか。
「だから、その……あたしも、ぎんぴみたいに新しい異世界ソロコンテンツが欲しいから……しろ君がよかったら……付き合ってくれないかな?」
「推しのためでしたら、いつでもお付き合いいたしますとも」
「やった!」
ちなみにぎんにゅうはアレからドラゴン牧場を異世界ソロコンテンツとして確立させ、けっこうな頻度できゅーやぴよと出入りしている。
特にきゅーとぴよはここ数日、ずっと竜の卵を温めている。フェンさんも時々だが、協力してくれているようだ。
「で、ソロコンテンツって言っても何か当てはあるのか?」
「んんー……最近、話題になってるのは【絵画世界】かな? でもあそこはさすがに危険すぎる? なんか人間を宝石にしちゃう大鬼がいるんだっけ……別の候補として【血の館】もいいかな? だけどあっちじゃ注目度は落ちちゃうよね……」
ヤミヤミがまとめてくれた情報だと、噂の【絵画世界】はけっこうヤバイ所らしい……だけど、推しのためなら行くのが世の情け!
それに出現する相手が鬼? ならワンチャン簡単にどうにでもなるかもしれない。
なにせ先日、ぎんにゅうに食べてもらった【獄・鬼タン塩】の基本効果は、あらゆる鬼が敵対しなくなるからだ。
「多分、大丈夫かも? とりあえず、蒼にはダンジョンに突入する前に食べておいてほしいものがある」
「わっ、しろ君の料理が食べれるなら願ってもいないよ!」
こうして俺たち2人は【先駆都市ミケランジェロ】に飾ってある絵画、【宝石が浮かぶ湖】へと足を運んだ。
◇
「ねえ、あの牛タン? あっ、鬼タン……ものすっごく美味しかったよ? あんなのぎんぴは独り占めしてたの? あとでみんなにも振舞ってあげてほしいな」
「りょーかい」
話題の絵画の前に来て早々、蒼は絵画の美しさではなく俺の料理の感想を述べた。
いや、まあ嬉しいんだけども。
「さて、じゃあ行こっか」
「おう。あ、その前に背負ってるリュック預かっておこうか?」
「あっ、これは……その、いいの! あたしの荷物だから」
「さよか」
んん、蒼はいつもなら【宝物殿の守護者】に預けるのに抵抗がない。
今日は2人だけで異世界にいるので、色々と警戒して準備してきたのかもしれない。
「ほ、ほら! あたしのリュックはいいから行くよっ」
何のためらいもなく蒼が絵画に触れる。
俺も同時に推しと共に絵画に手を伸ばせば、ひんやりとした食感が伝わってくる。まるで水面に手を突っ込んだ感覚、そしてすごい勢いで絵画の中に吸い込まれていく。
「うあー……これ、ちょっと酔うね?」
「確かに……」
気付けば俺たちは緑豊かな林の中にいた。
前方には木々の合間からうっすらと見える湖。そしてやはりチラホラと目につくのは、人型の宝石彫刻である。
「うわあ……こんなにいっぱい……これって絶対に増えてるよね?」
「まあ……攻略が盛んな時期もあったしな」
「いきなりボス戦……みたいな感じだね?」
「んん。でも、相手が鬼ならさっきの【獄・鬼タン塩】の基本効果で、俺たちと敵対しないはず」
「地獄を仕切る閻魔さまの舌だもんね! 怖い鬼でも、耳を傾けること間違いなし!」
「あ……一応、警戒はお願いします」
「あいあいさー!」
蒼は元気ハツラツに答えてくれる。
そしていつ敵が襲ってきても大丈夫なよう自然に拳を構えているあたり、確実に冒険慣れしてきたように思える。
「何かくるね」
「おそらくアレが例の大鬼か……」
そいつは鬼というより、下半身が蛇で上半身が人型……ナーガに近い種族に見えた。
唯一、ナーガとの違いはそのサイズ感だろう。
下半身だけでも長さが5メートルは超えている。上半身も2メートルはあり、一言で言えば大きな蛇女といった風貌だ。
一番恐ろしいのは、この林を隠れ蓑にしながら蛇のようなしなやかな動きができる点。さらに超スピードで接近できる身体能力を持ち合わしており、こちらが気付いたが最後……大鬼の吐息を浴びて宝石人間になってしまう。
そんな戦闘スタイルを誇る【彫刻の大鬼ジュエル】だが、今回はやけにのっそりのっそりしゅるるる~と木々の合間を縫いながら俺たちに近づいてきていた。
「事前情報よりだいぶぬるい……? それともあたしたちを敵認定してないから、あんなに悠長な動きなの?」
「おそらく、【獄・鬼タン塩】が効いているのかと」
「シュルルルル~……閻魔さまの力を感じるしゅる~。そなたらが閻魔さましゅるるる~?」
しかもまさかの人語を解すパターンだった!
技術【万物の語り部】の中から【鬼語り】を発動する予定だったけど、どうやら【彫刻の大鬼ジュエル】相手には不要そうだ。
「ふっふっふ、いかにも! ぬしもわるよのお」
蒼はなぜか【彫刻の大鬼ジュエル】を前に、仁王立ちで悪代官の小芝居をうっていた。
俺はとりあえず確認してみる。
「あなたが芸術の神ミケランジェロのご友人、宝石を生む芸術家ですか?」
「しゅるるる~その通りしゅ~。最近は作品が捗って調子がいいしゅるるるる。お前らも永遠の美として宝石になるしゅるるるう?」
「ふっふっふー、ぬしもわるよのぉ」
蒼はまだ悪代官のままだった。
というかよく見たら腰が引けており、手もぷるぷると震えている。
なるほど。確かに【彫刻の大鬼ジュエル】は顔がけっこう怖い。というかもはや蛇の悪鬼といっても過言ではない。
推しの微笑ましい強がりを捉えたところで、仕事モードへと切り替える。
「いえいえ、私たちも作品を作りに参りましたので。自分が作品になるのは、ご遠慮ねがいたい」
「どんな作品をつくるしゅるるるるうう?」
そう問われて、そらちーは青い顔をしながらこちらを見つめてくる。
「そうですね。どこかに手ごろな宝石などはないでしょうか?」
「ふぅぅぅううぅしゅるるるるるぅぅぅぅう。これでどうだ? そなたの芸術品は、これより美しいのか?」
俺の問いに、すぐ傍で咲いていた花に息を吹きかけた【彫刻の大鬼ジュエル】。するとルピナスに似た花は、みるみると宝石と化してゆく。
小粒の蒼い花の宝石が幾重にも煌めき、茎や葉の部分は翡翠玉に輝く。
「そうですね。これならば————【金剛研磨】、【家具転生】!」
技術〈至宝飾士Lv50〉による『金剛研磨』、〈神界の家具士Lv50〉による『家具転生』を発動。
俺の手によって磨き抜かれた宝石は、より一層の輝きを放つ。原石のままでもそれはそれで美しいが、やはり極致へ至るために挑戦して咲いた宝石も素晴らしい。
そこから素材に最も適合しやすい家具へと自動で転生する技術を発動すれば、花の宝石は瞬時にインテリアへとなり変わる。
瀟洒なアイアン風の額縁に飾られたそれは、まるで宝石花の絵画、もしくは格調高いお店の看板にだって使えそうだ。
よくシーグラスなどを額縁に張り付けて、花や木を象るアート作品にする分野もあるが、それに近しいものを感じる。
「【青宝石の花アート】でございます」
「しゅるるるるるるうううううう、す、すごい、すごいしゅるるるるううう。ぜ、ぜひ、飾っておきたいしゅるうううう」
「もちろん、元は貴女の作品でしたので。その代わり、私たちがここを自由に行き来できる権利をいただいてもよろしいでしょうか?」
「いいよいいよ、閻魔さま。わたしの作品だってあげちゃうしゅるるうるるるうるう」
俺と蒼は宝石人間を勧めてくる【彫刻の大鬼ジュエル】をどうにかやり過ごしながら、奥へと進んでいく。
【彫刻の大鬼ジュエル】は意外にも自作品を勧めてくること以外は、けっこう参考になる話を聞かせてくれた。
というのもやはり自分の息で宝石人間にしたものの、それだけではアート性に欠けるとして宝石の扱いや削り方などを熟知しているようだった。
そこらじゅうに見受けられる宝石人間も加工されていたり、別の腕をくっつけていたり、顔が三つあったりと、宝石の接合技術も高いらしい。
どれも恐怖の表情一色に染まり切っているのはなんとも不気味だが、彼女は宝飾加工において熟練の腕を持っているようだ。
そんな彼女が俺の創った【青宝石の花アート】を高く評価しているのだから、悪い気分はしなかった。
蒼は未だに少しビクビクしているが。
それでも、キラキラと輝く湖を目の前にすると興奮したようだ。
「うっわー……宝石が本当に、無数に浮かんでるよ!? なんだか、揺らめく銀河を眺めてるみたい……素敵だね」
ちょっとロマンチックなロケーションに、俺もほうっと感嘆の息をもらしてしまう。
こうして俺たちは前人未踏の地、【宝石が浮かぶ湖】へ無事に到達することができた。




