67話 天秤と断罪の森★
「ここが【天秤と断罪の森】……」
『とても不思議な木々の形をしておりますわね』
ウタと俺はこれまた異世界の風景に息を呑む。
もはや目の前に広がる森は、森ではなかった。
木の形をした巨大な天秤が何本もそそり立ち、両の皿には大地があった。
そう、天秤に吊るされた皿にも草花が咲いているようで、もはや不思議でしかない光景だ。しかも皿は岩の小山だったり、一面が草原だったり、川のようなものが流れていたりと、それぞれが個性豊かなフィールドになっている。
そして森の奥深くには、他を圧倒するほどの巨大な天秤がそびえ立っている。無論、その皿も広大だ。
「これより、攻略配信を行う! みな、準備を怠らないように!」
ヨハネスさんの号令の下、攻略コラボ配信は幕を開けた。
「みな! よく聞いてほしい! まず我々は【天秤樹】に吊るされた皿、というより小さな大地を経由してこの森を進んでゆかねばならない!」
ヨハネスさんがこの場の全員に、この地の特徴を説明してくれる。
「なぜなら、これを見てほしい」
彼はおもむろに【天秤樹】の傍にボールを投げた。
すると緑豊かな地面にボールがバウンドするかと思われたが、草々が突き刺さった。まるで一本一本が鋭い針のように、ボールは貫かれてしまう。
「このように今回は【針山】だったが、もう一度投げてみると……」
ヨハネスさんが再びボールを投げると、今度はジュッと音が鳴って瞬時にボールは溶け消えてしまう。
「今度は【炎獄】だ……現時点で確認されている刑罰は、熱を帯びた草々が伸びて串刺しにされたり、灼熱に身を焼かれながら草々に切り裂かれたり……パターンはランダムだが、【神殿】はすでに4人の戦友を失っている」
この一言に全員の態度がより引き締まった。
「それに……この地には【鬼】が定期的に巡回している。あちらはこのフィールド刑罰にさらされないうえ、かなり強い」
『まるでこの森は……地獄そのものではありませんか』
ウタの感想に俺も同意だ。
とにかく【天秤樹】の皿を経由して、先に進むしかないようだ。
「次に【天秤の樹】には独自のルールが存在している! それが何なのかは……」
ヨハネスさんがふと俺を見る。
「……しばらく過ごしてみないとわからない。ただ、我々はあの皿、というか吊るされた大地に乗れば、均衡を保っていた大地が当然傾いてしまうと思う者もいるだろう」
しかし、と彼は説明を続ける。
「逆に我々が乗っていない大地が下がったりすることもあった。わかっているのはこの一点、下がった大地にいる方には罰が下される。いわゆる不利な状況に陥る」
「どのような罰でしょうか?」
「それもランダム性が高いのだが……我々が体験したのは魔法が使えなかったり、重力系のデバフがのしかかりひどく動きづらくなったり、だ」
「じゃあ逆に上がった大地にいる方はどうなるのですか?」
「何らかの恩恵を得る。魔法の威力全般が上がったり、信仰が回復したりなどだ」
なるほど。
何かが重い方にはデバフが、何かが軽い方にはバフがつくってわけか。
しかし、これが黄金領域になる前の最先端の地か。
かなり人間が住みづらい、どころの話ではない。
生存できない。
こんなところを日頃から率先して攻略してゆく【神殿】を、少しだけ尊敬してしまう。
「致命的なデバフを付与された場合は、即座に帰還する方針を取りたい。異論ある者はいるか?」
さすがに反対意見を出す者はいなかった。
集められた冒険者は上位パーティーが二つと、中堅冒険者が10名。そして【神殿】メンバーが15人。総勢40人近い数での攻略となるが、みなそれなりに経験者だ。
この地の危険を肌で感じ取ったのだろう。
「では、出発だ! まずは我々【神殿】が、【天秤樹】が吊るす片方の皿にロープをかける! 我々が登ったら、順次ロープをつたってきてくれ!」
【神殿騎士】たちが重そうな甲冑姿のまま、ロープをすごい勢いで登り切ってゆく。さすがは【神殿】の中でも実力者ぞろいなだけはある。
俺たちの順番は【海渡りの四皇】、【巨人狩り】の次で、戦力的に三番目の位置を期待されているようだ。
『私たちが乗っても天秤は傾きませんわね』
「そうですね……いや、少し待ってください」
俺はこの地に潜む何らかの強い意思をキャッチする。どうやら【万物の語り部】が何かに反応しているようだ。
チャンネルを合わせる感覚で、何者かの意思を汲み取れないかそれぞれの技術を素早く切り替えてゆく。
んん……【精霊語り】がビンゴか。
『ここでは全てが天秤にかけられる』
『どちらの罪が重いのか?』
『その身を飾る罪、虚飾にまみれた罪はどちらが重いか?』
その身を飾る……装備や服?
これは……まさか……あちらの皿とこちらの皿で、服を着てる人数が多い方がデバフにかかる!?
どうする……みんなに裸になれと叫ぶべきか!?
「ヨハネスさん! どうやら【天秤樹】には精霊がいるようです! その精霊がデバフやバフのルールを仕切ってるかもしれません!」
「なに!? 詳しく説明をたのむ!」
周囲を警戒しているヨハネスさんに、俺は口早で伝えてゆく。
彼は納得してくれたが————
「つ、つまり、今は装備や服を脱がないと……こちらが傾いていく……!? あぁっ、まずいぞ! こうしているうちにこちらの大地が沈んでいく!?」
【神殿】の人々は重鎧の装備がほとんどだ。それを着込むだけにはそれなりに時間がかかるし、脱ぐにも時間がかかる。さらに言えば、ウタは女性の身だし非常に脱ぎ辛い。とはいえ、俺は既にすんごい薄着になっている。
速攻で上裸になり、あとはパンツを脱ぐだけだった。
少しだけ恥ずかしいが元は男だ!
別に上裸ぐらい! 命が懸かっているのならッ、今は構わない!
ウタを守り抜くためならお安い代償だ!
物凄い視線を感じるが、まあ別にいい!
やっぱり物凄く恥ずかしいけど、まあいいんだ!
ち、ちくしょう!
それよりも精霊たちの声に耳を傾けなければ……!
『罰は決まった』
『虚飾にまみれた者への罰』
『自らの本心しか語れない罰』
『真心語り』
「で、デバフが決まったようです」
思っていたよりも重いデバフじゃなくてよかったと安堵する。
「ほああああああぁぁナナシさんのぱいぱい……いや……そのナナシさんに脱いでもらっておきながら……す、すまない……とても良いものを見せていただいたという罪悪感もあるが、かなり興奮してしまった。できれば揉んでみたいものだ」
ヨハネスさんは自らの口を塞ぎ、動揺している。
うわあ。真心語りが発動してる。
「私は何を……誠に申し訳ない。こんなことを言うつもりはなかったんだ。本当だ。だが、その……目の前にそのような立派なものを見せつけられてしまうと、つい顔をうずめたくなってしまうので……どうか服を着てほしい。一生見ていたいが、ここはどうか」
「あ、えっと、すみません……はい、すぐに着込みます」
ヨハネスさんは清々しいと思った。
「そ、それでナナシさん。デバフの内容も把握できたのか? あとできたらもう一度ぱいぱいを……いや、私は何を言ってるんだ!? くっ!」
「はい。この大地でのデバフは、本音しか喋れないようになるようです」
「うぅ……本当に申し訳ない」
「いえ」
「しかし……私の思惑通り、【にじらいぶ】の飛躍にはナナシさんが大きく関わっていたんだな……」
「いえいえ、ライバーのみんなが頑張ってるからこその活躍ですよ」
「ご謙遜を。我々が把握できなかったこの地のルールや仕組みを、まさか初見ですぐに暴くなんて素晴らしすぎる。ぜひうちに勧誘したい。夜もぜひお誘いしたい……って、私はまた何を言ってるんだ……!?」
「いえ! むしろヨハネスさんは清々しいです。ですので、ぜっ、全然、お気になさらず、その……今は攻略に意識を切り替えましょう!」
そんなやり取りをしていると【神殿】の1人が、俺たちに申し訳なさそうに会話に入ってくる。
「あ、あの、すみません……ヨハネスさん、今の配信されちゃってます……ナナシさんのお綺麗かつ最高に興奮する魅惑のボディは、とっさに画角をズラして死守しましたが……ヨハネスさんの……セ、セクハラ発言は隠しきれてません! リスナーにだだもれです!」
あっ。
そ、そうだった。
攻略配信してたんだ!?
んんー、コメント欄はまさかの大荒れ……?
まさかの大炎上……?
俺たちのコラボ攻略配信は、前途多難のスタートを切ったようだ。




