66話 味わい竜しゃぶ
「傭兵団【武打ち人】には修繕費を、【にじらいぶ】には迷惑料をお支払いいたします。ソリッド君は拘置所にて二週間、猛省してもらう」
「……委細、承知いたしました」
ソリッドさんの処遇や諸々への対応が、ヨハネスさん主導の下テキパキと決定してゆく。
ついて早々、コラボ相手でもある【神殿】とギクシャクした空気が流れてしまったのはよくないように思えた。
だから貢物ってわけではないが、【にじらいぶ】の覚えをよくしてもらうためにも料理をふるまうのはいかがだろうか?
だから俺はヨハネスさんに問いかけた。
「あの……みなさん、昼食はもう済まされましたか?」
「いや、まだですが……おっと、ナナシさんもウタさんも遠路はるばる【鉱山街グレルディ】から来られましたのに、これは気が利かず申し訳ない」
ヨハネスさんは俺たちが腹ペコだと勘違いしてしまったようだ。
『執事様の手料理を、またいただけるのですか? 大歓喜ですわ!』
ウタが可愛らしい笑みで両手をパチンと合わせて期待するものだから、俺にも気合いが入る。
「今回の遺恨を流すためにも、レイドクエスト前に昼食を共にして親睦を深めるというのはいかがですか?」
「願ったり叶ったりですが……そうですね、この辺のご飯屋と言えば……」
「私がこの場で手料理をふるまうのはいかがでしょうか?」
「な、ナナシさんが?」
「といっても、切って煮るだけの簡単なものです」
キョトンとするヨハネスさんに、事のあらましを聞いていた【海渡りの四皇】や【巨人狩り】が猛烈な勢いで首を突っ込んでくる。
「ナナシロくんのお姉さんの料理……これは気になるよ!?」
「ナナシロの姉御の……まさかまたあんな美味過ぎる、なんてことがあるのか!?」
上位パーティーが期待と興奮の反応を示したところで、ヨハネスさんはニコリも笑う。
彼らの信頼が俺の信頼に繋がる、冒険者らしい横の繋がりだ。
「ナナシさんがよろしければ、ご相伴与かりたく存じます」
こうして俺のランチクッキングは幕を開けた。
◇
鍛冶師たちが集まる街の一角には、食欲をそそられる芳ばしい香りが漂っていた。
そして蜜に蜂が誘われるように、賑わいを見せる集団がいる。
彼らは甲冑姿が眩しい【神殿】の面々。そして、【神殿】に招集された屈強な冒険者たちだ。
普段、街ですれ違えば、彼らの厳めしい面持ちやピリつく空気に萎縮してしまう者もいるだろう。そんな彼らは今や、和気あいあいと笑顔で箸をつつきあっていた。
平和すぎる光景だ。
「こちらが、旨味ひろがる白だしスープです」
俺がぐつぐつと煮立つ金色のスープを紹介すれば、冒険者たちが想い想いの食材をひたしてゆく。
とれたて新鮮のシャキシャキ野菜がスープに入った途端、ふわりとやわくなる。
山の幸であるキノコ類を、じっくりとつければ素材の味と白だしの旨味が凝縮されてゆく。
さらに薄切りにされた、美しい紅玉色の竜肉をしゃぶしゃぶすれば————
瞬時に鮮やかな赤も、ぷりぷりの銀河へとなり変わる。
幾億ものダシの煌めきと、肉の輝きをその身に乗せた絶品しゃぶしゃぶ。
まさに美味なる小宇宙が誕生してしまう瞬間だった。
「————うんまっ!」
「鰹の旨味がッ、竜肉の旨味と融合する!? 衝撃の小宇宙!」
「おいおいおい、竜肉がこんな美味いなんて聞いてないぞ!?」
「なんだよ、この……体の内から湧き上がってくる熱は!? 全身が美味いと感動している!?」
「こちらは、味わい深いまろやか豆乳スープでございます」
「くっ……ほんのりとした甘味が、さらに竜肉の美味さを引き立てるだと!?」
「び、美容にもいいだと!?」
「コラーゲンたっぷりじゃああああい! あっ、ウタさんも食べるらしいぞ」
「まっさかの……推しと同じ鍋をつつける日が来るなんて……俺、今日死んでもいいかも」
「くうううううう、ウタ様あああああ」
「……まじで運を使い果たしてないよな?」
「んんーはふはふっ、んんー」
どうやらウタは豆乳しゃぶしゃぶが気に入ったようだ。
大人たちに交じって美幼女が『はふはふ』している絵は非常に癒される。
これには【神殿】の撮影係も釘付けになっているのか、しっかり【神殿】リスナーに【紫音ウタ】の存在をアピールできたと思う。
この昼食タイムはあとで編集を加えて、動画としてアップする予定らしい。
「こちらは、さっぱり柚子塩だしのスープでございます」
「おうおうおう、柚子の香りがたまらん!」
「くぅぅぅぅ、酸味と塩、肉と野菜のハーモニーじゃあああ」
「後味すっきり! 運動前には最高じゃないか!」
「脂身の美味さが塩味のおかげでひきしまるな!」
「こちらは、ほっと旨辛味噌スープでございます」
「こっ、これは! パンチの効いたにんにくが擦り込まれている!?」
「辛みと味噌の旨味が絶妙にマッチしているぞ!?」
「からの竜肉うぅぅぅぅぅぅぅぅうう! うまからっ!」
美味い料理。
みんなで食卓を囲む。
さすれば遺恨など消え去り、楽しい一時が生まれる。
そんな俺の思惑はだいたい成就したようだ。
【神殿】のみんなも、冒険者のみんなも、一緒くたになって俺たちに笑顔を向けてくる。
「……そうか……ナナシロ君の凄腕料理は、お姉さん仕込みだったわけか……」
「ナナシロの姉御……見かけだけじゃなく、こんな料理の達人だとは……ますます嫁になってほしいぞ……」
あぁ……キヨシさんたちに後でなんて言おう。
そしてオンドさん……スープ作りは確かにこだわったけど、しゃぶしゃぶなんて素材を切って鍋にぶちこむだけですよ?
大人数で一緒に味わうにはこれしかないかなーって苦肉の策ですからね?
「キヨシよ、【にじらいぶ】には他にもこのような凄腕料理人がいるのか?」
「ええ。ナナシロくんもかなり美味しい料理を作ってくれますよ。もちろん、ヨハネスさんのことだから、すでにこの絶品しゃぶしゃぶがもたらす効能にもお気づきでしょう?」
「……す、素晴らしいぞ……しかしこのような人材が、もう一人いるだと……? 末恐ろしいな……にじらいぶ……」
【海渡りの四皇】や【巨人狩り】、そして神殿騎士のみなさんが中心となって、しゃぶしゃぶパーティーはますますの賑わいを見せてゆく。
さらにウタの気分が乗ったのか、歌姫がアカペラでその美しい声を披露し始めた。
俺は執事らしく、合わせてヴァイオリンを奏でてゆく。
「まさか、ウタちゃんの生声演奏を聞けるとか……」
「感動だ」
「俺……まじでこのレイドに参加してよかった……」
「最高の飯に、最高の音楽、最高の冒険じゃねえか」
「ウタさまああああああああああ」
「俺、なんか、涙出てきたわ」
「しゃああああああ! 黄金領域ぜってー解放するぞおおおお!」
「おいおいおい、ウタちゃんの歌声に魔法が乗ってる!?」
「噂の歌魔法か!? うおっ、力がみなぎるぞ!?」
「竜肉のバフ、そして歌姫のバフ、もう負ける気がしないな!」
さあ、準備は整った。
みんなで力を合わせて領域解放を目指すぞ。
「まさかこのような楽しい昼食がとれるだなんて……しかもこれほど実利もあるとは、思ってもみなかった。ナナシさん、ウタさん、【神殿】一同、お礼申し上げます……!」
「だから言ったでしょう? にじらいぶはすごいからって」
「美味い料理も作れて……すげえ曲も弾ける……なんて、なんて可憐なんだ……ぜひ俺の嫁になってくれ……!」
ん?
オンドさん、それプロポーズじゃないですよね?
◇
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【味わい竜しゃぶ(風竜)】☆☆☆
暴風の王竜ヴェントス、その眷属の竜肉が贅沢に使用したしゃぶしゃぶ。
風に力を乗せるヴェントスの力がこもっており、あらゆる風味を活かす特徴がある。それぞれの食材の旨味を風に乗せ、鼻から胃へと侵入する様は、まさに理不尽な美味の侵略である。
神々もその侵略には抗えなかったほどだ。
基本効果……あらゆるバフ効果を1.5倍に増幅する。またその効果範囲も広げる。
★……永久にステータス色力+2を得る
★★……永久にステータス信仰+2を得る
★★★……特殊技術『風に乗せて』を習得する。
『風に乗せて』……信仰を1消費して、そよ風を発動させる。風力と相性の良い魔法の威力を1.3倍に引き上げる。
【必要な調理力:220以上】
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