59話 崩れかけの花街
『あっあっ……また私の心音をお聞きになられましたか?』
俺がとっさに首をふるふるしてしまうと、紫鳳院先輩はさらに顔を赤く染める。
『あぁ……だから王子様を避けておりました。本当はたくさんお話したく、お慕い申し上げております……あぁ、でもっ、なんてことを私は……! これは違くて……!』
あふれ出る紫鳳院先輩の心を聞きながら、俺も動揺してしまう。
な、なるほど……おしゃべりしたいけど、本音が丸聞こえになってしまうジレンマで今まで避けていたと。
幼女姿であわあわしている先輩を見て、すごく可愛らしいけどすごく申し訳ない気持ちになってしまう。
そんな彼女を守るかのようにスッと俺たちを遮ったのは、これまた中学生くらいの女子だ。
どことなく紫鳳院先輩に似た顔立ちの少女が怪訝そうに、【にじらいぶ】の面々を眺める。
「あの、どちら様でしょうか?」
そんな問いに代表として答えたのは、もちろんきるるんだ。
「VTuber、YouTuber事務所の【にじらいぶ】よ。私は手首きるる。だけど、その正体は————」
そう言って突如、きるるんは変身を解除して紅に戻ってしまう。
「夕姫紅よ。お久しぶりね、紫鳳院紫姫さん、紫穂さん。近衛神宮家主催の海上パーティー以来かしら?」
「あ、夕姫さん、ですか? えっ、なぜ姉様の正体を……?」
「私たちは魔法少女だもの。魔法幼女の色だって少しは感じ取れるわ」
「あっ、あっ、さようですか!」
どうやら少女は紫鳳院先輩の妹さんのようだ。
というか紅は二人と顔見知りなのか。
紅の挨拶により、妹さんの警戒心が一気に下がったように感じる。
それから紅は再び魔法少女に変身しなおし、紫鳳院先輩と妹さんを含めてなぜここにいるのかを尋ねてみる。
「それが……妖狐族から姉様にご依頼をいただきましたので……姉様はどうしても行きたいと、筆談で仰っておりましたので……不安でしたから私がついて参りました」
『冒険者でもない紫穂にここまでついてきてもらって悪いと存じます……』
「どんな依頼内容なのかしら?」
「ただ、素晴らしい歌声の持主である姉様を……自分たちの里にご招待したいと……でも、姉様はもう……」
『声を失いましたが……その、【にじらいぶ】のライブを見て、私にも何かできることがあるならと……諦めたくなくて…………それに、声を奪われたのも異世界関係なら、取り戻す術も異世界にあるのではと存じまして……』
「なるほどね。だいたい私たちと同じような依頼ね」
「でも、じゃあ妖狐たちは何をしたいです?」
「んんー……そこはかとなく怪しいよねえ」
「やっぱりこんボロボロん街並みも気になるよね」
きるるんを皮切りにぎんにゅうやそらちー、ヤミヤミの三人はそれぞれ紫鳳院姉妹に挨拶を交わし、自然と俺を含めて7人で行動する流れとなった。
ちなみに俺の存在はこの服装から、執事か何かだと判断した紫鳳院先輩の妹さんは気にも留めていない。さすがはお金持ちっぽいところのお嬢さんだ……。
「少し老朽化? が進んでいるのも味のある風情よね」
「さびれた台湾? 京都? の街並みっぽいです。あっ、ここの裏道なんか異世界に繋がっていそうです!」
「でもさ、ここって黄金領域じゃないんだよね?」
「妖狐たちや人間が集まっとーとはいえ、モンスターたちが普通に出現するけん気を付けてこ」
噂をすればなんとやらだ。
俺たちが狭めの裏路地を歩いていると、直径1メートルはありそうな岩石が壁を伝ってコチコチと軽快な音を立てながら移動している。
「まるで鉱物の蜘蛛だな……」
どういう原理で壁を垂直移動してるのかは謎だが、そのモンスターは鈍い光沢を放つ岩に8本脚が生えた奇妙な生物だった。3匹ほどこちらへ近づいて来ており、青、黄、赤とそれぞれが異なる色をしている。
それらは唐突に毒々しい糸を吐いてきて、俺たちに襲いかかった。
「————【血戦:紅き棘薔薇の壁】」
しかしきるるんが瞬時に張り巡らせた血と棘薔薇の網によって、敵の糸は絡め取られる。さらに飛び掛かってきたモンスターたちも、ガキリッと網目に引っ掛かりその勢いを失う。
「————【演武:鉄の手刀】」
そんな身動きの取れないモンスターをあっさりと両断してゆくのがそらちーだ。後に残ったのは動かなくなった小岩たちだけだ。
俺はそれらを【審美眼】で見てみると、そのモンスターの正体が何なのかわかった。
「どうやらこれらのモンスターは【うごめく奇石】といった名称のようです。汚染竜の廃棄石、いわゆる汚染竜ファヴニールの鼻糞なのだとか……」
「うっわ……あたし、手で触っちゃったよ!?」
俺の説明を受けて少しだけ嫌な顔をするそらちー。
そんな俺たちの騒動を耳にしたのか、数匹の妖狐たちが心配そうに俺たちの様子を見に来てくれる。
「旅のお客人方、無事でありんすか?」
「【聖杯祭り】が迫っているのに、魔物の侵入を許してしまい申し訳ないでありんす」
「【聖杯祭り】?」
妖狐たちが何気なく言った言葉に反応したのは紫鳳院先輩の妹さんだ。
「はい。ボスを倒してもなお、この地が【極彩花殿ファーヴシア】として返り咲かないのは、聖杯が穢れたままだからでありんす」
「わっちらは定期的に聖杯へ『芸』を奉納し、その穢れを清めようとしてるでありんすよ」
「旅のお客人もわちらの『芸』を見て、どうすれば良いのか助言をくれるために来たのでありんしょう?」
「六華花魁の姉御たちに見初められた芸達者とお聞きしておりんす」
「どうか遠慮なく、わちらに物申してくりゃしゃんせ」
「どうかどうか」
なるほど……。
ここでは特に水晶工芸が盛んだと聞いていたけれど、様々な芸を『聖杯』の前で披露しあうのが『聖杯祭り』なわけか。
そして、聖杯の穢れを清められさえすれば、ここも黄金領域として復活するかもしれないと妖狐たちは予測しているらしい。
「『聖杯祭り』……なんだか面白そうね?」
「ぼくたちも何かできるといいです」
「なるほどなあ。あたしたちにお祭りを見せて感想を聞きたいってことだったんだね!」
「警戒して損したばい」
『私も……この声の呪いさえなければ……聖杯祭りに参加したかったのです』
ん?
呪い?
そういえばこの間作った【ローストドラゴン(竜呪)】って、全ての呪いを解呪できる効果があったよな?
「失礼、紫鳳院先輩……いえ、紫音ウタさん。今、貴女の声が出ない原因は『呪い』と仰りましたか?」
『は、はいっ……私の声は【虹の奏竜メロディーン】討伐時に受けた呪いで……失いました。現状、どの医療機関も……異世界産の回復アイテムも、呪いを解呪できる物がありませんの……』
「どうやら紫音ウタさんは……呪いによって声を失ったようです」
「それはそれは……」
きるるんは状況を把握すると満面の笑みを浮かべる。
「紫音さん? もし仮になのですが、今この場で声が取り戻せるとしたら【にじらいぶ】に所属していただくのは可能かしら?」
すぐに紫鳳院先輩の妹さんが筆談の準備をしようとするが、俺は彼女が書きだす前に声を聞く。
『この声が……戻るのでしたら、もちろんです。私も【にじらいぶ】の皆様とご一緒に、私の王子様とご一緒に、お歌を奏でたいと存じておりました』
「……紫音さんは承諾しております」
「そう。なら決まりね。私もちょうど二回目の変身で信仰が少し心もとないの。ナナシちゃん、ローストビーフと……」
きるるんはコホンッと咳払いをしてから、キラキラの決め顔で俺に命じる。
「ローストドラゴンに合う、とっておきの料理をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
MPが回復できて、『聖杯祭り』を前に、精のつく美味しいご飯。
そんなメニューの食材として選ぶのはもちろん————
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