58話 水晶の彼方
「【にじらいぶ】の音芸の実績は確かでありんす」
「どうかわちらの隠れ里を音で御守りおくんなし」
「ただただ、お嬢様方とわちらの里を見て回り、わちらにどのような芸が足りてないのかを指摘してくださいまし」
「多少の危険はありんしょう。ですが、九尾のご主人様ほどの強者でありんしたら御心配ないかと」
「難しい話でありんしょうか?」
「先日の無礼が原因で、わちらとは口も利いてくれないのでありんすか?」
「…………」
ふるふると首を振る。
「くきゅ?」
おおおおおおナイス助っ人おおおお!
俺の喋れない状況下で、どうにかきゅーを介して【六華花魁】に俺の意思を伝えてゆく。
「きゅーきゅ?」
「はらはら、九尾様の御言葉たしかに」
「紅きお嬢様の御意思次第でございますか」
「色よいお返事をお待ちしてるでありんす」
こうして信長さんがいる場を乗り越え、俺はきゅーの背に乗ってそそくさと退散した。
明くる日。
俺たちは再び異世界に集まり、【六華花魁】と向き合っていた。
紅に昨日の話を持って行ったところ、一も二もなく『行きましょう!』と決まったのだ。
どうやら妖狐の隠れ里は美しい場所として、そこそこ有名らしい。
これは動画素材を集めるチャンスだというわけだ。
「色よいお返事、感謝でありんす。ささっ、お嬢様方、【二尾の花車】にお乗りくだしゃんせ」
【六華花魁】に促され、俺たちが乗ったのは馬車ならぬ狐車だった。ちょっと大きめの二尾の妖狐が牽引するその車は、馬車より華やかなデザインで中華風な紅漆が至る所に施されている。
人間には見えない『花道』と呼ばれる魔力の通り道を介して、浮遊する乗り物らしい。
「通りゃんせ、通りゃんせ、花魁道中、花姫、音姫、いざ吹雪け————!」
【六華花魁】たちが外で、扇子を片手に何らかの詠唱を響かせれば、花びらが大量に舞い吹雪く。同時に浮遊感に包まれる。狐車の窓から外を覗けば、俺たちは花びらに誘われるかのように移動していた。
「さすが、素敵ね。妖狐といえば芸を重んじる種族と言われるだけのことはあるわ」
「はわわわわわ……お空を飛んでるです……!」
「【水晶吹きの隠れ里】かあー、楽しみだね! どんな所だろう?」
「水晶の洞窟ばい。ばってん、きな臭い噂もあるっちゃね。【抱擁する者】だとか、【水晶を抱える者】だとか言われとる」
「抱擁……花街だから、とか? 水晶は……富や欲望が渦巻くから……?」
「いいえ違うわよ、ナナシちゃん。ああ、ちょうど見えてきてたわ。あの辺が【水晶吹きの隠れ里】よ」
きるるんの指さす方には、オーストラリアにあるエアーズロックのようなバカでかい巨石? 岩? とにかく山のような大岩が見えた。
そんな山岩に【二尾の花車】、というか俺たちは突っ込む勢いで空中を疾走してゆく。
「ん……このままじゃ激突しませんか……?」
俺の懸念はまさに現実味を帯びてくる。
それでもきるるんたちは安心しきった様子で、外を眺めている。
「ナナシちゃんはゲーム時代、あまりダンジョン攻略とか外に出る派じゃなかったものね」
「なるほどです。じゃあ、びっくりするです!」
「まあ、あたしも最初はあれ見た時はすっごく驚いたもん」
「毒……ないとよかばい」
ヤミヤミの不穏な言葉に俺は余計に山岩を凝視してしまう。
すると一部の岩肌に亀裂が入り、崩れ始めた。
いや、あれは————
何かの足!?
岩山が足を象ったかと思えば、その全容が何なのかを理解する。
岩山だと思っていた物は巨大な生物? しかも竜に似た何かだ。
【巨神亀オアシス】と同等ぐらいのサイズ感に思わず呻いてしまう。
そして顔の部分、ちょうど口にあたる箇所がバックリとブラックホールばりに開き、俺たちを体内へと招き入れてしまった。
「え……食べられた!?」
「これでいいのよ。【汚染された山神】の中に妖狐族たちの住処があるのよ」
「かつては水晶を口から吐く、【山の聖竜ベヒモス】と呼ばれてたです」
「だから【水晶吹きの隠れ里】って名前なんだね」
「水晶ん扱いに長けとーとが妖狐族。水晶芸ば重んじるっちゃね」
なるほど……。
抱擁する者という言葉も、【汚染された山神】が水晶を腹で生成するから、水晶を蓄えるとか抱擁するって意味か。
「水晶工芸を筆頭に、水晶琴、水晶三味線、水晶尺八、水晶太鼓、水晶舞踊、水晶歌なんてのもお盛んよ。ほら、先日私たちがいただいた江戸切子みたいなグラスがあったでしょう? あれも水晶で作れた逸品よ」
「聞いたところによれば五尾さまが、里を切り盛りしてるらしいです!」
「やっぱりゲーム時代と違うのかな! わくわくだね!」
「少し心配とが、【竜骨の城ホワイトライン】に現れた竜たちは……【汚染された山神】から逃げてきたっちゃ噂があるっちゃ」
おいおいマジか。
確かにこんな巨神に追い立てられたら……竜たちも逃げたくなるよな……。
そもそも汚染されてるって名前が、制御できてないってイメージで怖い。ボスも倒されたはずなのに未だに黄金領域になってないのも気がかりだし。
まあそんな神様の胃袋? 食道の中に俺たちは今いるわけで、恐る恐る外を見渡してみる。
「やっぱり汚染されてるとはいえ、水晶は生成されているようね」
「うわぁぁぁぁ……綺麗ですね……まるで水晶の森の中に迷ったみたいです!」
「おっきいね、本当に。あんなのがそこかしこから伸びてるなんて……うわ、天井まで届いてるよ! うわうわ、天井からもたっくさん生えてるよ!」
「この景色も……妖狐族の悲願が達成しゃれたら、なくなっとーかもしれんね」
「悲願?」
「黄金領域……【極彩花殿ファーヴシア】の復活やけん」
水晶がひしめく洞窟内は、水晶自体が自然と発光しているのか美しかった。
そんな中を、ゆっくりと浮遊しながら【二尾の花車】が進んでゆく。
確かに心奪われる風景だが、ここを住処にしてる妖狐族の生活はどのようなものになっているのか気になる。
一見して人の営みを続けられる環境ではないように思える。
そんな推したちとの洞窟探索も終わりを迎え、いよいよ【水晶吹きの隠れ里】に到着した。
水晶たちがぼんやりと発する色彩豊かな光によって、浮かび上がったのは朽ちかけの家々だった。
和風家屋が並び立ち、石畳の狭い路地が続いている。
二階の木枠から顔を出す狐耳少女たちの、きゃっきゃとかしましい声が響くも、どこか里全体には虚しさが蔓延っているように思えた。
「ボロボロの……遊郭……?」
【六華花魁】の雅な和装から、ちょっと煌びやかな街並みを想像していた俺からすると、とても予想外な光景だった。
そして予想外だったのは建築物だけではない。
なんと、そこには見知った人物も発見できたのだ。
「あれ? 【紫音ウタ】じゃないかしら」
「どうしてウタちゃんが……?」
「あたしたちと同じで音楽に実績があるから、お呼ばれされたとか?」
「音楽……妖狐族は一体何がしたいっちゃね?」
そんな推したちの声にあちらも気付いたのか、紫音ウタこと紫鳳院先輩が俺へと視線を寄越す。瞬間、【万物の語り部】が彼女の強い意思を汲み取り、俺もとっさに【人語り】を発動してしまった。
『あっあっあっ……声を失った私でも、唯一お話ができる王子さま!? ど、どうして私の王子さまもこちらにいらしているの!?』
んんー……またもや恥ずかしい声を聞いてしまったような気がする。




