51話 歌姫の正体
私は紫鳳院紫姫。
良家かつ古い家柄の下に生を受け、幼い頃より家格にふわさしい人物になるべく育てられてきましたわ。
華道に茶道、書道、日本舞踊、乗馬などあらゆる点において高い水準を求められましたわ。
なにせ紫鳳院家は皇族と血を分けた高貴なる存在。
そんな一族から、私が腫れ物のように扱われるようになったのは……魔法幼女に目覚めてからですわ。
お稽古の合間を縫って楽しんでいた『げぇむ』が、まさかこのような副産物を私に与えるなんて夢にも思っておりませんでした。
紫鳳院家の方々はどうやら私を隠しておきたいようですが、私にとっては自由を与えられたに等しいのですわ。
おかげで厳しいお稽古も週二回にまで減り、欲と見栄にまみれた学院とお別れできたので万々歳でございます。
そうして私は一般の生徒さんたちもご在学なさっている、素敵な学園へ転入いたしました。
唯一の懸念点といたしましては……魔法幼女は、変身しなくても常に信仰の消費や、色力の行使をしてしまう点です。
————私の場合は声に魔法が宿りました。
だから不用意に声を発しては危険です。また、信仰の無駄遣いをするつもりもございません。
なにせ私は家からの干渉が緩和したのを機に、私自身がやりたかったことをしてみようと一念発起いたしましたの。うたいてぇや、ぶいちゅっばあ、なる者でございます。
ぶいちゅっばあ『紫音ウタ』として、華々しくうたいてぇデビューを果たした私は、瞬く間にみなさまに受け入れていただきました。
私の歌を聞いてくださる皆様のためだけに、この声を、この魔法を届けたい。
だから学校では口を閉ざし続けましたわ。つまり他の生徒さんとは極力関わらずにおりましたの。あまりにもしつこい殿方がいっらしゃった際は、ほんの少しばかり『声』を使わせていただきました。
それからは何やら恐怖の対象として見られている気がしないでもございませんが……『紫の方だ』だとか『紫ニキ』とか……なぜアニキ呼ばわりされているのでしょう?
ですが気にしてはおりません。
魔女である校長先生のサポートもありましたので、学校生活はほとんど支障をきたしておりません。
些末な事よりも、【紫音ウタ】としての活動が私の全て。
いつものように歌配信をして、映画やアニメの主題歌なんかも歌わせていただいて。そしてひそやかに、淑やかに、国内にモンスターが出現したなら魔法幼女として出動いたします。
そんな充実した毎日を送っていた矢先ですわ。
あの竜と遭遇したのは————
いつも通り、政府の招集を受けた私は、政府の高官様より『【虹】が出現した』とお聞きしましたわ。
現場に赴けば、確かに長大な虹が天に弧を描いておりました。
ただしそれは動く虹であり、触れればビルごと倒壊させてしまう災害級のモンスター。
【虹の奏竜メロディーン】。
私以外にも上位冒険者たちが緊急クエストとして参加していらしたらしく、【天導の錬金姫】や【千獄の鍛冶姫】もおりましたわ。
特に傭兵団【百騎夜行】の精強さには驚嘆させられましたわ。
それでも一歩及ばない。
それが【虹の奏竜メロディーン】。
ですが私は懸命に歌いました。どうか届いてほしいと。
その結果、もたらされたのが【呪い】でしたわ。
虹が枯れ、私の声も枯れてしまいました。
多くのお医者さまのご協力も、治癒魔法、全くの無意味でしたの。
もちろん今話題の魔法少女ぶいちゅっばあ『手首きるる』が宣伝しておりました、【世界樹の紅茶】も飲んでみましたわ。
あらゆる状態異常を回復させる優れもの。これならばと一縷の望みを託しましたわ。
それでも呪いは解けませんでしたの。おそらく呪いは状態異常に該当しない……肉体的な異常が状態異常なら、魂的な異常が呪い、のようですわ。
試せるものは全て試して、どうしようもない事実を突きつけられましたの。
声を失った。それだけですの。
絶望いたしましたわ……。
もう二度と、私の愛した歌を歌えない。
私の愛したみなさんに想いを届けられない。
まるで虹の架け橋から奈落の底に落とされたような、永遠の地獄を味わっていますわ。
こうして異世界に赴いて、吟遊詩人の街をふらふらとうろついているのも……きっと、歌にしがみついているからなのでしょう。
【星々が沈まない街ステラ】。
ここでならもしかしたら、ひょっとしたら、みなさんの素晴らしい音楽を聞けば————
すっかりどす黒い闇に包まれたこの心も、少しは晴れるのかと————
でも、そんな期待など容易に砕かれましたわ。
それどころか、私の胸の内は余計に暗いものになってゆきました。
みなさんが演奏に合わせて、楽しそうに歌っている姿を見て……どうして私は歌えなくて、貴方たちは歌えるの? と————
どうして私なの?
私の声だけがなぜ枯れてしまったの?
どうして、どうして————
羨ましい、悔しい、ずるい、諦めきれない、諦めきれない————
そんな風に汚くて、苦しくて、悲しい感情を引きずり歩いていましたら————
ふと美しい旋律が耳に入ってきましたの。
それはまるで、愛に溢れた幻想的な音色でしたわ。
ヴァイオリンの音から物凄く強い想いが伝わってきますの。
好きな者のために捧げる、好きな者の躍進と安寧、その両方を切実に願った曲調。
————大丈夫。安心して。君たちはどこまでも行ける。
————でも無理はしないで。俺が支えるよ。一緒に歩んでいこう。
それは一種の祈り。
私はその音色に包み込まれるように、導かれるように、聴衆の隅へと腰を下ろしましたわ。
彼の————
大切な人に捧げる気持ちの一つ一つが音に乗って、そんな励ましの音が、沈み切ってしまった私の心に沁み込んでゆきます。
はわあぁ……わあぁ……!
神様がこんな祈りの曲をもし目の前で披露されたなら、どんな願いも叶えてしまおうと了承してしまうほどに。
感涙するほどに、そのメロディも、弾き手も美しかったのですわ。
あぁ……あぁ!
私も、私が、歌いたい!
この演奏と一緒に、彼と一緒に歌ってみたい……!
私の心からの願いは、きっと叶えられないのでしょう。
それでも今は彼が奏でるこの幻想曲に、この身を委ねて、耳を委ねて、心を委ねて。
吟遊詩人たちが集う街の夜は、こうして輝きが増してゆくのだと知りましたの。
私の沈んだ気持ちも、ほんの少しだけ浮かび上がった気がしましたわ。
ヤミヤミの技術にだけ『魔女の弟子』がないこと。
ヤミヤミだけ他校生であったこと。
そしてナナシちゃんの学校に、魔法少女が偶然? 集中していた理由。
少しだけ明るみになりました。




