38話 暴露系VTuberと推し
早朝から教室にいる俺は、とある人物を待っていた。
もちろん『にじらいぶ』に加入したばかりの【海斗そら】こと、藍染坂蒼をだ。
彼女は『にじらいぶ』に入ってからもスポーツ系の動画活動を続けているが、可愛い小物やインテリアを作るといった新しいジャンルの動画を出し始めたのだ。
以前、彼女は可愛いぬいぐるみのフラワーベースを作ってみたら『みんなに似合わない』だとか『求めてない』とか言われたらしい。
当時は彼女が何のことを話しているのかわからなかったけれど、海斗そらの過去動画を見て納得した。
普段からアクロバティックで破天荒な動画を出していた彼女が、ちょっと好きなジャンルの動画をアップしたらリスナーたちの反応は芳しくなかった。
藍染坂さんはスポーツ美少女だ。
でも可愛いものだって大好きなんだ。
そういった事実を思い出し、俺は今、誰もいないこの教室にいる。
「わっ、白くんおっはよー」
「おはよう、藍染坂さん。今日も水泳部の朝練?」
「うんー。水泳系の動画をまた出す予定だから、ちょっと練習に気合い入れないとなーって。白くんはどうしてこんな朝早くに? 昨夜もあたしたちの切り抜き動画がんばってくれてたんでしょ?」
「がんばってたなんて全然。俺にとっては推しの可愛い姿を無限に見れるから、すごく楽しいよ」
「楽しい、ね。相変わらずだね、白くんは」
「藍染坂さんこそ、最近は楽しいことに挑戦してるじゃないか。この間の可愛くてオシャレなインテリア作りの動画を見たよ」
「あっはっはーお恥ずかしや。でもね、白くんに言われた通り、あたしの好きをどんどん出していこうかなって。そしたら似合わないってイメージも、きっと私のイメージになるって」
「うん。いいと思うよ。だから、今日はこれを渡しにきたんだ」
俺が【宝物殿の守護者】から取り出したのは、七色に輝く魔法瓶に入った水栽培の植物だ。
自分で言うのもなんだが、なかなかに可愛くて綺麗なデザインだと思う。
ちんまりとした緑が七色硝子からちょこんと生えているのは、部屋を華やかに演出するだろう。
「これって……『虹玉アロマティカス』だよね? この間、ボスモンスターにあげてたさ。シャボン玉みたいのがたくさん出るやつ」
「うん。もう一つ作れたから。これ、防虫にもインテリアにもなるしどうかなって」
「そんなのっ、受け取れないよ。グッズとして売り出したら、けっこう高価なものになるんでしょ?」
「たしかに紅からは商品化の目途が立ったって報告を受けたけど、これは気にしないでよ。藍染坂さんに似合うって思ったから、プ、プレゼントしたかったんだ」
「じゃあ、うん。ありがたく頂戴しようかな?」
嬉しそうに『虹玉アロマティカス』を見つめる藍染坂さん。
推しの幸せそうな表情を見れた俺は、朝から幸せ者だな。
それが例え自分で演出したものであっても、とても幸せだ!
勇気を出してプレゼントしてみてよかったあああああああああああ!
「でも、それを受け取る前に提案があるんだ。いいかな?」
「お、おう?」
「海の色は?」
唐突な質問に戸惑う。
が、なんとか再起動した俺は極々当たり前な答えを口にする。
「へっ? ん、青いよな?」
「じゃあ空の色は?」
「いや、だから青いよ?」
「なんだ、ちゃんと言えるでやんすね?」
藍染坂さん特有の、楽しい時に出てくる小芝居口調に疑問を感じる。
「んん……?」
「藍染坂さん、なんて他人行儀な呼び方は悲しいでやんす」
「お、おう」
「だから、蒼って呼んでよ?」
頬を指でかく藍染坂さんは……。
蒼はニカッと笑った。
直視できないほどの眩しさに、俺はたじろぐ。
「お、おう……蒼、さん」
「ありがと、白くん」
それから彼女は満足したのか、『虹玉アロマティカス』を大事そう受け取って水泳部の練習へと走って行った。
数日後、【海斗そら】がアップした動画を見た俺は、思わず笑みがこぼれてしまった。
『大量のシャボン玉をよけ続けてみた』というタイトルと、シャボン玉に囲まれた美少女が体操選手ばりの横回転バク中をかましてる絵がサムネになっていたのだ。
ちなみに再生数は500万超えでバズっていた。
◇
「まじか……」
俺は料理の研究をしていた過程で、とんでもないものを作ってしまった。
それは『虹玉アロマティカス』と『有翼人の血』を混ぜて改良したものだ。
まず『アロマティカス』とはハーブ系の多肉植物であり、一応料理にも使えそうな余地があると思ったのが発端だ。
そして『有翼人の血』については、きゅーが先日の防衛戦で仕留めた大量の『有翼の娘』の死体がアイテムボックス内にあったので、どうにか調理できないかと研究を始めた。
虹とは七色、いわゆる七変化の性質を持つ。
そして『有翼の娘』は女性しか存在しない種族。
その二つが混ざったことにより……【天使の涙】という、よくわからないジュース? ポーションが完成してしまったのだ。
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【天使の涙】★★★
七色からなる万能色を秘めたポーション。多種多用な変化を織りなし、飲んだ者に自身の色に適した天翼を一時的に授ける。男性が飲んだ場合、肉体が一時的に【天翼の少女】と化す。
基本効果……7時間、天翼を得る
★……即座に信仰を1回復する
★★……永久にステータス色力+1する
★★★……7時間の間、祝福『天翼の聖域』を得る
天翼の聖域……羽根がキラキラする。その輝きが届く範囲は、Lv15以下のモンスターが近寄れない。
【必要な調理力:250以上】
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「んんん……つまり、これを飲んだら俺は一時的に肉体が女の子になるってことだよな……?」
やはりとんでもないアイテムなのでは……?
しかも嫌な予感がする。
このジュースの存在を紅が知ったら、喜々として俺に飲ませてくる未来しか見えない。
うん、このジュースに関しては秘密にしよう。
そもそも『有翼の娘』の肉は……様々な調理方法を試したがどれも上手くいかなかった。どうにも臭味やすっぱさが抜けず不味かった。
人類は共食いを避けるために同族の肉は不味いと認識するよう舌ができているらしい。つまり人肉は不味いと聞くが、【有翼の娘】も人類に近い遺伝子を持っているのだろうか?
そんなわけで、きっとこの【天使の涙】も不味い。
よって紅への報告はしなくてよいだろう。
◇
「まずいことになったわ」
放課後の図書室ミーティングは、紅のピンチ宣言から始まった。
「どうしたんだ?」
「えーっと、その、多分、あたしのせいだよね?」
蒼がおそるおそる、と言ったように挙手した。
「藍染坂さんのせいじゃないわよ。ただ、あいつは藍染坂さんを……【海斗そら】を狙ってきているのは事実よ」
「狙うって、どういうことです?」
「暴露系VTuberの【闇々よる】よ」
「あーヤミヤミちゃんか」
「ヤミたんですか……」
【闇々よる】。通称、ヤミヤミちゃん。
彼女は有名YouTuberの不祥事や黒い噂、オフパコ事件などの暴露を生業とするVTuberだ。巷では有名人の悪事を裁く『断罪配信』などと言われており、熱狂的なファン数を誇る。
チャンネル登録者250万人いるため、彼女に寄せられる情報は膨大だ。
数多くのインフルエンサーがヤミヤミの告発を受けて大炎上を繰り返している。今や、その影響力は計り知れないほどで、今日の暴露が自分のものでないかと戦々恐々としているYouTuberも少なくはない。
「よるとは……前の事務所が一緒でね……直接会ったことはないけど、その……通話で何回かお話しする機会があって。その時に少しだけプライベートなお話で学校名を教えちゃってたの」
話が読めてきたぞ。
「あたしは事務所を【UMUM】から【にじらいぶ】に移籍したでしょ? そしたら、よるからDMが来て……取材? 【にじらいぶ】のライバーにインタビューさせてって……【海斗そら】の急な事務所変更の闇、裏の理由を暴くとか何とかって」
「断れればいいのだけれど、そうもいかないのよね」
「ごめんね、みんな。よるはインタビューを受けないなら、あたしが通う学校をネットにバラしちゃうかも~とか言ってて……」
「ヤミたん……噂通りの鬼畜っぷりです」
「……ごめんね、みんな」
蒼は事務所を移籍して早々に厄介事を持ち込んでしまったと謝ってくる。
だが、俺たちのお嬢様は……そんなの吹けば飛ぶ塵にすぎないと、自信たっぷりな表情で語る。
「気にする必要ないわ、受けて立つわよ。私たちは炎上に強い特性持ちばっかりだもの」
「炎上耐性……?」
紅の分析に俺は首をかしげる。
「【にじらいぶ】の中でそらちーだけは標的にされやすいのよ。私、【手首きるる】はメンヘラすぎて過去にやらかし放題だし、ぎんちゃんは裏アカ出身だから今更暴露ネタを握られても、へーそっかあ。まあやらかすよなあぐらいでしょう?」
「なるほど……じゃあ、どこでそのインタビューとやらを受けるんだ?」
「もちろん、私たちの領域に引きずり込んでやるわ」
「俺たちの得意場所と言えば……パンドラか?」
「そうね。最近、話題になっている【竜骨の都ドラグニル】にしようかしら」
耳にしたことのない黄金領域だな。
一体、俺がどんな所なのか聞こうとするも、紅の口から爆弾発言が落とされてしまう。
「問題はナナシよね。もしヤミヤミにナナシちゃんが男だって露見したら……どんな風に発表するかわからないわ」
「運営や事務所スタッフに男性がいても問題ないです」
「よるは……男女間のネタで炎上させるのが得意、なんだ。あたしたちが白くんと何もなくても……どんな風潮を立てられるか……」
「ヤミヤミにはナナシの生声で確実に男ってバレるわよね」
「なあ、そのインタビューってやつは俺抜きでやればいいんじゃないか? 場所も異世界とかじゃなくて、もっと安全な国内とかするとかさ」
「ナナシ、分かっているのかしら? これは宣戦布告されたも同然なのよ?」
「お、おう?」
「それなら、やり返すに決まっているでしょう? ヤミヤミは登録者数250万人の大御所。そこで取り上げられれば、さらに【にじらいぶ】は飛躍するわよ?」
でた。
紅さんお得意のピンチをチャンスに、か……。
確かに今回のヤミヤミのインタビューはコラボに近い。
彼女と絡むことで多くのリスナーに【にじらいぶ】を宣伝できるのも頷ける。
「なるほどです。せっかくなら僕たちの得意分野、異世界配信も宣伝する、です?」
「それもあるわ。でも、ヤミヤミだけ何のリスクもなく私たちをインタビューするなんて、虫が良すぎるわ。あちらにもそれ相応のリスクと覚悟を持ってもらわないとね?」
「えっと、インタビューを受ける条件として、異世界に来てって返信すればいいのかな?」
「そうよ。ヤミヤミの要求を呑む代わりに、こっちの主戦場にご招待してさしあげましょう。VTuberのヤミヤミちゃん、ついに生身で【にじらいぶ】と激突ってね。それぐらいの覚悟がないなら応じないとでも言ってあげなさい」
「断られたり、しないです?」
「私の勘が告げているわ。ヤミヤミは必ずくるってね。それより、問題はナナシちゃんよ……なるべく無言を貫き通すか————」
「あっ、でしたらカメラマンって理由でお話厳禁、なんて設定はどうです?」
「よるの性格からして、執事くんには絶対ダル絡みすると思うんだ……」
【闇々よる】とのコラボに向けて、俺に関する対策会議を真剣な表情で行ってゆく推したち。
「ナナシが……一時的にでも女性化できたりすれば話は早いのだけれど……」
まじか。
早くも……アレの出番が……きたわけだ……。




